出会い編おしまい。食後にはデザートでも。 〜マグカップケーキ桃ジャム添え〜
説明回。
「完全に不審者だったわ、あの時のアンタ」
「だ、だって、アタシもまさか自分が異世界転移を経験するだとか思わなかったんだもの」
冷やし中華を食べ終わり、食器を洗いながら初めて会った時の話をなんとなく交わす。
因みにオリヴィアはほんとに4人前の冷やし中華を食べ切った。大食漢にもほどがある。今更驚かないけど。
オリヴィアはあの時言ってた通り、ここではないどこかの世界の住人らしい。
オリヴィアの世界にはダンジョンという未知の迷宮があり、そこの探索をしてお金を稼ぐ探索者という人が多くいるそうだ。
ダンジョンには見たことのない宝物や、魔物といわれる、人と敵対する動物ではない生物がいて、それらを倒すと魔石とやらが手に入る。それを売買して生計を立てるのがメジャーな生き方らしい。
無理やり私の知識にあわせれば、たぶん考古学者みたいなものなのだろうと思う。ずいぶん命がけではあるけど。
ダンジョンは世界の理から外れた場所で、地上では出来ない転移といった技術も単なる罠として使われるくらい異常な場所なのだそうだ。
私にはまず転移とかそれ以前に、魔法という概念そのものが異常なのだけども。
ともあれ、オリヴィアはそこそこ名の知れた探索者で、下階層に挑める数少ない探索者の一人らしい。
大体ダンジョンは50階層から成り立ってるとかどうとか。そのあたりは聞き流したのであまり覚えていない。
順調に攻略していったオリヴィアだけど、新規開拓の37階層で難敵に見舞われた。どうにか応戦はしたものの、追い詰められ、そして、――――――逃げだす為に転移トラップをわざと踏んだ。
あとは冒頭に戻る。
なぜかその転移罠は私の部屋の風呂場に通じていて、転移したオリヴィアは風呂場で倒れこんでいたというのが事の真相だったそうだ。
「刃物背中に刺さってんのに平然としてるのも怖かったわ」
「ダガーグールの刃は毒さえ消せば殺傷力には乏しいから。背中のは鎧に刺さってただけだし」
毒消しラスイチで応戦するわけにはいかないから逃げたけど。
笑って言ってるけど、そこそこ笑い事じゃないと思う。毒とか普通に生きてて中々食らわないわ。日本だと。
風呂場に着いた後はすぐに背中に刺さってた以外の刃は抜いて毒消しを飲んだけど、体力は限界に近いくらいまで減っており、残りの魔力で永続回復を唱えた後意識が飛んだのだそうだ。
永続回復とかまた不思議な単語が出てきたけど、あれね。ドラゴンをクエストする有名なゲームの中で出てくる呪文みたいなやつよね、きっと。じみーに助かんのよね、ボス戦。
きゅっと蛇口をひねって水を止める。
あとは自然乾燥でいいわね。めんどいし。
あれからオリヴィアは週一回風呂場から侵入してくるようになった。
最初還ってからしばらくは全然来なかったから夢みたいなもんだと思ってたら、こっちへくる方法の検証をしていたらしい。……還るときはマナがどうとか時間軸がどうとか言いながら、謎の呪文唱えて風呂場から還っていったけど、深く突っ込んだら負けな気がして聞いてない。っていうか還るのは還れるのに、来るのは検証が必要なくらいややこしいタイミングとか手順とかがあるらしくて、なんかもうよくわからなかった。
わかるのは、オリヴィアが私の料理に味をしめて週一回食べに来るようになったという事実だけだ。
「……あのときは怖くて言うとおりにしか出来なかったのよね。いきなりお腹空いたとか言い出されても普通困るわ」
「ダンジョンマスターじゃないとわかったら緊張感取れちゃったんだもの……。何時間も何も食べてなかったし……」
「まあ、もう今更だからいいけど……。で、今回はどういうタイミングで還るの?」
「えっと、……こっちの時間軸で明日の朝ね。あの、トケイの短い針が9になったら」
オリヴィアの世界には時計がないらしくて、私が壁にかけている時計をいまだに不思議そうに見ている。
読み方だけは教えたから自分の計る時間と照らし合わせて、帰宅時間を教えてくれる。
毎回タイミングが違うらしくて、バラバラなのよね。ただ、来るときは絶対に金曜日の19時48分52秒にお風呂場の天井から落ちてくる。
2回目は私がお風呂に入ってるときに落ちてきて、本気でビビった。霊現象疑って泣くとこだったからね。それ以降、この時間だけは絶対にお風呂に入らないようにしている。
「はいはい。じゃあ、泊まんのね。布団用意するからあとで手伝いなさいね」
「ありがとうマスミ! マスミの世界のフトンっていう寝具、本当にふわふわですごく寝心地良くて大好き! 魔道具でもないのにすごいわよね!」
「私は魔道具の方がすごいと思うけどね……」
「ねえ、マスミ。あの寝具持って帰れるようになったら譲ってもらえたりとか……」
「5万円」
「う゛…………やっぱり高いのね……」
いくら使用済みとはいえ、寝具店で買ったしっかりした羽毛布団なのでまだまだ現役だしさすがにあげらんないわよ。
まあ、許可したとしても持って帰れないみたいだけど。現状。どうにか持って帰れないか考えていたみたいだけど、こっちの世界のものを持ち帰ることはなぜか出来ないみたいで盛大に落ち込んでいた。持ってくることは出来るのにね。
因みに、オリヴィアが理解しているお金の価値は私の作る料理が何人分食べられるかという基準になってる。
……私の作る料理の価値がオリヴィアの中でやたらと高く設定されてるんだけど、いくら言ってもわかりあえないみたいなのよね。
オリヴィアの世界の高級料理店以上の味がするらしくて、絶対それ以上の価値がある! って譲らないのだ。
大量に作ると結果、一食あたりの単価って安くなるから、300円くらいの時もあるんだけどね……。
さて、それはともかく久しぶりに日をまたいで還ることになるのか。
朝に還るってことは朝ごはんいるわね。なんかあったかしら。
私ひとりならパンを焼くだけとかで済ませるんだけど、オリヴィアが居ると……見栄というか。朝ごはんを作らないといけない気持ちになる。
冷蔵庫を開けて食材を確認する。卵はある、と。バターもあるし、野菜も適度にまだあるわね。
「マスミ? レイゾウコを開けてどうしたの? また何か作るの?」
中身を確認しながら少し考えているとオリヴィアが嬉しそうに後ろから話しかけてきた。
口ぶりからどうもまだ食べられるっぽいけど、さっき冷やし中華4人前平らげてたわよね? エンゲル係数がものすごく高そうで不安になる。
稼いだ分全部食費に消えてそうよね、オリヴィア……。
因みにウチで飲み食いする分には月イチである程度の対価をもらってる。OLの安月給でこの子の食費無条件でプラスするとか無理だから。価値がわからないものもあったけど、あのよくあるなんとか買取センターとかに持っていくとなんか結構いい値で売れたので、以降同じような品で払ってもらってる。
「……一応聞くけど、まだ食べれるの?」
「マスミが作ってくれるものなら全然食べられるわ! 作ってくれるの!?」
しまった。安易に聞くんじゃなかったわ。
飛び上がりそうなほど喜ぶオリヴィアに今更作らないとか言いにくくなった。
「しゃーない……。じゃあ、デザートでも作るから大人しく待ってて」
「わかったわ! デザートというものを作ってくれるのね!? どんな料理かしら!」
「ん? ……もしかしてオリヴィアの世界デザートないの?」
「デザートという料理はないわ。どんなものなの? お肉? 魚?」
肉とか魚のデザートは少なくとも私は聞いたことがない。
冷蔵庫にあった卵と牛乳とバターを取り出し、果物が何かなかったか確認する。あ……桃、そろそろ食べないと痛むわね。
「基本的には甘いものよ。まさかお菓子ってものがないの?」
「お菓子!? あのお貴族様が食べる砂糖をつかったやつ!? 尋常じゃなく高いわよ!?」
「ああ……砂糖高いんだ。こっちではメジャーなものなのよ。今まで作った料理にも結構使ってるし」
「えええぇぇ!? 一袋金貨2枚もするのよ!? ニホンってすごいわね……」
価値の違いはそこそこ理解しつつあったつもりだけど、足りなかったらしい。
本気で驚愕しているオリヴィアに苦笑する。こっちでは安売りしてるときとか砂糖1キロ100円だし。
調味料の類はどうにも物凄く高値で取引されているみたいで、塩と胡椒の時もそういえば驚いてたっけ。
慄いているオリヴィアは置いておいて、戸棚にストックしておいた粉類もチェック。
ホットケーキミックスがあればものすごく簡単に色々出来るので、常日頃からストックしてたりする。便利なのよ。
じゃあ、作り始めるからキッチンには入らないように。と、オリヴィアに釘を刺して調理を開始する。
「ええ! 楽しみ!!」
……一気にきらきらしら目になるから憎めないのよね、この子。
気を取り直して、まず桃の皮を剥く為に、小鍋にポットのお湯を入れて沸騰させる。ボールに氷を入れた冷水も用意。
桃は沸騰したお湯に10秒ほどくぐらせて冷水で一気に冷やすとツルンと皮が剥ける。トマトとかと同じね。おしりのところに包丁で十字に軽く刃を入れておくとなお良し。
熟れてると特にこういったことをしなくても剥けることは剥けるんだけど、どうしても皮が張り付いて残るので、この方法を知ってからは基本湯剥きするようにしている。
皮が剥けたら、砂糖水を作った別のボールにつけておく。変色するからね。
3個くらいでいいかな。剥き終わったら桃は1センチ角くらいの賽の目切りにする。
お湯を沸かしてた小鍋の水を軽くふき取って、そこに桃を投入。一緒に砂糖を入れて、と。
ああ、あとレモン水も。レモン水を入れないと酸化して変色したりする。あとは味のメリハリね。別に入れなくてもいいんだけど、甘さが引き立つようになるから。スイカに塩かけるのと同じ効果っていえばわかりやすいかもしれない。
さて、これで15分から20分ほど弱火から中火でかき混ぜる。…………しまった、混ぜてると他のこと出来ない。手を止めて焦げたらシャレにならないし……。
「……あ、オリヴィアがいたわね」
「え?」
「ちょっとこのしゃもじで鍋の中かき混ぜててくれない? 私、その間に別のもの作りたいのよ」
「は、初めてマスミにお願いされたわ! まかせて!! 完璧にこなしてみせるから!!」
「う……うん。そんなに気負うようなことじゃないわよ?」
むしろ気負いすぎて勢いよく混ぜすぎないように注意してほしい。
ちょっと不安が残るけど、念を押してそうっと混ぜるようにやり方を見せて任せる。……とりあえず弱火にしておこう。
なぜか嬉々としてしゃもじでかき混ぜているけど、大丈夫そう、ね。うん。
小鍋はオリヴィアに任せて、ボールを用意する。ホットケーキミックスと卵と牛乳を入れて、ダマにならないよう粉をつぶしながら混ぜる。
混ざったらマグカップにバターを塗って、お玉で適量注いで。あとはレンジでいい感じに膨らむまで加熱する、っと。1分半くらいがベストかしらね。
あー、膨らんでる膨らんでる。つまようじ刺して、……ちょっと生っぽかったら10秒単位で調整。うん、いい感じ。
「オリヴィア、ありがと。代わるわ」
「すっごくいい匂い! ああ、もう、待ち遠しいわ!」
「あと数分でできるから。うん、ジャムもいい感じね。よし」
今日はジャムは温かいまま使用。お皿にマグカップから取り出したケーキもどきを乗せて、冷凍庫から秘蔵のバニラアイスを添える。上から桃ジャムをかければ。
「かんせーい。マグカップケーキのバニラアイス添え、桃ジャムをかけて。ってとこかしら」
「これがデザート!! すっごくいい匂いがするし見た目も華やか!! こんなの貴族街でも見たことないわ!! これ本当に食べてもいいの!?」
「アンタが食べないなら私が食べるけど」
「アロイラの女神よ、日々の糧を感謝いたします。そして、作り手たる同胞マスミに感謝と祈りを。いただきます!」
「冗談だからゆっくり食べなさいな」
私のセリフに慌てて食前の祈りを行ってフォークを持つオリヴィアがちょっと笑える。
ぶっちゃけものすごく簡単なものなのだけど、こうして心から喜んでくれるから作り甲斐あんのよね。
「お、おいしい……っ! 甘すぎないし、このモモのジャムがいいアクセントになってて、食感とかありえないくらいふわふわ……! こんなの、こんなのいくらでも食べられちゃうわ!!」
「言っとくけどそれでお終いだからね」
思わずがっつきそうになったみたいだけど、私の一言でピタッと止まってゆっくり噛み締めて食べ始める。
うん、まあ、また今度も作ろうかな。
桃ジャム
桃3個・砂糖90g~150g・レモン汁(ポッカレモン可)大さじ1
マグカップケーキ(2カップ分)
ホットケーキミックス90g・卵1個・牛乳40~50ml・砂糖10g(好みで)