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胸肉が安かったから 〜親子丼〜

 ――――――金曜日、19時48分52秒。


 バタン! と騒がしい音がお風呂場の方から響いてくる。

 その音を聞いて、ああ、もうそんな時間か。と思うようになったのだから、私も随分と毒されたものだ。


 ドラマを見ながら飲んでいた珈琲は飲み干して、テーブルの上を片付ける。

 賑やかしい音は足音に変わり、数秒もしない内に元気な声と共に一人の人間がダイニングに入ってきた。


「マスミ! 来たわ!!」

「もうちょっと静かに入ってこれないの? オリヴィア」


 呆れ口調で応対する私を一切気にせず、満面の笑みで両腕を広げてダイニングに入ってくる白人系美人。飛び込まないわよ、そんな腕広げられても。

 このやり取りも毎回のことで、コイツは一切悪びれる様子もない。

 まあ、私もなんだかんだ言って受け入れてしまっているから、口先だけの文句だとバレているからなのだけれど。


「今日のご飯は何かしら!」

「あー、はいはい。わかったから手ェ洗ってきなさい」


 うきうきと嬉しそうに私の後ろから抱き着いて食事を催促してくるのもいつものことだ。

 毎度毎度注意しても、一切聞く気がないから最近はあきらめて好きにさせている。

 洗面所を指さして洗えというときちんと洗いに行くし。

 因みに最初は手を洗わせるのも一苦労だった。水道が珍しかったらしく延々蛇口を捻っては閉じてを繰り返されたものだ。

 水道代が厭に嵩んだひと月だった。別品で弁償させたけど。


 騒がしい来訪者が手を洗いに行っている間にエプロンを纏う。

 普段料理をするときにはあまりつけなかったのだけど、白のシャツを一度盛大に汚してしまってからは必ずつけるようになった。

 油断、よくない。


 冷蔵庫をあけて食材を確認する。

 胸肉が安かったんだよね。開いてお酒と塩を揉みこんでおいたし、下準備は出来てる。

 胸肉はきちんと調理しないとパサパサになるのがイヤなところだけど、ひと手間でぷりぷりに仕上がる。

 初めて調理したときは打ちのめされたわ。母親の作るものと違いすぎて。

 頭を下げて調理法を聞きに行ったのは記憶に新しい。


「マスミ、洗ったわ! 何を作るの?」

「胸肉が安かったから、今日は鶏料理。一応聞くけど希望ある?」

「オコメ! オコメを使ったものがいいわ!」

「米ねぇ。んじゃあ、親子丼にでもしようかな」

「オヤコドン?」

「まあ、出来上がってからのお楽しみってことで」


 疑問符を浮かべて小首を傾げてるオリヴィアを適当にあしらって、まな板を取り出す。

 この時点でオリヴィアには離れて待機するように言い聞かせている。危ないし、キッチン内の動線に居られると邪魔だから。

 最初のころは何も言わずにいたんだけど、あまりにも毎回見てくるし、見てて面白いもんでもないだろうしテレビでも見てたらって言ったんだけど。


「マスミを見ている方が楽しいもの。錬金術みたいだし」


 と、褒められてるのかどうなのかよくわからないお言葉を頂いた。

 来る時間はわかってるんだから作っといてあげようか、とも言ったんだけど私が調理してるのを見ていたいそうだ。まあ、見られて減るもんでもないしそれからは放置している。

 今も少し離れたところから私を見てにこにこと微笑んでいる。美人なんだけど、変なヤツだとは思う。


「さて、と」


 オリヴィアのことは放置しておくとして、炊飯器のスイッチを入れ、野菜室から玉ねぎを取り出す。

 調理開始。


 玉ねぎは皮を剥いて半分に切り、芯を取って薄切りに。

 玉ねぎの感触が好きな人はもう少し厚めに切ると思うけど、私は溶けるくらいが好きなので割と薄めに切る。

 切り終わったら、ボールに張った水に入れて少しさらしておく。

 その間に胸肉を取り出して、削ぎ切りに。

 削ぎ切りにすると火が通りやすく、時短になる。胸肉は火を通しすぎるとパサつくし。

 もも肉だとそこまで気にせずにぶつ切りにするんだけど。


 小鍋にみりんと料理酒を入れて煮詰める。煮詰まったら醤油と和風だしを入れて更にひと煮立ち。……うーん、砂糖も足しとこうかな。

 水にさらしていた玉ねぎを水切してフライパンに入れる。作った割り下も投入。極弱火で玉ねぎがしんなりするまで煮たら鶏肉を入れる。鶏肉を入れる前に灰汁を取り除くのを忘れずに、と。

 弱火から中火に変更して蓋をして、しばし置いておく。


 鶏肉に火を通してる間に小鍋を洗ってお湯を沸かす。豆腐と……ああ、あったあった。乾燥わかめ。

 手早く作りたいので出汁は先ほどと同じ市販の和風だしを入れておく。


「……ねえ、マスミ。マスミはやっぱり料理人じゃないの? 上級料理亭でもこんな綺麗に料理する人見たことないわよ、アタシ」

「残念ながら一介のOLだわ」


 っていうか、この程度の腕で料理人とか無理ゲーにも程がある。

 私はあくまでも一人暮らしでそれなりに作れるというスキルを培ったレベルに過ぎない。

 5年もやってればそれなりの腕は身につくもんである。ただし母にはまだ敵わない。母さん料理上手かったのね、と気付いたのは自分で料理をするようになってからだ。


 青ネギを小口切りにしておいて、小鍋が沸騰したらわかめを入れる。わかめがふやけたら極弱火にして豆腐を入れ、味噌を溶いて青ネギを散らしたら完成。


 フライパンの方も鶏肉に火が通ったのを確認して、強火にする。卵を二つ溶いて、沸騰しているところに回し掛けたら蓋をして火を止める。

 火入れたままにしとくと変な感じに固まるのよね、卵。


「あとは余熱で火が通れば出来上がり。オリヴィア、ご飯どのくらい……」

「アタシ、オコメ大盛で!」

「了解。ホントその身体のどこに入るんだか」


 オリヴィアのスタイルはすごく整っている。引っ込むところは引っ込んで、ほどよくついた筋肉がしなやか。顔は白人系美人で、街を歩けば十人中八人は振り返るんじゃないかしら。……胸はないけど。

 丁度炊き上がったご飯をお鉢によそって、余熱で半熟になった卵を確認してご飯にかける。

 お味噌汁もお椀によそえば。


「はい。親子丼とお味噌汁。テーブルに持ってって。お茶も入れるから」

「これがオヤコドンね! 卵ってこんなきらきらするものなのね……美味しそう!」

「お世辞言ってもなんも出ないわよ」

「お世辞じゃないわ。こんなに綺麗な食べ物向こうじゃありえないんだから。あのときはホント最悪だと思ったけど怪我の功名よね。マスミに出会えたんだもの!」

「私っていうかご飯でしょ。アンタの目当ては」

「アタシ、マスミのこと大好きよ?」

「はいはい、ありがと」


 親子丼をテーブルに置いて、満面の笑みで抱き着いてくるオリヴィアを適当にあしらって椅子に座る。

 オリヴィアは色んな表現がオーバーなので、そろそろ慣れてきた。

 最初の出会いはホント最悪だったけどね。殺されるかと思ったし、私。


 信じてないわね、と若干不服そうにしているオリヴィアに、冷めるわよと声をかけると慌てて椅子に座る。

 食前の祈りがあるらしく、小さく唱えるオリヴィアを待って、手を合わせる。

 それじゃ、冷めない内に。


「「いただきます」」

親子丼(二人分)

鶏肉100g(料理酒大さじ2・塩少々)

玉ねぎ1/2個・卵2個

和風だし(市販品)小さじ1・料理酒小さじ1・砂糖小さじ1・醤油大さじ2・みりん大さじ2

味噌汁

豆腐半丁・乾燥わかめ(好みで)・お味噌(好みで)・和風だし小さじ1・青ネギ(好みで)

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