ステータスが筋肉に反映される世界は筋肉ムキムキマッチョマンだらけで私、マジムリ
私は昔から疑問に思っていたことがある。
例えばゲームの世界でレベルがアップするとしよう。そうするとパワーがアップして敵に与えるダメージが増える。スピードがアップしてより早く動くことが出来るようになる。
でも、ゲームの中のキャラクターの容姿は全く変わらない。
パワーが1であろうとも999であろうとも容姿は全く変わらず、キャラクターの体は細いままであるのだ。
本当なら凄いほどの筋肉がついて体が太くなっていくはずだろう。
そんな重箱の隅を突いて得意げになる子供じみた考えを持って、私はそれが私だけが気付いた特別な理屈のように感じていた。
別にマッチョなんて特に好きだったわけでもないのに。
全然マッチョになんて興味なんか無かったのに。
そう考えると色々なことが気になってきて、漫画の中で細腕のイケメン男性がムキムキの悪役を倒すと、これはおかしい!絶対に悪役の方が力が強い筈だ!と友達に自慢気に言いふらして回った。
ほら、どうだ、私に理屈の通じないことは通用しないんだぞ、子供騙しは通用しないんだぞと偉そうに語っていた。
ゲームだって漫画だって筋肉が大きい方が力が強いに決まっている。
そんな益体もないことを自慢げに語っていた。
要はガキだったのだ。
ちょっと鼻の高くなったガキだったのだ。
それが悪かったのかなぁ…………
神様が私に罰を与えたのかなぁ…………
私は『異世界召喚』なるものに巻き込まれた。
* * * * *
「ん……んあぁ…………あれ…………?私…………?」
頭がぼーっとする。
あれ?なんだっけ?ぼんやりとした意識の元、直前のことが思い出せない。
何だっけ?私は何をしていたんだっけ?
「おぉっ!成功だっ!」
「勇者召喚に成功したぞっ!」
「これで我が世界も救われるっ!」
ぼやけた視界の中、何か興奮したような声が聞こえてくる。
……なんだろう?この人たちは何を言っているんだ?
成功?勇者?召喚?世界が救われる……?
眩んだ視界が晴れてきて、目がはっきりとしていく。
そこで見えたのはとても広い部屋。石造りの壁に円形の柱が部屋の中で存在感を出している。私の足元には意味の分からない文様が刻まれている。円を基礎とした文様のようで、何というか、バカかと思われるかもしれないが、それはゲームや漫画のような魔法陣を彷彿とさせた。
部屋の奥には立派な衣装に包まれた人がいた。
赤いマントで太った体を覆い、装飾の施された豪勢な服を着こんでいる。頭の上には金の冠を被っており、その者はまるで王様のようであった。
「ようこそ、勇者よ。我が世界にようこそ。そなたには世界を救って貰いたい」
王様のような人は、私を勇者と呼んだ。
* * * * *
結果から言うと、その人は本当の王様だった。
この世界では魔王と呼ばれる悪の王がおり、世界は脅威に晒されているという。そこで他の世界から勇者を呼び、魔王を打ち倒して貰おうという話を聞いた。
ざっくり言うと、どこかで聞いたことがあるようなゲームのような話で、今どき流行りそうもないような困難なイベントを世界は迎えていた。
「困ります!私は一般人です!戦える力なんて持っていません!」
「そのようなことはない!伝承では世界を渡った勇者には世界を覆すような力が備わっていると聞く!お主にもそのような力が備わっているはずだ!」
とか言われて、まともに取り合ってくれない。
ふざけんな!
こちとらただの女子高生だっつーの!
ゲームと漫画をこよなく愛する少々腐ったただの女子高生だっつーの!
なんだ!?これ!?
なんでこんなことになっているの!?
戦える筈もない私が勇者なんて祭り上げられて、一体私はどうなっちゃうの!?
「失礼します!王様!王子様が王城に戻って参りました!」
「おぉっ!我が息子が戻ってきたか!」
え?
王子様っ!?
王子様がいるのっ!?
ヒーローとヒロインと言ったら結ばれる運命!ゲームではそう決まっている!
そして大抵のヒーローは王子様!そうなれば、私と王子様が恋仲になってくる可能性は高い!
そう!ゲームではそうだ!大体のゲームではそうだ!
イケメンかな!王子様!イケメンかな!
「父上!お待たせいたしましたっ!」
その時、重い扉が低い音を出しながらゆっくりと開き、王様の事を父と呼ぶ男性が入ってきた。
眉目秀麗。目筋鼻筋が整っており、短い金色の髪が彼に爽快な雰囲気を与えている。
目に籠る光は力強く、男らしい逞しさがその顔から伺えた。
端的に言うと、とてもかっこいい男性が部屋に入ってきた。
……………………………………………
…………………………………
………………………
……………
「ゴリマッチョだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「わぁっ!?」
「どうしたのですか!?勇者様!?」
部屋に入ってきた王子様は筋肉がとても発達していた。
大胸筋も三角筋も上腕二頭筋も大腿直筋も僧帽筋も全てが発達している変な王子が部屋に入ってきた。腕も体も足も首も何もかもが太く、身長も2m半ほどある巨体中の巨体であった。
薄着の王子は服の上からでも筋肉の形が分かるようなぱつんぱつんの服を着ている。
まるでボディビルダーのような……いや、それ以上の……何というのだろう、かなり大きな肉襦袢を着ている人を見て、『それ大き過ぎ、そんな人間いねーから』と笑いが出てしまう程、王子様は人間離れした筋肉を持っていた。
筋肉ムキムキマッチョマン以上の筋肉ムキムキマッチョマンであった。
「あ!あなたが異世界から召喚された勇者様なのですね。私の名前はディーゼル・バウム・フォーディ・ドン・バウエル・ティーティゼル・ジン・レオンと申します。どうぞ、レオンとお呼び下さい」
「ゴリマッチョだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ゆ、勇者様!?どうなされたのですか!?」
私は動揺を抑えきれなかった。
ゴリラのようなマッチョの王子様に動揺を抑えきれなかった。
「はぁ……王子様、相変わらず素晴らしい筋肉…………」
「全ての女性の憧れよね…………」
「!?」
周りにいた侍女達からうっとりした声が漏れる。
憧れ!?これが!?このゴリマッチョが!?こんな人の域を無視したようなムキムキだと流石に引く女性の方が多いと思うんだけど!?
「流石は王子!」
「いつ見ても素晴らしい筋肉ですな!」
「流石、Lv.70は伊達ではありませんな!」
周りの人からも称賛の嵐である。
Lv.……?この世界にLv.なんてあるの……?それじゃあまるで本当にゲームの世界のようで…………
って、ちょっと待って!
「おかしくない!?」
「……どうしました?勇者様?」
「その筋肉、おかしくない!?ムキムキ過ぎないっ!?」
王子の体にケチをつけてみる。
「はははっ!勇者様が王子様の体を見て驚かれておりますぞ!」
「そりゃ、そうでしょう!Lv.70の筋肉なんて、普通見れるものではありませんからな!」
「こんな素晴らしい筋肉を見て、勇者様も興奮しておられる」
「おかしくないっ!?」
その反応おかしくない!?
こんな引くほどのゴリゴリマッチョがなぜ男女両方から絶賛、称賛されているの!?
引いてるんだけど!私!普通に引いてるんだけど!?
その時、新たにこの部屋に入ってきた人物がいた。
「勇者様の召喚に成功したというのは本当ですか!?」
部屋に響いたのは可憐で可愛らしい声であった。
「おぉっ!この声は聖女様!」
「絶世の美貌を持つと言われる聖女様だっ!」
1人の少女が私の前にやってきて、綺麗な所作で礼をした。
「私の名前はフィン・フォーゼル・アラカルト・バン・イリスと申します。
フィンフォール教会より認められた聖女の役目を担っております。勇者様に出会えたことを心より感謝いたします」
片膝を曲げ、頭を下げる彼女の所作は礼儀作法に疎い私でも分かる程美しい。彼女の長い銀色の髪に一切の乱れなどなく、部屋の明かりを受けきらきらと輝いている。
整った顔立ちは可憐に咲く花のように美しく、そして繊細であった。
この少女は……………………
少女は………………
…………
………………少女?
………………………………
「ゴリマッチョだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
聖女様もまたゴリゴリマッチョであり、身長は2mほどあった。
ギャグだよね!?肉襦袢かなんか着ているんだよね!?こんなムキムキな女性、私を驚かすためのギャグなんだよね!?
「流石、聖女様。いつ見ても美しい筋肉!」
「はぁ……あの美しい筋肉…………同じ女性ながらうっとりしちゃうわ…………」
「Lv.65の筋肉と言うのは何とも美しいものであるか…………」
「おかしいでしょっ!?」
流石に見過ごせない!
女性でボディビルダー顔負けのムキムキマッチョマン……ムキムキマッチョウーマンなんて引くだけじゃないの!?
「おかしいでしょ!?こんなムキムキな女性、おかしいでしょ!?」
「ははは、勇者様が聖女様の筋肉に嫉妬されておられる」
「仕方ないですね。女性でも惚れてしまいそうな美しい筋肉ですものね」
「私もあんなムキムキマッチョウーマンになれたらなぁ…………」
「おかしいでしょっ!?」
この世界、美的感覚がおかしいっ!
美的感覚が時代で、地域で変化していくというのは知っている。歴史がそれを証明している。
でも、この世界、美的感覚がおかしいっ!
こんなゴリゴリマッチョが絶世の美貌を持った美少女だなんてっ!?
頭がパニックになる。
やだっ!やだっ!私はこんなふうになりたくないっ!ムキムキマッチョになんかなりたくないっ!もうモテなくてもいい!でも、女性のプライドとしてムキムキマッチョにはなりたくないっ!
「…………大丈夫ですよ?」
そんな風に悩み、頭を抱えていると、聖女のイリスさんが嫋やかな笑みを浮かべ、私を励ましてくれた。
「Lv.が上がれば立派な筋肉が自然と付いてくものです。あなたは勇者様なのですから、人よりもずっと成長が早い筈。
すぐに立派な筋肉があなたにも訪れますよ?」
「い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
私は叫んだ。
渾身の力を込めて叫んだ。
魂の底から叫び声をあげた。
「何事っ!?」
「勇者様がおかしくなられた!?」
「いったいどういうことだっ!?」
「い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
この世界では…………
この世界では……
私の苦しみなんて誰も理解してくれなかった。
「い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
絶叫は空高くまで響いていった。
でも、世界の壁を突き抜けることはなかった。
* * * * *
まとめてみよう。
まず前提として、この世界では筋肉の量が美貌の基準となっている。それは男性、女性関係無くである。つまりは女性でも筋肉ムキムキのゴリマッチョの方が美しいとされているような世界観であるのだ。
…………一文纏めただけで頭が痛くなるような内容だが、続ける。
そして、この世界にはLv. という概念が存在する。
話を聞くとこれは私の世界のテレビゲームなどと同様のもので、自身の強さの基準となる数値のようだ。敵を倒せば倒すほどLv. は上がり、Lv. が上がる程戦闘能力は高くなる。
しかし、私たちの世界のゲームとは異なる点が一つある。
Lv. が上がる程、自身の筋肉が育っていくという点だ。
Lv. が上がって強くなればなる程、自分の体はゴリマッチョになっていくということなのだ。
………………………………
……………………
い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!
そんなのい゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!
なんで!?なんでなの!?なんでゴリマッチョにならなきゃいけないの!?
勇者として召喚された私は当然国から、いや、世界から高いレベルになることを望まれている。
つまり私はゴリマッチョになることを望まれているのだ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだっ!
なんで!?なんでなの!?
いや、そりゃまぁ、力が強い方が筋肉が発達するっていう理屈は分かるよ!
私はそれでゲームとか漫画の世界はおかしいと主張して回ったことあるよ!細腕のイケメンが世界一のパワーを持っているのはおかしいとか思ってたし、友達にも言ったよ!
でもさ!でもさ!
魔法の力とか、魔力とかでなんとかならなかったのかなぁっ!?
魔力があるから実際の筋肉量とは関係ないとか設定、この世界にはなかったのかなぁ!?
罰なのかな!?これはゲームにケチばかりつけた私への罰なのかなっ!?
でもさ!でもさ!あんまりじゃない!?若気の至りの罰が筋肉ムキムキマッチョウーマンになる運命を背負うことだなんて、あんまりじゃない!?
罪と罰が釣り合ってなくない!?
いやじゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
ゴリマッチョになんてなりたくなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
神様助けてえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ…………!
「そんなこんなで私たちは今、レベル上げのために森に来ています…………」
「勇者様?独り言など言ってどうしたのですか?」
項垂れながら1人状況説明をしているとムキムキゴリマッチョの聖女イリスから心配そうな声を掛けられた。
そう、今私たちは私のレベル上げのために魔物の出る森に来ている。
勇者である私を育て、レベルアップさせるためなのだ。
そして私をゴリマッチョにするつもりなのだ、こいつらはっ!
「い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!私帰゛るう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!」
「あぁっ!また勇者様がご乱心に!」
引き返そうとする私を王子レオンが優しく抱きとめる。
……字面だけ見ると綺麗な絵に見えるかしれないが、要は筋肉お化けに拘束されているのだ。
くそっ!この『優しく』はムキムキ人間共の基準の『優しく』なのだっ!一歩も動けんっ!
「ピキーーーーーーッ!」
「お、モンスターが現れたな」
「さぁ、勇者様、どうぞお倒しになって下さい」
スライムが現れた!
ゲームをやっている人間なら説明をするまでもないだろうか。スライムとはどろっとした粘性の強い液体が命を持ったモンスターであり、プルリと震えながら地を這いずり回る半液状の魔物である。
目や口が無いのは某有名なゲームのスライムとは違うところだろうか。
…………いや、待てよ!
戦わなければいいんじゃないか!?
ダダこねて戦わなければ私のレベルも上がらないんじゃないか!?
そして皆が私に愛想を尽かしたらワンチャン私がムキムキにならなくても済むんじゃないか?!
役立たずと見なされれば処刑もあり得るか!?いや!やってみる価値はある!やってみて、周りの空気をよく観察してみれば危ないことにはならないかもしれないっ!
「嫌だわっ!恐いっ!モンスターと戦うなんて怖くて私出来ないわっ!」
「あぁ……そうだよな。勇者として召喚されたとはいえ、戦闘は全くの素人。モンスターとの戦いが恐くないはずないよな」
「今まで嫌がっていたのは戦闘が怖かったからなのですね。無理やり召喚して呼び出したのは私たちの世界の人間ですから……勇者様には罪はないかと…………」
お!やった!理解を得られている!王子と聖女がとても優しい!
「今日は後ろで見ているだけでいいですよ、勇者様。少しでも戦闘の雰囲気を味わっていただければいいので…………」
「モンスターは俺たちが倒そう」
そう言って、聖女イリスが私を庇い、王子レオンがスライムを一刀に伏せた。
『スライムをやっつけた』
いえーい!やったぜ!イリスとレオンってばやさしー!私は何もせずにスライムを突破できたぜ!
このままいけば私はLv. を上げずにゴリマッチョになることなんてないかも!
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.1→Lv.5』
「なんでっ!?」
どこからともなくアナウンスが流れてきて、何もしていない私のレベルアップを告げた。
あ!やばい!腕と足が少し太くなっている!
あと、『英子』とは私の名前である。
なんでっ!?
なんで私何もしていないのにレベルが上がってしまうの!?
あ!あれか!ゲームでよくあるパーティの全員に経験値が行っちゃうあれかっ!
何もしていない仲間にも経験値が行って何もしてなくてもレベルが上がっちゃうシステムなのか!この世界はっ!
なんてこと…………なんてことだっ!
このままじゃ私が何もしなくてもレベルが上がっちゃうじゃないかっ!
これじゃあ私のムキムキマッチョ逃避計画が失敗に終わってしまうっ!
「わぁっ!凄いっ!勇者様!スライム1匹の経験値だけでレベルが4も上がったんですか!?」
「流石は勇者様だな。勇者には得られる経験値が多くなるという加護が付いていると伝説で聞いたことがあるが、本当だったようだな」
「つまり他の人よりレベルアップしやすいんですね!」
「はた迷惑な加護だなっ!」
くっそー!なんて迷惑な加護を付けてくれたんだ!誰が付けた!神か!?神様か!?
ばかっ!こっちはレベルなんて上げたくないって言ってんのに、なんで真逆の方向に話を進めていくのかなっ!
やめろっての!
こっちはムキムキになんかなりたくないって言ってるのに!
なんでそんな意地悪するのかな!?世界は私に意地悪するのかな!?
あー!もう!なんとかしてムキムキにならずに済む方法はないかな!?
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.6→Lv.9』
「イノシシの魔物を狩ったぞ、勇者様」
「またレベルが上がりましたねっ!勇者様」
「勝手なことしてんじゃねーよっ!」
ぐちぐち悩んでいる隙に旅の仲間たちが私のレベルを上げてしまった。
あぁっ!服が少しだけきつくなっていくっ!ぱつんぱつんになっていく!不健康だった私の青白く細い腕がちょっと土日スポーツをやっているような軽いスポーツマンみたいになっている!
どうしよう!どうしよう!
いや、いいんだけど!この位のちょっとした健康そうな腕だったら全く問題はないんだけど!むしろ今までの土日は部屋に籠ってのゲーム三昧だったからちょっと健康的な今くらいがいいんだけど!
ここで止まらないかなぁ!筋肉の成長止まらないかなぁっ!
あっ!腹筋が軽く6つに割れている!
このぐらいだったらいい!スポーツジムに通っている出来る女性っぽくて良い!この体形をずっと維持していきたい!
「ていや!」
『レオンがリザードマンを倒した』
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.9→Lv.13』
腹筋が18個に割れた。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
なにこれっ!?気持ち悪いっ!?すごく気持ち悪い!
割れる訳ないのに!人体の構造上、腹筋は6つか8つまでしか割れないのにっ!?
18個に割れてる!なにこれ!気持ち悪い!凄く気持ち悪いっ!
「あら!勇者様!もうアビリティ『腹筋の限界突破』を獲得したのですか!?」
「なにそれっ!?」
「通常6つか8つまでしか割れない腹筋がそれ以上に割れるアビリティですわ!」
「たったLv.13で……流石は勇者様だ…………」
「伝わらない!その凄さ、全然伝わらないっ!」
むしろ元に戻してっ!
これ気持ち悪いっ!
「むっ!ちょっと待て!皆!警戒しろっ!強敵の気配だ!」
「まさかっ!?この森にっ!?」
「えっ!?えっ!?」
私がおどおどしているとレオンとイリスが戦闘態勢に入る。
穏やかな2人から気迫と闘志が滲み出てくる。素人の私が感じられる程、空気がピリピリし出して、2人の筋肉が膨張していく。
戦闘態勢なのだろう。気合を入れた2人の筋肉が膨張していく。
ぱーーーんと服がはじけ飛んだ。
ぱーーーんと2人の服と鎧がはじけ飛んだ。
「……………………」
…………おい、これ、どうするよ。
いきなりゴリマッチョの2人が上半身裸になった。
エロくない。全然エロくない。聖女イリスは黒いブラジャー姿だというのに全然エロくない。レオンもエロくない。それがただ、空しい。悲しいというより……空しい…………
「来るぞっ!」
レオンの気合を入れた掛け声が森に響き渡る。
……いや、緊張感とか、出ないし。っていうか、鎧まで弾けちまったけど、いいの?身を守るための鎧じゃないの?意味あったの?鎧に?
「ピキーーーーーーーーーーーッ!」
草むらから現れたのは大きなスライムだった。
濃い青色をした粘性の高い半液状のモンスターである。先ほど倒したのと材質・性状は全く変わらない。
変わっているのは形であった。
「ま……まさか…………!」
「な、なんでこの森に…………!」
レオンとイリスが驚愕をする。
現れた大型のスライムは変な形をしていた。
まず、腕と足があり、人型の姿をしている。目も鼻もないが、頭部のような部分もあり、身長3m程の人の姿を取っていた。
そして黒いボクサーパンツを履いている。
そして、ここが一番の謎なのだが、半液状のスライムなのに筋肉の形が浮き彫りになっている。
発達した大胸筋、立派に割れた腹筋、首を支える僧帽筋、太い腕を作り出す上腕二頭筋………………
ボディビルダーのようにムキムキのスライムがそこにいた。
「なんだ、こいつ!?」
なんだこいつ!?
スライムに筋肉がついてるっ!
スライムがボクサーパンツ履いてるっ!
「なんだ、こいつ!?」
きもっ!気持ち悪っ!変態だっ!変態のスライムがここにいるっ!
「くっ……!まさかビルダースライムがこんな場所に出るなんて……!」
「なんていう素晴らしい筋肉……見ているだけで『魅了』にかかってしまいそうだわ……!」
レオンとイリスに緊迫した雰囲気が流れる。
……いや!全然緊張感とかないからっ!ただ変質者が現れただけだからっ!
『ビルダースライムはマッスルポージングを使った』
……なんだ?この変態スライムは一体何をやっているんだ?
変態スライムはポーズを決めている。こう、なんだろう、筋肉を誇張するような、ボディビルダーが自分の体の筋肉を魅せ付けるようなポージングを取っている。
なにやってんだ?こいつ?
「あぁ……なんて美しい筋肉…………」
「惚れ惚れしてしまいますわ…………」
何か知らんけど、私の周りの2人は頬を赤らめて変態スライムの肢体に熱い視線を注いでいた。
『王子:レオンは《魅了》状態になった!』
『聖女:イリスは《魅了》状態になった!』
「何事っ!?」
レオンとイリスの2人は頬を赤らめるだけで、何もしようとしなくなっている。攻撃をしようとも魔法を使おうともしていない。
これ状態異常だ!
《魅了》っていう状態異常だ!
ほら!よくゲームとかであるやつ!
《魅了》にかかると相手に心を奪られて行動不能になってしまうのだ!
毒とか麻痺とかよりもポピュラーではないけど、地味に厄介な状態異常であるのだ!
「ほわ~~~~~」
「ほわ~~~~~」
レオンとイリスはビルダースライムに見蕩れて動けないっ!
っていうか、バカなのっ!?バカなのっ!?
2人とも筋肉に頬を染めてる!スライムの筋肉に頬を染めてるっ!
バカなのっ!?
「あぁっ!変なスライムが襲い掛かってきたよ!レオン!イリスっ!」
ビルダースライムが私たちに向かって拳を振り上げ、襲い掛かってくる!
でもレオンとイリスは頬を赤く染め、熱い視線を注ぐだけで動こうとしない!
あぁっ!迫ってくる!変態スライムが襲い掛かってくる!2人の 《魅了》をどうにかしないとっ!
どうする!?どうするの!?
「ってバカかーーーーーーーっ!」
持っていた剣をスライムの頭に投げた。
刺さった。
ビルダースライムはひるんだ。
「目を覚ませ!バカ共!」
筋肉に見蕩れ、頬を赤らめている2人のアホウの頭を叩いた。
「……はっ!」
「……私としたことがっ!」
2人の意識がやっと戻ってきた。
「申し訳ない!勇者様!」
「礼を言います!ここから反撃です!」
2人は言葉通り、剣と拳を用いてビルダースライムを倒すことに成功した。
……イリスは聖女なのに魔法を使わず、拳でスライムを殴っていた。……うん、まぁ、それだけの筋肉があれば殴ったほうが強そうだもんね。
「感謝する、勇者様。高位の魔物のスキル『ポージング』は非常に厄介なのだ」
「普通の人では……いえ、強い魔物だと私たちでも筋肉に《魅了》されてしまいますものね」
「あぁ……極上の筋肉……高位の魔物の《魅了》を防ぐのは難しいからな」
「あんたらアホやろ」
この世界の人たちの筋肉に対する執着は異常である。
まずモンスターの筋肉に《魅了》されるとか、どういうことよ?
「だけど勇者様は全く《魅了》を受けませんでした!」
「あぁ!流石は勇者様だ!《魅了》に対する抵抗能力がとても高いのだろう!」
「これは対魔物戦に対してとても大きなアドバンテージですよ!《魅了》に対する抵抗能力がとても高いというのは!」
「……いや、抵抗能力というより、趣味嗜好が違う…………」
ただ好みが違うだけだから。
そう考えていた時に、ゲームのモノローグのような声が私の周囲に響いた。
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.13→Lv.25』
一気に筋肉が膨れ上がった。
体全体が1回りも2回りも大きくなり、私の着ていた小さめの服が筋肉に押され、破けた。
「おぉっ!勇者様!流石!成長能力がとんでもないなっ!」
「ビルダースライムは強敵だったとは言え、もうLv.25ですか!流石です!勇者様っ!」
「ちくしょおおおぉぉっ!」
上半身裸になりながら、この世界で唯一筋肉が嫌いな私の嘆きは誰にも理解されることはなかった。
* * * * *
私は何とか自分のレベルが上がらないよう工夫を凝らした。
敵を倒そうとしている仲間から遠く離れてパーティーとして認識されないようにする。
レベルを下げる方法がないか調べる、あるいはレベルを下げる、レベルを吸収してくるようなモンスターを探す。
経験値が上がらなくなる、あるいは上がりにくくなる装備アイテムを探す。
モンスターにも命はあるんだと説いて、非戦闘論を訴えた時には聖女様からとてもとても感動された。
「勇者様はなんて慈愛の深いお方なのでしょうか!」
ちゃうねん。全部私利私欲のためやねん。モンスターの命とかどうでもいいねん。
目をキラキラさせながら美しい微笑みを浮かべるが、忘れてはいけない、この人もゴリマッチョである。
そんな風に私の試行錯誤、工夫を凝らした旅路の結果がこれだった。
『英子:Lv.90』
私はゴリマッチョになっていた。
王子や聖女以上のゴリマッチョになっていた。
「ははっ、いつの間にかレベルを抜かされてしまっていたな。流石は勇者様だ」
「あぁっ!勇者様、なんて美しい筋肉!初めてであった頃のヒョロヒョロの体が嘘のようです!」
「その筋肉、最早人間の域を超えている。これならば魔王にも届き得るだろう」
「………………」
そう、人間の域を超えている。
私は自分の筋肉が膨らみ過ぎて、体が動き辛くなっている。筋肉同士が邪魔をして関節が動かしにくくなっているのだ。
筋肉が膨らみ過ぎて腕を閉めることが出来ない、足を閉じることが出来ない。
Lv.90の筋肉はそんな人外の域に達した筋肉量であった。
「どうしてこうなったっ!ちくしょうっ!」
「勇者様!?」
「勇者様がまた謎の癇癪を起された!」
「ちくしょう!ちくしょう!」
八つ当たりに地面を殴る度、大地がひび割れていく。
仕方なかったんだ!
色々な工夫をしてもどれも上手くいかず、降りかかる火の粉を払い続けていたらいつの間にかこんなになってしまっていたのだ!
憎いっ!
勇者であるこの身が憎いっ!
成長率の高い勇者の体が憎いっ!
「ほらっ!もう目の前ですよ!勇者様!元気出して、気合を入れて!」
「そうだ、勇者様。魔王城はすぐ目の前だ。最後の戦い、全力で戦おう!」
今、私たちは世界の悪の元凶、魔王城の前にいる。
最後の戦いが幕を開けようとしていた。
そして、最後の戦いが幕を開ける前に、私の体はもう既に元に戻らないゴリマッチョになってしまっていた…………
ああああああぁぁぁぁぁぁ…………
* * * * *
「ついに追い詰めたぞ!魔王!」
王子レオンが叫ぶ。
私たちは魔王城に控える筋肉モリモリな魔王軍幹部を倒して城の内部を進んでいた。
レオンとイリスによると流石魔王軍の幹部だけあってどれもこれも見事に美しい筋肉を持っていたらしいのだが、私の知ったことではない。ポージングで筋肉を魅せ付けてくる間に全員殴り殺してしまった。
そんなこんなで私たちは魔王城の一番最奥の部屋までやってきた。
魔王のいる玉座の間である。
「はっはっは!遂にやってきたようだな!勇者とその仲間たちよっ!」
魔王が姿を現した。
「お前が魔王……!」
「なんていうプレッシャー……!」
「お、お前……!」
『魔王:Lv.100』
魔王は筋肉が発達し過ぎていた。
筋肉が発達し過ぎてボールのようになっていた。
大胸筋も三角筋も僧帽筋も上腕二頭筋も大腿直筋も前脛骨筋も広背筋も大殿筋も尺側手根屈筋もなにもかもが太くなり過ぎていて、最早ただの筋肉の塊であった。間違っても人の姿を保ってはいない。
筋肉が筋肉に埋もれ、満足に体が動かせそうにない筋肉のお化け。ただの筋肉の塊である。
まず間違いなく腕とか足を満足に動かせるような体つきをしてはいなかった。
「きもっ!」
思わず声が漏れた。
「気持ち悪っ!」
私の率直な感想はそれだった。
「これが……筋肉の最終形態…………」
「これが…………神の筋肉…………」
「あんたらにはあれが神々しい何かに見えてるのかっ!?」
まるで神様を見るかのような視線を向けるレオンとイリスの姿があった。
2人は偉大な力を前に自然と折れそうになる膝を懸命に止めている。
相変わらず訳が分からん。
私にはあれが狂った実験の失敗により出来てしまった気持ちの悪いホムンクルスか何かに見えてしょうがない。筋肉が膨らみ過ぎて丸っこくなっている。人の形は保てていない。
「ははは!勇者よ!お前は私のこの筋肉を気持ち悪いと罵るがな…………
お前もまた、この筋肉の境地に達しようとしているのだぞっ!」
「―――――ッ!」
た……確かに、魔王の言う通りである。
魔王のレベルは100で、私のレベルは93なのだ。魔王の幹部を倒してまたレベルが上がってしまったのだ。
私もまた筋肉が膨らみ過ぎて、満足に体を動かせなくなってきている。歩く時とかも、筋肉が筋肉の邪魔をして体全体を捻るようにして歩かねばならない。
そしてレベル90を超えてから筋肉の肥大化はより一層激しくなっていった。
たった7……あとたった7レベルで魔王のような筋肉玉になっていまうのか…………
絶望である。
「さぁ!勇者よ!私と死合えいっ!」
そして魔王は自らの体を丸め、転がって襲い掛かってきた。
ボールのようにゴロゴロと地面を転がりながら、猛烈な速度と勢いで突進してきたのである。
「ちょっ!?ナニコレッ!?」
慌てて避ける。
その足も腕も筋肉で埋まったような体で一体どう戦うのかなぁ?その体じゃ1歩も動けないんじゃないのかな?とか思っていたのだが、まさか転がって襲い掛かってくるとは。
ボールのような体と形容したが、本当にボールのように転がってくるとは。
ドン引きである。
魔王ボールが方向転換をして、また襲い掛かってきた。
「勇者様!私たちの筋肉では魔王の突進を止められません!」
「勇者様!すまないっ!あなたの筋肉が頼りだ!」
「くそおおおおぉぉぉぉっ!」
私は動かし辛くなっている腕を前にして、魔王の突進に備えた。
2本の腕で、いや、体全体を使って魔王の突進を受け止める。
足の筋肉を膨らませ、踏ん張る。
魔王の勢いに押され、床を砕きながら足がずるずると滑っていくが、なんとか持ちこたえられている。
魔王の勢いの方が強いが、なんとか私の力でも対抗できていた。
「今です!」
「はぁっ!」
私が動きを止めている魔王に対し、イリスとレオンが拳と剣を振るう。
しかし、その攻撃は魔王の筋肉によって弾かれた。
「っ!?なんて筋肉の鎧っ!」
「攻撃が通じないなんてっ!」
「はっはっは!貴様らの脆弱な筋肉では私の体を傷つけるなど出来るはずもなかろう!」
丸まりながらなお私の事を押し込み続けている魔王が叫んだ。
攻撃の手段がない。
私は魔王の突進を止めるので精一杯。しかし、レオンとイリスのレベルでは魔王にダメージを与えられない。
どうすればいい……どうすれば…………
っていうか、なんでこんな情けない戦いをしなければならないのか?
世界の命運を担った最後の敵が転がってくるボールとか、なんか最悪なんですけど!
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.93→Lv.95』
「…………え?」
私のレベルアップを告げるシステムの声が響いた。
……なんで?敵を倒してもいないのに?
「これは…………!」
「伝説の『戦いの中で成長していく勇者の力』!」
「はははっ!流石は勇者だ!『戦いの中で成長』するとはなっ!」
私の筋肉が膨らんでいく。
膨らみ過ぎて動きにくくなった体がより一層膨らんでいく。
い、いやだ!私、これ以上筋肉を膨らませたくないっ!
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.95→Lv.97』
しかし、魔王の強烈な押し込みを防いでいく程、私の筋肉はだんだんと肥大化していった。
「はははっ!流石だっ!勇者よ!私の突進を止めるだけでなく、さらに成長までしてくるとは!それでこそ私と張り合うだけの資格を持った者だ!」
「勇者様っ!頑張れっ!」
「勇者様の筋肉が頼りですっ!」
いやだっ!いやだっ!これ以上筋肉を膨らませたくないっ!これ以上筋肉を膨らませて魔王のような人外の体形になりたくないっ!
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.97→Lv.98』
ぎゃーーーーーーーーー!
分かる!感じる!こうして魔王の攻撃を受け止めている最中でも分かってしまう!私の筋肉が膨らんできていることが分かってきてしまう!
「ははっ!分かるぞっ!勇者よ!貴様が私と同じ領域に達しようとしていることが!」
「やーめーろー!」
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.98→Lv.99』
「ぎゃーーー!」
筋肉が膨らんでいく!
私もまた、人の体から外れようとしている!
魔王のように、筋肉が筋肉に沈み、筋肉の球体のような人ならざる者になろうとしている!筋肉が筋肉の邪魔をし、動き辛くなっていくのが分かる!
急激に筋肉が膨らんでいくのを感じる!筋肉が私を筋肉お化けに変化させようとしている!
「さぁっ!勇者よっ!来いっ!私の領域へ!そして最高の筋肉を持つ者同士、究極のマッスル合戦を繰り広げようじゃないか!」
いやだっ!
魔王が何を言っているのか分からないっ!
いやだっ!
私は魔王のようにはなりたくない!
私はムキムキになんかなりたくなかったのに……!
『勇者:英子のLv. がアップしました。Lv.99→Lv.100
筋肉が限界突破しました』
「あ…………」
感じる。
私の筋肉が猛烈な勢いで膨らんでいっていることを。
特注の大きな服や鎧すら切り裂いて、筋肉が膨れ上がっていくのを…………
私はたった今、人の道を踏み外した。
…………どうしてこうなってしまったのだろうか?
何がいけなかったのだろうか?
『Lv.100ならばムキムキのマッチョになってないとおかしい!』
私は元の世界でそういう風に粋がっていた。
それがいけなかったのだろうか?
これは天罰なのだろうか?
でも、そんなことで人の道を外れるような罰を受けるのは理不尽に思える。
そうだ、理不尽だ。
この世界は理不尽だ。
この世界を変えたい。
この世界の概念を変えたい。
この世界にやってきた初日、王様は言った。
『伝承では世界を渡った勇者には世界を覆すような力が備わっていると聞く』と。
ならば私は世界を覆したい。
どう世界を覆したい?
どんな風に世界を変えたい?
私の理想は?
理想は?
…………理想は?
そんなの決まっている。
その時、私の筋肉は眩く光りだした。
「なにっ!?」
「勇者様が……光りだした…………!?」
「勇者様の筋肉に……変化が起こっている…………!」
私の筋肉の光が玉座の間を包み込む。
膨らみ過ぎた筋肉に変化が起こっている。
世界を変える。
世界の概念を変える。
この世界では持ちえなかった私の理想を顕現させる。
そうだ。
変化しろ、私の体。
理想のために変化をするんだ!
そう……この世界にはない私の理想…………!
世界を覆す、新たな理想…………!
それは……!
細 マ ッ チ ョ !
「細 マ ッ チ ョ ッ !」
世界を覆す私の答え!
それが……!
「細 マ ッ チ ョ ッ だあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「なにいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
光を放つ私の筋肉は収縮を始める。
筋肉が減っているのではない。圧縮されているのだ。四肢もよく分からなくなるほど膨らみ過ぎた筋肉が圧縮され、足や手が露わになり、細くすっきりとしていく。
筋肉が圧縮され、密度が上がっていく。ただ漫然と膨らんでいった筋肉ではない。一つ一つの筋繊維が莫大な力を持つようになる。
私の体は完全に変化した。
筋肉で肥大化した体ではない。
細マッチョだ!
細マッチョになれたのだ!
私はこの世界に新たな答えを出したのだ!
「これが…………」
「なんだとおおおぉぉぉぉっ!?」
「細マッチョの……力だああああぁぁぁぁっ!」
細マッチョという圧縮された筋肉は魔王の力を凌駕した。
動き易くなった両手両足の力をフルに使ってボールのような魔王を宙へと投げ飛ばす。
「バ……バカな……!この私がパワー負けするなど……っ!」
「サッカーしようぜ!お前、ボールなっ!」
私は落ちてきた魔王ボールを勢いよく蹴り飛ばした。
「ぬおおおおおっ……!?」
魔王の体は勢いよく飛んでいき、何度も壁にぶつかり、ピンボールのように反射していく。
「次は野球だ!お前はボールなっ!」
壁を壊しながら乱反射する魔王に狙いを定め、レオンから借りた剣を振りぬく。
斬れはしない。ただ、私の圧縮された筋肉が魔王ボールを強く弾き飛ばした。
「う!うがあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
魔王の悲鳴が轟く。
しかし、魔王は自分の動きを制御できない。壁にぶつかっては弾かれ、壁にぶつかっては弾かれていった。
「これで最後よっ!」
私は最後の技を放った。
「レシーブ!」
ピンボールのように反射してくる魔王のボールを垂れ下げた腕で受ける。つまり、バレーのレシーブで高く上げる。
「トス!」
落ちてきたボールをオーバーハンドで高く高く弾き飛ばす。
ボールは天井を突き破り、遥か遥か空の彼方まで飛んでいく。
私も飛ぶ。
魔法なんかいらない。
圧縮された足の筋肉をばねにして、高く飛ぶ。私の足は床を蹴り、私の体は矢のように空へと舞い上がっていった。
雲を突き抜けたその先の何もない孤独な空で魔王と出会う。
私は体を反り、腕を高く上げる。細くなった全身の筋肉の力が全て腕に流れていくようにフォームを作る。
私の最後の攻撃であった。
「アターーーーーーーーーーーーーック!」
全身の力が伝わった私の手のひらは魔王を弾き飛ばす。雲の上から地面に向かって私はボールを打ち下した。
音よりも早くボールが急降下していく。下から見た者にとって、それは隕石にも見えただろう。筋肉で出来た隕石は雲を突き抜け、光の道を作りながらやがて地面へと激突した。
強烈な音と共に大きなクレーターを作り、魔王は地面に打ち付けられた。
上空から確認をする。直径10km程のクレーターが出来上がっており、その中心に魔王のボールが埋もれていた。
魔王に動きはない。
私の最後の一撃によって魔王に止めを刺したのだ。
世界は救われた。
世界は細マッチョによって救われたのだ…………
* * * * *
世界に平和は訪れた。
魔王は打ち倒され、人々の間に笑顔が咲くようになった。
魔物に苦しめられていた生活はもう終わりなのだ。
私は世界を救った英雄として世界中から称賛を受けることとなった。
ありがとう、勇者様!ありがとう、勇者様!
私の名前はこの世界で永遠に語り継がれていくことになるだろう。
……なのに、だ。
「……モテないっ!」
私は腕を机に叩きつける。力の加減を間違えて机が割れてしまう。
「……全然、モテないっ!」
そうなのだ!
私は世界を救った英雄として持て囃されているが、全くモテないのだ!
……流石は筋肉が全てを言う世界。『細マッチョ』という概念は世界に浸透していないのだ!
周囲からは『貧相な英雄』という称号を受け、ともに苦楽を分かち合った旅の仲間、レオンとイリスからは『で、いつ元の筋肉に戻られるのですか?』と今の姿を残念そうに見てくる。
くそぉっ!
私はこの姿がいいのだ!
ゴリマッチョの姿になんて戻りたくないんだっ!
「どうしたらいいんだぁっ!」
怒りのやり場が無く、椅子を殴ると椅子は無残にも粉々に砕け散ってしまった。
しかし、その瞬間、私は見た。
私の拳の衝撃で空間にぶれが生じたのだ。
「……え!?」
空間のぶれ、時空の歪みはすぐに元に戻ってしまったが、私は確かに見た。自分の拳の力で空間に傷を与えられたことを。
そうか!私の筋肉は最早次元にすら干渉してしまう程の力となってしまったのだ!
これは、ひょっとしたら、次元に穴を空け、元の世界に戻れるかもしれない!
もっと筋肉があったなら!
もっと筋肉があったなら元の世界に戻れるかもっ!
「よおぉしっ!もっと筋肉をつけるぞぉっ!もっともっと筋肉をつけるぞぉっ!」
私と筋肉の付き合いはまだまだ終わることが無さそうであった。
ご覧頂きありがとうございました。
もしよろしかったら、他の作品もご覧頂けたら幸いです。
宜しくお願いします。