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ようこそ我が電脳叛逆(サイバーパンク)へ  作者: カツ丼王
第五章 収束(コンバージェンス)
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33. 鋼鉄

 桜と宗助達は非常階段を使って脱出を試みていた。基幹エレベータが破壊されたことで防火扉や非常用設備が稼働し、避難ルートは自然と限られた状況に彼らはあった。


 アナ―オブアルカディアは海上都市特有の悪天候を考慮し、安全な脱出ロとして地下を通るルートを敷設していた。特に今は建物内の設備が誤作動を起こし三階までのテナント施設エリアには分厚いシャッターが降り、正面玄関から外へ出るのは難しかった。


 彼女達は地下ルートを目指し、長い非常階段を下る。


 桜はその殿を務めながら救助を呼ぶために刑事部の榊へとコールを送っていた。


『状況は分かりました! とにかく脱出口の方に人を寄越します!』

「お願いします。私は招待客を一階まで誘導したら、蓮君の下へ戻ります」


 桜は蓮の事が気掛かりで仕方がなかった。本当ならば今すぐにでも士道と彼の戦いに加勢したかったが、今この場を放棄すればそれこそ蓮の思いを蔑ろにする羽目になる。


 肉体の治癒は着実に進みつつあり、あと数分すれば戦闘を行うことも可能だった。招待客達を安全な地下ルートまで送り届けた暁には一気に最上階へ馳せ参じる所存だった。


「……頼む。彼を助けてくれ」


 桜が決意を固めていると、傍らの宗助が苦しそうな顔つきで言う。彼は相馬の正体と自らの愚行にもがき苦しみながらも、行政長官としての責務と信念で持ちこたえていた。


「不甲斐ない父親だと思うだろうが、この場で私にできることは率先して客達を誘導するぐらいだ。彼に酷い仕打ちばかりした私だが……せめて贖罪する機会さえあれば、次こそは絶対に間違えない」


 士道に痛めつけられた体を抱くようにひた走る彼はそう桜に頼み込んだ。それは一人の人間として少しでも責任を果たそうとする覚悟が見て取れた。


 桜はその姿に力強く頷き、再度連絡を取るため榊とのコールを続ける。


『……御嬢さん、どうも警察以外にもそちらに急行する部隊がいるようです』

「是非もないことです。どこから出された救援部隊ですか?」


 猫の手も借りたい状況である以上、救助の手が多いに越したことは無い。だが桜にとって願ってもない報せであるのにも関わらず、榊の声は何ゆえか暗い。


『それが……秘匿事項につき所属を公表できないらしくて……』

「公表できない? それはどういうことですか?」


 救援に出る部隊がその所属を明かせないなど聞いたことがない。


 不可解な事案に声を上げる桜に対し、榊も同様の感想を漏らすことしか出来ない。警察組織の上層部にも働きかけることが出来るとなると、本国もしくは行政府、そして巨大企業メガコーポくらいしか頭に浮かばない。


(……招待客に高官が多く含まれているから、事を荒立てたくないのか?)


 正体不明の救援部隊に違和感を抱くも、桜はまず脱出を優先すべきだと考えることにする。今こうやって命を繋げているのはひとえに一人の少年の覚悟によるものなのだから。


 今もその身を削って戦う蓮を思いながら、桜は自分の責務を果たそうと走った。


****


 アナ―オブアルカディア、その最上階での死闘は激烈を極めていた。


 合金金属の堅牢な要塞と化した相手に蓮は決め手を欠き、じりじりと追いつめられる一方であった。


 持てる武装は9mm弾を放つ自動拳銃オートピストルに桜の残した高速振動式単分子モノフィラメント剣。しかしこの両武器は鋼と化す士道に傷をつける事は難しかった。


 対して士道は64口径の大威力のリボルバーを二丁。さらに数百キログラムの兵器や物資を運搬できる出力と耐久性を備えた肉体。光学迷彩クロークと左の機械眼サイバーアイに支障をきたしてはいるが、繰り出される打撃はただ一撃当てるだけで容易く蓮の命を屠るだけの力を秘めている。


 その重く鋭い格闘術と銃撃の嵐を、蓮はセツナと桜から借りた能力で回避し続ける。彼女たちの電脳マトリックスをハッキングと同じように一種の踏みボットネットとして組み込み、自らの電脳マトリックスに接続することで力を行使する。一度に発動できる力を一種のみであり、彼は二つの力を切り替えて運用していた。


 マグナム弾を避ける際は体感速度加速を行使してその矛先を拳銃弾で捻じ曲げ、距離が詰まれば重力加速度制御で轟音響かせる拳打の嵐を回避して剣戟を食らわす。


 すでにその攻防は二十に上ろうとしており、蓮の体力にも限界が見え始めていた。


「諦めが悪いな。もう飛び回るのは止めたらどうだ?」


 二十メートル程度の距離が空いた空間の先、スピードローダーで弾丸を装填する士道は勧告するような言葉を投げる。


 肩で呼吸する蓮は返事をする余裕もなかった。不慣れな力を行使するだけでなく命を削り合う戦闘に没入する負担の大きさは想像に難くない。極大の覚悟と執念を持つ彼であったが、そんな達人のような辣腕を精神だけで続けるのは土台不可能な話だ。


 だが彼に現状を打開できるような手はなかった。士道を打倒するならば電子戦しかないと踏んでいた蓮は、頼みの綱だったセツナの喪失に手詰まりを起こしている。彼女の命に届き得るほどの切り札、黒い防壁ブラックアイス等という危険極まりない死の防御プログラムの前には膝を屈するしかなかったのだ。


(電子戦は無理。しかし……物理的にあれを打倒する手段があるのか?)


 唯一考えられる有効打はやはり高速振動式単分子モノフィラメント剣による斬撃だろう。高周波発生装置で切れ味を削がれはしているものの、当てようによっては必殺となり得る。重力加速度制御で剣戟の威力を上乗せし、刺突や振り下ろしなどの致死性の高い技に訴えればあの鋼の鎧を突破できるやも知れない。


 そしてもう一つ。蓮は床に打ち捨てられたもう一丁のリボルバーを盗み見る。


 叛逆の狼煙を上げた初撃。そこで士道の手から吹き飛ばしたあの魔銃ならばあるいは。


(……一か八かやってみるしかない)


 賭けに出ることに決めた蓮は大きく息を吐き、剣を構えて士道へと突撃する。


 リボルバーでの反撃を封殺するため弾切れになるまで自動拳銃を撃ち、重力加速度制御にて目を瞠るほどの比率で加速する。


 対する士道は近接距離クロスレンジで迎え撃つべく、半身をひねり空間を切り裂くような拳術を繰り出した。武芸者の技を模倣した軍用格闘プログラムによって、機械の肉体とは思えない俊敏かつ確かな威力を秘めた排撃が迫る。


 蓮はその拳が届くよりも一瞬だけ早く跳び上がる。轟音を耳元で認識しながら紙一重で拳打の上を抜け、そのまま士道を中心に円を描くようにして背後を取る。


 桜と演じた際の焼き回しを行った彼は、全力の振り下ろしを背面へと浴びせた。


 火を噴くような猛攻を士道は片腕で受け、高周波の鍔迫り合いによる火花が散った。


「馬鹿が――!!」


 大容量電池パワーセルから導かれる大出力の駆動装置アクチュエータが咆哮し、拮抗していた両者のバランスが一秒の間もなく破綻する。


 蓮の体は機械腕サイバーアームの反撃で横薙ぎに吹き飛ばされ、さらに士道は止めを刺すために間隙なく床に倒れる彼へと迫った。


 立ち上がる余裕はなく脱出は困難。雌雄は決した。


 しかしこの展開は予想通りのもの。蓮の術中だった。


 彼が吹き飛ばされた先は件のリボルバーが鎮座していた場所だった。雌雄を決したのはこちらの話。此度の攻防は全て敵をこの場に引き寄せるための一手に過ぎない。


 蓮は機械腕サイバーアームで持ち主不在の64口径のリボルバーを構える。


 向かってくる士道はそれに気づいたようだが時すでに遅し。両者の間合いは拳銃の実戦闘における最適射程距離と言われる7m以内にまで縮まっていた。如何な合金金属であろうと防げるのは所詮対人兵器の範疇。人外の領域、つまりは対物兵器の部類にまで威力を跳ね上げた64口径の魔弾であれば、要塞と化したボディであっても沈められる。


 勝利を確信した蓮は重い引き金を引いた。


 撃鉄ハンマーが雷管を叩き、爆ぜるような音と光とともにマグナム弾が士道の肩を貫いた。弾頭を平滑に仕上げたそれは拳銃弾とは比較にならない破壊力を発揮し、外装と内部配線を破壊された士道は戦闘力を如実に削ぎ落とされた。


 しかしこの攻防で想定外を起こしたのは士道だけではなかった。


 優勢に立ったと思われた蓮は苦悶の声を漏らし、さらにリボルバーを喪失していた。予想外だったのは64口径の反動リコイルの強大さだった。作用反作用の法則にしたがって肉体に掛かった負荷は想定以上で、機械腕サイバーアームをもってしても堪えきれるものではなかったのだ。


 後方に吹き飛んだ銃を回収しようと動くが、それを遮断するような一撃が蓮の体に突き刺さった。


「――が!?」


 側面から現れた士道の拳を間一髪で機械腕サイバーアームで防ぐ。が、当然の如く彼の体は衝撃に耐えきれずに宙を舞う。今度は受け身すらまともに取ることが出来ず、地面に真っ逆さまに落ちる羽目となった。


「あ、ぐ……」


 たった一発のクリーンヒットで蓮の体は甚大なダメージを負った。盾となった左腕はへしゃげて配線が剥きだしになり、辛うじて指が動かせるのみ。体も肩と足が落下時の衝撃も併せて鞭打ちに近い状態になっている。骨にヒビが入っているか、最悪骨折している個所もあるかもしれない。


「私の銃を使おうという考え……らしくもなく浅はかだったな」


 士道は床のリボルバーを拾い、蓮の傍に立って見下ろす。


 痛みに苦しむ我が身を無理して翻し、蓮は銃口を向ける敵を見返した。


「これで終わりだな。……最後にもう一度聞こう。このまま何もかも忘れて、平凡な日常に帰る気かはないか?」

「……断る。俺の日常はあの二人あってのものだ」

「そうか。ならばもう何も言わん。ここで長い戦いに終止符を打つがいい」


 士道は諦めたような口ぶりで撃鉄ハンマーを起こす。


 逃げなければこのまま殺される。


 しかし激痛でまともに体を動かすことができない。肉体の疲弊は独力で我が身を守ることすら不可能なレベルに及んでいる。


 蓮は向けれる銃口から何とか逃れようと痛みを押し殺して身体を動かした。


 すると落としてしまったのか、視界の端に妹にあげるはずだった腕輪ブレスレットが映った。それは紅と黄赤の螺旋が互いを支えあうようにして折り重なり、美しい結晶模様を象っている。


 そうだ。この場にたどり着いたのは自分の力だけではない。何人もの人が彼を導き、その支えと信頼が苗床となって今の自分を作り出したのだ。


 自分の中に打破する手段がないのなら、人から力を借りるだけのことだ。


(……諦めなければ勝機はある。……いや、作り出す)


 迫りくる死の恐怖が心中から消え去り、蓮は不敵な笑みを浮かべる。


「俺は――諦めない!!」


 蓮がそう吠えた途端、最上階の硝子格子を破壊して何かが室内に飛び込んできた。

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