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ようこそ我が電脳叛逆(サイバーパンク)へ  作者: カツ丼王
第四章 幻覚(ファントム)
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28. 覚醒

 身を焦がすような火の中に居た。


 あの日、家族が消え去った日は一つの記念日となるはずだった。星環せいかん学園への入学が決まり、新しい生活に胸躍らせ明るい未来へと踏み出せることが決まった日。家族四人で祝い将来の夢を語ろうと考え、蓮は花束を買ってこようと少し遠出していた。


 でもその帰り道。居住区で抗争が勃発したと聞き、花束を投げ捨てて走った。


 早く、早く、家に帰らないと。


 そこは地獄だった。いつも見ていた薄暗くヘドロまみれの腐乱臭は影を潜め、生き物を燃やす悪臭と紅に染まった世界がそこにあった。助けを求める人々が居た気がしたが、それを無視して家に向かった。


 電気と水も通っていない廃ビルの一室、そこが自分達の住処だった。


 軋みを上げる野暮ったいドアを無理やり開くと、炎が飛び出した。


 思わず目を覆うが構わず中へと押し進む。


 見ると古ぼけていた家具が壊され、すぐ父の死体らしき物が目に飛び込んできた。らしき物というが、その名のとおり頭が潰れていて本人かどうか怪しかった。


 呆然としていると母のうめき声が聞こえ、声の方に駆けた。


 母は辛うじて生きていたがもはや虫の息だった。彼女は蓮に気づいたのか何かを必死に伝えようと口を動かしている。耳を近づけ、最後の声を聴いた。


 部屋の奥を見ると、奥で美冬が転がっていた。慌てて駆け寄って容態を見るが傷らしいものは見当たらない。意識はないが急げば助けられるかもしれない。


 すぐさま体を抱え、母と父の死体を置いて部屋を飛び出した。


 今まで育ててくれた両親を置いていくのは心身を割くような痛みを伴ったが、嗚咽を堪えて妹を運んだ。


 もうそれ以降は覚えていない。


 それだけは本当のことだ。


 記憶しているのは、家族が二度と揃わないと理解したとこまで。


「……何だ、もう終わってたんじゃないか」


 蓮は自室の壁にもたれ掛かり虚空を眺める。家族が死んでいたと思い出し、半狂乱になって荒らし回った部屋を見て、掃除が大変だなと思った。


「いや、そんな心配する必要ないか……」


 自嘲気味に蓮は呟く。もうやることなんてない。何もない。何もかもが終わり、いやすでに終わっていたということを知り、後は家族の下へ行くだけだった。


「――蓮君!!」


 どうやって死のうか考えていたら、玄関の方から桜が姿を現した。ああ毒で死んでいなかったのか、どういう体をしているんだろうと思った。


「大丈夫ですか!? 気は確かですか!?」


 悲鳴にも似た声音で桜は蓮の肩をつかむ。正気かどうか確認する彼女を見て、彼女が自分の状態をすでに知っているのだと分かった。


「どうしたんですか? 俺を笑いに来たんですか?」

「違います! あなたが死んでしまわないか、心配で……」

「ああ、心配せずともすぐに死にますよ。もう何も気力が沸いてこないから。だから安心してください」


 知り合ったばかりの頃のように丁寧な口調で答えた。


 だがどうにもその発言はお気に召さなかったらしく、桜は眉を吊り上げた。


「……病院に行って治療を受けましょう。そうすれば、きっとまた元気になります」

「なるわけないでしょう。もう生きていたくない。それに病院にも行きたくない。あそこには悪い思い出しかないから……」


 機械化オーグメンテーションで肉体を売り払った時、そして家族の死体を確認した時の記憶が蘇る。おかしくなりつつあった蓮は病院で目を覚まし、ご家族の遺体だと言われて何だか分からない肉片を見せつけられていた。もうあんなのは御免だった。


 死んだ目で応対する蓮を目の当たりにした桜は、悲痛な面持ちでこう切り出した。


「お願いです、自棄にならないでください。……私に出来ることなら何でもします。私だけじゃなくお父様にも力になって貰いますから」


 その言葉を聞いた蓮はピクリ体を動かした。


 行政長官、ひいてはこの都市にいる人々のことまで意識が及んだ。今この瞬間にも彼らは生を謳歌し、明るい未来へと歩を進めているのだろう。それが堪らなく憎く感じ、どうにか滅茶苦茶にできないかと考える。


 そしてある閃きが頭に浮かんだ。


「じゃあ……桜さん、僕のために死んでくれますか?」

「――え?」


 蓮の言ったことの意味が理解できなかったのか、桜は凍り付いた。


「死んで欲しいと言ったんです。あなたは今すぐ死んだ方が良いと思うんです」


 立ち上がり、困惑した様子の桜を見下ろす。その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。


「さっきあなたの電脳マトリックスを見ました。あなたが生きているのは母親が身を挺したおかげだ。それは素晴らしいと思います。……でも当のあなたはどうなんですかね?」


 母親の死というワードに桜は顔を引き攣らせる。


 やはり予想通り、この女の弱点はそこにあったのだ。


「車が襲われ、あなたを庇った母は重傷を負った。あなたはその母に抱き留められたまま、ただじっと怯えていた。母親の体が冷たくなるのを感じながら何もせず、ひたすら目を閉じて黙りこんだ。――あなたはただ母親の愛情に甘んじただけの卑怯者なんじゃないですか?」

「――止めて下さい!!」


 蓮の言葉に桜は叫んだ。


 普段の強く凛々しい面影はなく年相応の少女のように脆弱だった。


 蓮はその姿に満足することなく容赦のない罵倒を浴びせる。


「随分献身的だなと思いましたよ。でもそれは自分の命に価値を見出そうと、母親の死が無駄ではなかったと思い込もうとしていただけだ。本当は分かっているんでしょう? 自分が居なければ母親は死ななかったかもしれない――と」


 必死になって否定しようと首を振る桜だが、両目から涙が流れ落ちた。


 彼女が警察組織の一員になったのも人に尽くそうと躍起になっていたのも、すべて母親の死に起因する強迫観念に突き動かされた結果だった。


 自身の弱所を露見させられた彼女は声を震わせる。


「わ、私は……ただ誰かのためになればと、そう思って……」


 嗚咽を交じりの声で許しを請う桜だが蓮は無感情に観察する。


「施しを与えるのは気分が良かったか? 俺を見ていて楽しかったか? お前のような破綻した考えの持ち主が生きているなんて、母親も浮かばれないな」

「――ッ!?」


 彼女の顔に恐怖の色が滲んだ。


「父親も思ったんじゃないか? お前が死んで母親が生きていればって。何せ母親の愛は本物であなたのような嘘つきとは違うからな」


 耳元で嘲笑うようにそう呟くと、桜はその場に崩れ落ちた。


 蹲った少女はしきりに『ごめんなさい』『許して下さい』と壊れたおもちゃのように繰り返し呟いている。もう完全に落ちた。あとは始末するだけだ。


 蓮はデスクの引き出しから、以前コンベンションセンターで手に入れた自動拳銃オートピストルを取り出す。そして震えて泣いている桜を無理やり仰向けにし、跨ってその銃口を向ける。


 左手で首を掴み、右手の指をトリガーに掛ける。


「な、何を――!?」


 突然の事態に桜は抵抗するが、常ほどの力をそこに籠っていなかった。


 蓮は恐ろしい形相で桜の顔へ銃口を突き付ける。


「お前を殺す。そうすれば俺の家族も少しは浮かばれるだろう。きっと笑ってくれるはずだ。俺もそうすればあなたを許すことができる」

「ば、馬鹿な……そんなことをしても何も――」

「じゃあ今すぐお前の力で、俺の家族を生き返らせろ!! 出来ないだろう、そんなこと? あなたのような嘘つきはこの世から消去デリートされるべきなんだよ!!」


 気づくと頬に熱いものが流れ、沈痛な面持ちの桜へと落ちた。どうして涙が出るのか分からないが構うことは無い。


 この人を殺せばきっと父親である宗助は悲しみ、そして怒り狂う。改正法案だけにとどまらず、第三階級(サードそのものに憎しみをぶつけるかもしれない。そうすれば火の粉のように災厄がまき散らされ、自分達だけでなく多くの人が不幸になるだろう。


 そうすれば報われなかったこの人生だが、少しは溜飲が収まるに違いない。


「――ぐ、あ!?」


 左手に力を籠め首を絞めると桜は苦悶の表情を浮かべた。


 振りほどこうと思えば簡単なはずのにそれが出来ない。心が疲弊しているのか、段々と抵抗する力そのものが弱くなっていく。


 蓮は止めを刺そうと右手の銃へと視線を移す。


 これで全てが終わる、そう思った。


 すると視界の端にあるものが飛び込んできた。


「――――あ」


 途端に意識の全てがそれに持って行かれた。


 握りしめる左手も、引き金を引こうとする指も、全身を支配していた怒りすらどこかへ行ってしまった。


「――は!? はあ、はあ……何、が?」


 突然首を絞める力が緩み、桜は息を吹き返す。


 対する蓮は殺そうと考えていたことなど頭から消え去り、代わりに幻覚だった妹の言葉を思い出していた。


 ――兄貴の前に私より好きな女の子が現れたら、ちゃんと大切にしなさいよね。


「あ、ああ、ああああああ……!!」


 拳銃を取り落とし這うようにして手を伸ばす。


 そしてゆっくりと大事にそれを抱え込んだ。


 もう死んでしまった美冬。幻覚にしか過ぎなかった妹。


 そんな曖昧で会ったこともないはずの妹に桜が用意してくれた、紅と黄赤が螺旋を織りなす腕輪ブレスレット


 世界で一番大切だった妹。そんな彼女の為に桜がくれたプレゼントがそこあった。


「……何やってるんだ俺は」


 こんなんじゃ妹に顔向けできないできない、そう思った。


 涙が止まらなかった。嗚咽を堪えようにも留まるどころか激しくなる一方だった。温かい気持ちがじんわりと広がっていくのが分かった。


 そうだった。この人は、初めて会った時から、ずっと、ずっと、自分を真摯な眼差しで見てくれていたじゃないか。そんな大事な、本当に大切なことまで忘れていた。


「……蓮君」


 桜の心配するような声が聞こえたが、そちらを向くことが出来ない。


「御免なさい……八つ当たりもイイところだ。あなたに非なんてない。あなたの言葉に救われていた。その馬鹿みたいな優しさに他でもない自分が助けられていたのに、俺は――!!」


 知らず彼女の体を抱きしめていた。


 本当にそこに居るのか、幻覚ではないか確かめたかった。家族以外に大事な人が居たと実感したかった。


「……気にしていません。あなたの言った事は、たぶん半分以上当たってるから……」


 桜も優しい声音で抱きしめ返す。


 密着した肌から温もりが伝わり、耳元にはか細い呼吸音が聞こえる。


 居る、ちゃんとそこに居る。


 思い出した。


 大事な物がちゃんとそこにあると。


 何もかも喪失したと嘆いた少年は、再び優しい夢を見ることが出来そうだった。

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