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ようこそ我が電脳叛逆(サイバーパンク)へ  作者: カツ丼王
第三章 強奪(ハイジャック)
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23. 虚構

 多脚戦車から上手く脱出した蓮は高架道路の梯子を下りて開発放棄地区へと逃げ込んでいた。建物に遮られた薄暗く静寂に支配された世界を見ると、汚く危険に満ちた十九区での貧困生活を思い出した。


 蓮は息を上げながら、安全な居住区に向かってひた走る。


「はあ、はあ……クソ、何なんだ!? あの意味不明な力は!? それに警察って……あの人は味方じゃなかったのか!? それに相馬を殺したあの男は何だ!?」


 建設途中で放棄されたビルの壁を殴りつける。今日一日であまりにもたくさんのことが有りすぎた。狙った獲物が目の前で何者かに殺され、身近な人が敵になった。それも人知を超えた超能力まがいの力を持ってである。


「嘘つきめ! みんな嘘だらけだ! 行政長官も、桜さんも……俺も……」


 知らず蓮はその場に蹲り、嗚咽を漏らしていた。誰も彼もが信じられない、一人ぼっちだ。唯一信用できるのは自分と家族だけ。それを思い知らされた。


『悲観するな。お主はよくやっておる。お主は一人じゃない、儂がおる』


 セツナはPDA越しにそう言って蓮を慰めた。珍しくARには姿を現さず届いたのは彼女の声だけだった。


「そんなこと言って……お前は何処の誰なんだよ? お前だって嘘つきじゃないのか?」


 感情の高ぶりを抑えられない蓮はセツナに向かって苛立ちをぶつけた。自分でも最低だと分かっていながら発言せずにはいられなかった。


 信じたかった。彼女がそこに居て確かに自分の味方だと安心したかったから。


 だが望んだような返答はなく沈黙という形でセツナは応えた。


 気の狂いそうな静寂が蓮の心を蝕んだ。

 

****


 アルカディア警察によってセンター内の安全が確保された後、桜は宗助と共に下に市庁舎のオフィスへと移動していた。彼らを襲った武装集団は現在護送車で厳重な監視の下連行されている。以前起こった自決行為を起こさせないため警察も躍起になっているようだ。


 市庁舎の周りには緊急会議のため召集された高官の車両が何台も停まり、慌ただしい雰囲気がフロアに溢れている。


 桜はその様を眺めつつ被害状況を確認するため榊へとコールを掛けていた。


「……では、あの多脚戦車からは何も証拠が出なかったのですね?」

『ええ、電脳マトリックス防壁アイスが破壊されていることを考えても、相手は一流のハッカーと言わざるを得ません。技術者に渡しても期待はできないと思います』


 高架道路で切り結んだ謎の敵だが、その正体を掴むことは困難を極めるというのが榊の見解だった。軍用級の防壁アイスを破るなど一個人にできる芸当ではない。普通に考えれば強力な後ろ盾を持つプロを疑う所である。


 しかし桜の中である可能性が沸き上がっていた。本来なら有り得ないが彼女は戦った見えない敵の正体に一人だけ心当たりがった。


 榊とのコールを終えた後、傍らで腰かけていた宗助へと向かう。


「……お父様、以前霧崎君のことを調べたと言っていましたよね? そのファイルを見せてくれませんか?」


 桜の突然の要望に対し、疲れ切っていた宗助は目を細める。

「突然だな。彼に何かあるのか?」

「……ええ、気になることが少しあるんです」


 その言葉に何か言いたそうな態度だったものの、宗助は疲労感に負けたのか無言でファイルをAR越しに渡した。


 桜は一言礼を述べ、ファイルを展開して彼の経歴について目を通した。


「――え?」


 読み始めてすぐに異変に気付いた。


「お父様! ここに書かれていることは間違っています! この彼の遍歴……」


 文面が上手く飲み込めない桜は宗助へと確認を取った。おかしい事だらけ。何一つ真実なんてない、嘘塗れの彼の人生。


 しかし視線の先の宗助は両手を上げて娘の指摘を否定した。


「何を言っている? 理事長権限で開示した記録だぞ? 公式なもので間違いなんて有るはずがない。彼は犯罪を憎んでいると私が言った理由……分かっていなかったのか?」


 父親のきっぱりと断言する姿を見て桜は全身が凍りついた。


 狂っている。当たり前だと思っていた日常の中に怖気が立つような真実が転がっていた。すぐ傍に始めから、当たり前のようにそこに存在していた。


 あの少年の笑顔は嘘で塗り固めた虚構に過ぎなかったのだ。


 桜が呆然自失していると宗助のPDAにコールが届いた。


「私だ。……そうか! 本当に良かった!」


 彼は疲労の色を吹き飛ばし、今日初めて心からの笑顔を浮かべる。そして娘の蒼白な表情に気付くことなくこう言った。


「相馬さんの無事が確認できた! 姿が見えなくて心配だったが、どうも一人で避難していたらしい。全く、年の割に豪胆な人だ!」


 

 重なった嘘が真実を塗り潰し、虚構と現実の境が曖昧となる。


 それはまさに人々が機械の見せる仮想現実へと没入するのと同じ。過酷な現実から目を閉じ、耳を塞ぎ、逃避することに他ならない。

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