21. 戦闘開始
監視カメラの映像を見ていた蓮は、窓に映った光景に目を剥く。
相馬英寿が何者かによって射殺された。思いも寄らない事態が引き起こったのだ。
その上会場にも異常が生じていた。
けたたましい爆発音が建物内を反響する。火薬の爆ぜる音が連発し、それに続いて銃声が轟く。何かがコンベンションセンターを強襲したようである。
手すりから身を乗り出して階下を覗くと、覆面で顔を隠した集団が見えた。彼らは漏れなく軽機関銃を装備し、遠目からだが戦術ベストまで身に付けていることが確認できる。
目的も正体も不明な武装集団は人々を脅すように壁や天井に発砲を繰り返し、対抗しようとするガードマン達はその事ごとくが凶弾の餌食になった。敵の武装は護身用などではなく強襲用に整えられた仕様で、インパクトウェポンや自動拳銃で武装した警備員では勝負にならない。生身の一般客では尚更だ。
『おい落ち着け! とにかく今はこの場から逃げんと! お主も殺されるぞ!』
「分かってる……でも一体どこへ――]
蓮はふと先ほどのAR映像を視界に捉え、そして凍り付いた。
相馬を銃殺した男は、真っ直ぐカメラの方を見ていた。
顔ははっきりとは見えない。どこの誰かも分からないその人物は、フードの下に邪悪な笑みを浮かべている。
その様はまるでカメラの先に自分が居ると看破しているかのようだった。
蓮は心臓を鷲掴みされた感覚に陥り、向けられた視線に純粋な恐怖心を抱いた。カメラの先にいる男が今にも自分を殺しに来るような気がしたからだ。
男はゆっくりと右手に下げた拳銃を持ち上げ、映像を殺風景な砂嵐へと変えた。
『オイ! 今はその男の事より脱出を優先せんと!』
「……あ、ああ」
セツナの声に我に返った蓮は今すべきことを思い出した。逸る気持ちを抑え、安全な場所へと避難するためフロアマップを再度表示させる。
すると逃走経路を見繕うとした所である異変に気付いた。館内を常に巡回しているはずの自律機動機械達が全て停止している。
蓮は不正に作成したアカウントを使って警備システムの運転状態を確認する。どうやらメインとなる制御系が何者かによって停止させられているようだった。
こんな事ができるのは警備室に出入りできる人間だけである。
ハッとなった蓮は手に入れていた職員名簿を思い出す。先ほど警備室に居た二人の男性。片方の男は第二階級、そしてもう一人の青年は第三階級だったはず。
「これはあの時と同じ、第三階級の起こした武力闘争なんだ! ……しかしなぜコンベンションセンターの見本市なんかを?」
疑問を抱きながらも銃声から遠ざかるように館内を走る。
武装集団の目的――それは行政長官と相馬だと考えるのが自然だが、ならば大衆に姿を見せるイベントまで待つ方が効率的だと思った。
蓮は一度立ち止まり、大きく深呼吸した。
(考えても目的は分からない。……でも奴らの手管は分かった!)
「セツナ! 俺の指示に従ってセンター内の電脳を移動してくれ。それで安全を確保できるかもしれない!」
力強く頷いたセツナは蓮のARから一瞬で姿を消した。
自立機動機械の停止信号は警備室の操作卓から送信されている。信号は論理電算機へと入り、あらかじめプログラムされた命令を出力し、最後に建物内のネットワークへと拡散される仕様である。
そこで蓮は一連動作プログラムを書き換えさえすれば、停止した自律機動機械を復旧できると考えた。
武装集団に発見されないよう監視カメラを確認しながら物陰を移動する。
同時に電脳では、上書きするための修正プログラムを組む。綱渡りに挑む様な張りつめた緊張感の中、目まぐるしい速度で二つのタスクをこなす。
自分がやらなければこの騒ぎは止められない。四の五の言う暇はないのだ。
(桜さん……どうか無事でいてくれ!)
蓮は心優しい少女の安否だけが気がかりだった。
****
休憩室で待機していた桜は、武装集団の襲撃から宗助を避難させようとしていた。突然の事態に慌てた二人だが、現在は緊急避難用の通路を移動中だった。通路の出口には警備に駆り出されていた警察車両が控えている。
ボディガード達と共に車両まで漕ぎ付け、安全が確保できたところで桜は宗助に告げる。
「お父様、私はセンター内に戻って犯人達を拘束します」
「正気か桜!? 命を投げ出しに行くような物なんだぞ!」
車に乗ろうとした宗助は、危険地帯へと引き返そうとする娘に瞠目する。
「危険は承知です。ですがこれは私の仕事なんです」
桜は車両のハッチバックから、手配していたジェラルミンケースを取り出した。
「それに会場には蓮君も居る。私は行かなければならないんです!」
宗助はまだ何か言うが、桜はケースを抱えたまま恐るべき速度でセンターへの道を逆走した。その様は高速で地面を滑空する燕のように重さを感じさせない。
桜は己の電脳を解放させ、喧騒へと身を投じた。