17. 光学迷彩
蓮が警察のデータベースに侵入して得られた情報は行政長官を含めた高官の公務予定である。具体的には彼らの訪れる施設や接触する人物・団体・組織、警備の人員からその装備や護送車両、そしてイベントの概要に至る非常に膨大なデータになった。
蓮は数日の間にその全てに目を通し、皇宗助とそのスポンサーかつ巨大企業センダイ・グループの重鎮である相馬英寿、この両名が揃う二つの催しに注目した。
一つは都市の中心たる第一区に聳え立つアナ―オブアルカディア。地上二百メートルの最上階で行われるアルカディア生誕二十周年式典パーティーである。企業の経営陣、高官、著名人を集めたトップシークレットな会合であり、おそらく宗助は法案の支持を得る絶好の機会だと睨んでいるはず。当然それを阻止しようと考えている蓮にしても、関心を持たざるを得ないものだ。
二つ目は都市の中心から西へと移ったセンターリバー沿い、そこに建てられたコンベンションセンターで行われるサイバー技術関連の見本市である。巨大企業に警察や国防軍、研究機関が開発した最新鋭サイバー技術の公演と宣伝が行われ、前述と同様に彼ら二人が姿を現す。こちらは一般市民でも展示会場に入場することができるため、彼らに接近する可能性が飛躍的に高くなる。
というわけでひとまず蓮は日付が先になる見本市に繰り出す事に決めた。
週末の連休を利用し、彼はウォーターフロントに作られた展示会議場へとやって来ていた。
広大な敷地面積と規模を誇るセンターの入口は、連なった噴水と大階段で人々の来客を出迎えているかのようだった。
『うわあ……人がゴミのようじゃのう』
当たり前のようにPDAに常駐しているセツナは、混雑する人だかりを見てそう呟く。
「お前、どこの王のセリフだそれ。遊びに来たんじゃないんだぞ」
『ええー、良いじゃないか少しくらい。というか、お主何でいつもパーカーを着てるんだ? それも真っ黒の。いつも思うんじゃが黒すぎないか?」
蓮は黒のパーカーにジーンズ、そしてスニーカーという格好だった。加えて人見知りかつ騒ぐのが苦手な蓮は、フードを被りイヤホンまで耳に差している始末。肩にはこれまた同じく暗色系の手荷物を掛けている。
「うるせえ! これが俺のイメージする一流ハッカーの格好なんだ!」
『ええ……なんか地味でオタク臭いのう。もっと爽やかな普段着は無いのか? それじゃ女にモテんぞ……』
余計なお世話だと切り捨てた蓮はセツナの声を消音した。それから落ち着かない様子である人物の姿を探す。
キョロキョロ辺りを見渡していると、背後から誰かが蓮の肩を突いた。
「こんにちわ、蓮君。待たせてしまいましたか?」
振り返るとそこに居たのは桜だった。彼女は白のケーブルニット、灰色のショートパンツを着ており、細く締まった足にはベージュのニーハイブーツを履いている。
普段の制服姿とは違う、年相応な格好を見た蓮はその可憐さに見惚れてしまった。
『お主何しに来たんじゃ? 遊びに来たんじゃないんだぞ』
先ほどとは打って変わり冷たい声音のセツナ。
その声に蓮はハッと我に返った。
「いえ、僕も来たばかりですから。……じゃあ、行きましょうか」
心音が高まっているのを感じつつ、蓮は桜と共に展示会場へと足を踏み入れた。
当初蓮はこの場に一人で来る予定だった。しかしこの一週間蓮と桜が会話する機会が増えたこと――それが事の発端だった。
桜が腕輪を用意して和解したように見えた二人だったが、蓮の予想とは裏腹に彼女の方は甚だ納得していなかった。気が済まない桜は何か助けは必要ではないか、困っていることはないかと会うたびに問い、蓮はそれに頭を抱えた。誤って週末に見本市へと行く旨を話すと、彼女は案内役を買って出たいと申し出た――これが経緯である。
『あっさりと押し負けおって。お主この娘に気でもあるのか? なら止めておけ、どう考えても向こうのが上玉じゃ。根暗オタクに靡く可能性なんてゼロじゃから、ゼロ』
意地悪姑のように忠告するセツナに苦い顔をしてしまうが、割と正論であるためにぐうの音も出ない。
周囲の一般客達も桜を自然と桜を目で追っており、何となく肩身が狭い。
「どこから回りましょう。何か見たい物はありますか、案内しますので」
「そ、そうですねえ……」
桜の問いにすぐさまネットワーク関係のエリアに行きたい、と言いそうになる。しかし十代の女の子からすれば普通興味ないだろうし、そうなると家電製品にブースの方が良いのではないだろうか。世の男女はこんな事を考えているのかと思うとあながち馬鹿にできない。
「特にないのでしたらセンダイ・グループのブースに行きませんか? 警備の方から聞いたのですが、相当凄い催しをやるそうですので」
悩んでいた蓮は二つ返事で了承する。
企業や各団体が新製品のPDA端末や家庭用アンドロイド、空中走行可能な車両など多種多様なサイバー製品を陳列し、競い合うように宣伝している。
その広く立て込んだフロアを迷うことなく先導する桜に蓮は多少驚いていた。
「何だが随分と熟知していますね。お父上の関係で何か関わっていたんですか?」
「ええ、まあそんな所です。今日は父も会場に来ていますし、後でイベントにも出演者として参加することになっているんです。私も会いに行くつもりです」
桜の返答に蓮は頷く。事前の調査通り行政長官はこの場に来ているようだ。
談笑しながら歩いていると一際大きなブースに到着した。多くの人が入り口に並んでおり、どうにも収容できるキャパを超えているように思える。
これは入場できないかもと考えた蓮だが、桜はPDAで誰かにコールをかけ始めた。
しばらくすると見知った人物がやって来た。
「ようこそいらっしゃった、お嬢さん。お隣の霧先君もようこそ。この前警察署で顔を合わせて以来だが、覚えているかな?」
ブースの中から姿を現したのはアルカディア警察刑事部の榊だった。彼は依然会った時と同じコートとハンチング帽を被り、顎には無精ひげが見えた。
「こ、こんちには……こんな所でお会いするなんて思ってもみませんでした」
「だろうねえ。私もまさか警備に駆り出されるとは思わなかったよ。まあ最近は物騒だし、何より警察は今てんわやんわでね。イメージ回復のためにお呼びがかかった次第だよ」
目を丸くして驚く蓮に対し、榊は苦笑して答えた。まさか情報漏洩の余波がこんな所にも及んでいるとは思いもしない。少々申し訳ない気持ちになった。
「いやしかし驚かされたよ。急にお嬢さんが『コンベンションセンターで行われる見本市について教えてくれ』なんて言い出すんだから。まさか彼のためだっとは――」
「――榊さん?」
ハハハと笑っていた榊は、桜から放たれる鋭い眼光に気づいて襟を正した。彼は口を滑らしてしまったと自覚したのか『楽しんで行って下さい』と無理やり作った笑みを残し、その場を逃げるように去って行った。
「あの……今の話は……」
気まずい裏事情を知ってしまった蓮は恐る恐る桜の方を窺う。
見ると彼女は恥ずかしそうに頬を染め、視線を泳がせながら弁明し始めた。
「違うんですよ!? 元々興味があって、それで榊さんに聞くのが丁度いいと思ったんです。そう、あと父も参加しますから……娘である私も足を運ぶ予定でしたから!」
「なるほど。……それよりどうします? 人だかりが出来ていますけど」
慌てふためく桜を気遣って話を切り替えることにした蓮は、目の前の混雑に視線を移した。
「ああ、それは大丈夫です。先ほどの人に頼んで席を取っておいてもらったので」
まるで映画館の予約のように言ってのける彼女を見て、その価値観の差に驚愕した。加えて榊のことが『先ほどの人』と他人行儀になっていることも気になる。もしかして根に持つタイプなのだろうか。
係員の誘導に従って二人は特設ステージ最前列の席に座ることができた。設置された大きなディスプレイを見ると『世紀の発明! サイバーパンク小説の世界が到来!』とある。
「サイバーパンクって……もう技術的には到来してる気がするんだけどな」
二十世紀末に隆盛を誇ったサイバーパンク小説はいわゆるSFのサブジャンルにあたる。典型的なものは機械工学や生物工学が発展し、人々がネットワークなど大きな構造に取り込まれた退廃的な世界を舞台としている。登場人物たちの多くはそんな体制や構造に反発して行動を起こす、というのがオーソドックスな物語だ。
『まるで今のお主のような小説ということか』
セツナがそんな感想を漏らすと、定刻になったのかステージにMCらしき男性が現れた。
「皆さま、ようこそいらっしゃいました。今よりお見せいたしますのは今世紀最高の発明の一つとなること必至の技術! 映画の中でしか見ることの出来なかったオーバーテクノロジー……それをこれよりご紹介いたします」
MCがそう言うと奥から初老の男性が現れた。
「皆さま初めまして。センダイ・グループの相馬英寿と申します」
相馬というワードに蓮は目を細めた。行政長官の右腕にして巨大企業の重鎮、蓮のターゲットが姿を見せたからである。
『こいつが例の相馬英寿か。何だが拍子抜けする見た目なんじゃが』
傍目から見る分には穏和そうな老人にしか見えない。
しかし蓮は首を横に振る。
「裏社会の格言に『善意を持って近づいてくる奴には気を付けろ』というのがある。俺の施術を行った闇医者もそうだった」
まだ短い時しか生きていない蓮だが、視界に移る老人は危険なオーラを放っているように思えた。瞳の奥にはまるで猛禽類のような鋭さがある。
「人造物質の技術開発に我が社はこれまで注力してきましたが、純度の高い結晶を得ることはこれまで不可能でした。ですが我々は半導体産業で使用されるエピタキシャル成長からヒントを得ることで、高純度な結晶の開発に成功しました」
相馬が手で合図をすると、腰にベルトを巻いた男性が現れた。男の身に着けたベルトには宝石のような物が嵌め込まれている。
「最近は若者の間で腕輪として流行っているものですが、こちらの人造物質はそれをより高品質にしたものとお考えください」
相馬が男性にアイコンタクトを送ると、男性はベルトのスイッチを入れる。
それによって起こった現象に会場の誰もが、蓮や桜ですら目を剥く。
男の姿が消えたのだ。まるで透明人間になったかのように。
『な、なんじゃあれ!? 一体どうなっとるんじゃ!?』
ARから様子を眺めていたセツナに至っては、自分の目を疑う始末である。
会場から湧き上がる歓声と疑問の声に満足した様子の相馬は、得意げに解説を始める。
「市販されているものは大量生産と費用の関係から結晶中に不純物を多く含んでいます。それでも色彩を制御するには十分ですが、この製品はさらにその上。使用者の周囲に作り出したクローキング場により光を屈折させ、姿形を完全に消すことが可能となるのです」
「それは所謂……光学迷彩のようなものですか?」
「ハハハ、フィクションの世界に合わせるとそういうことになりますね」
MCの言葉を笑い飛ばす相馬だが、目の前の技術はまさしく透明化を可能とする技術――兵器といっても差し付かえない。大気中を進行する光を捻じ曲げることで人々の目には本来遮蔽物の背後で見えないはずの風景が映り、その遮蔽物が無いものとして認識される。
相馬が注釈する所によると、高純度にするために莫大なコストが掛かることというのが目下の課題であるという。またクローキング場と呼ばれる力場は移動する物体への適用が難しく、加えて結晶そのものも衝撃に弱いとのことらしい。
欠点を抱えているものの、小説の世界が到来したと言える程の衝撃があった。センダイ・グループの目論見通り新しい技術のデモンストレーションには十分だったようで、しばらくの間会場は熱気で支配された。




