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ようこそ我が電脳叛逆(サイバーパンク)へ  作者: カツ丼王
第三章 強奪(ハイジャック)
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16. 邂逅

 皇家での邂逅から一夜明けた翌日、再びアルカディアのワイドショーは火に油を注ぐように加熱の一途を辿った。市民達の関心を集めた中央銀行の騒動に加え、以前から話題に挙がっていた階級制度改正法案。この二つに深く関係していた行政長官が今日朝、緊急記者会見を開いたからだ。


 内容は例の銀行強盗達が自殺を図り、その事実を警察が隠蔽していたというもの。行政府による陰謀説、裏社会ストリートに潜む影の支配者フィクサーの台頭、はたまた電脳空間サイバースペースのA級ハッカーが動いた等と電子ペーパーには書きなぐられ、最早噂が一人歩きしだす始末だ。


 この騒動の引き金を引いた蓮にとっても、被疑者たちが死ぬことになった背景は分かっていない。犯人達が行政長官のスポンサーである相馬英寿、彼を探っていたことは把握している。しかしそれが原因で行政府によって口封じに殺されたのか、それとも彼らのバックについていた自由のラークスパーという組織が実行犯を斬り捨てたのか。


 真実はすでに闇の中に消え去っていた。


 蓮はそんな混乱に満ちた世相とは違い、いつも通り登校する準備をしていた。


 過去を振り返る必要はない。その上進むべき道と手がかりは手の内にある。焦ることはない、確実に目標には近づいている。


 妹の美冬が登校するのを見送り、彼も身支度を整えて玄関を出た。


 そこで蓮は思いがけない人物に会った。


「……桜さん」


 アパートの入口付近で待ち受けていたのは、昨日の騒動に立ち会った桜だった。彼女は蓮と同様に制服を着用し、近くには黒塗りの高級車とボディガードらしき黒服が控えていた。


「おはようございます、蓮君。朝早くから申し訳ありません」


 桜は軽く会釈し、複雑そうな顔つきで蓮に向かう。


 昨夜のやりとりが脳裏をよぎった彼は乾いた声で返事をした。


「どうしたんですか? 昨日の件でしたら、はっきりと断ったつもりなんですが」

「いえ、昨日の非礼を謝罪するために訪ねた次第です。本当に申し訳ありませんでした。客人として招いていながら、不愉快な思いをさせてしまって……」


 深々と頭を下げた桜の姿を見て蓮は目を細めた。


「気にしてはいません。僕は宗助さんの世話になっている身でもありますから。それに北部に居た頃はもっと嫌なことが山ほどありました」


 憚る必要もないと感じた蓮は冷徹な表情のまま、その口火を切った。


「身銭を稼ぐために盗みや運び屋を請け負った事があります。乱暴な輩に因縁を付けられて死ぬ寸前まで暴力を受けたことも、煤煙の混じった合成食品で無理やり空腹を凌いだこともあります。だからあんな扱いを受けるぐらい、どうってことないです」


 都市の北部、第三階級が強いられる生活は過酷としか言いようがない。一度巨大企業メガコーポに顔と名を預ければ、彼らのために働く俸給奴隷と化すのだ。一から十まで管理された人生設計から逃れるには才覚と努力、そして何よりも幸運に恵まれなければならない。


 桜は蓮の言葉をただじっと聞き続けた。伏せた顔からはどんな表情をしているのか分からないが、袖から見える細い指は震えているように思えた。


「昨日おっしゃていたことは本当です。立証できる証拠はこの世にないですが、僕が我が身を取引に使ったのは事実です。左腕と左目、傷一つない子供の四肢や臓器は高値で売れる。世の中には馬鹿げた趣味と探究心を持っているヤツがいるんですよ」

「……ご家族の為に、その決断をしたのですか?」


 桜は消え入りそうな声でそう呟く。ようやく窺い知れた相貌は今にも泣き出しそうだった。


 その顔を見て心が悲鳴を上げるも、蓮は一段と鋭い眼光で睨み返した。


「ええ。僕にとって心の支えは家族だけですから。今も昔も、見返りを求めない存在は父と母、そして妹の三人だけ。それ以外には居ないんですよ」


 気づかぬ内に語気が荒くなっていた。感情がざわつき始め、桜と相対することすら嫌気が差し始める。責め立てているはずなのに自分の心が壊れそうだ。


 動揺を力ずくで抑え込んだ蓮は大きく息を吐く。


「……もういいでしょう。元々あなたとは何もなかった。面識もなく関わることもなく、何もかもが違う人間だった。それに戻るだけですよ」


 制服の下に着こんだパーカーのフードを深く被った蓮は、桜の隣を素通りした。これで良いんだ。これ以上はお互いに不毛な時間を過ごすことになる。


「待ってください!」


 終わりだと断言した矢先、桜がその一言と共に蓮へと近づく。


 何事かと半身を返すと桜はポケットから包みを取り出し、中身を彼に見せた。


 彼女の手に添えられていたのは、紅と黄赤が螺旋を織りなす腕輪ブレスレットだった。


「これは……」


 予想外の品に目を剥いた。


 それは先日妹の為に用意しようと考えていたプレゼントそのものだった。


「沢木さんからお聞きしたいたんです。あなたが妹さんのためにこれを購入しようと苦心していると」


 桜はじっと水晶のように潤んだ瞳を向ける。


「差し出がましい行いとも思いました。……でもどうしてもあなたに謝りたくて。……私のような者から言われても不快かもしれませんが、あなたの力になりたかった……」


 その言葉は衝撃をもって蓮の心に響き渡った。


 ここ数日色々あったが一番虚を突かれた。理由が分からなかった。どうして自分の為にそこまでするのか、彼女が何を想っているのか。考えていたこと、頭の中にあった蟠りが全てどうでも良くなってしまうほど、彼女の行いに胸を打たれた。


 すると蓮の脳裏にある光景が流れる。だがそれは靄が掛かったようにあやふやで仔細がはっきりしない。


 得体の知れない不安が体を襲った。


 その思考から逃げるように頭を振り、蓮は彼女の手を取った。


「困ったな。少し頭にきてたんですけど、何だがどうでも良くなったなあ。ここまでされて仏頂面を続けていたら、妹にも笑われてしまいますよ」


 苦笑しながら蓮は桜から腕輪ブレスレットを受け取った。


「お代は後日払いますね。ええ、少なくとも妹の誕生日までには」


 蓮の申し出に桜は慌てて首を振った。


「そんな、お金なんて……」

「これでも頑張って費用を工面したんです。キチンと正しい方法で得たお金です。だから大事なことに使いたいんです。お願いします」


 今度は逆に蓮が頭を下げその様に桜は目を丸くした。


「……しかし、それでは謝罪にならないのでは……」


 生真面目な桜は何故だか不服の様子で、その口ぶりに蓮は笑みを零す。彼は少し考えてからある提案をした。


「ではこうしましょう。僕が桜さんに何かお願いしたいことがあったら言いますので、その時は僕に協力して下さい」

「え、ええ……そんな事でしたらいつでも」


 桜当人はキョトンとしているが、よく考えるとアウトな発言だったかもしれないと思った。もしかして如何わしいお願いをしても彼女なら了承するのではないだろうか。


 途端脳裏にノイズが走った。


『言っておくが、エッチな要求をしたらお主の電脳マトリックスをぶっ壊すからな!』


 知らぬ間に着いてきていたセツナが大声で騒ぎ立てた始めた。


 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた蓮は『ギャッ!?』と悲鳴あげた。


 それを見た桜はさらに困惑し、対して蓮は蹲って頭を抱える。


 朝の慌ただしい時間はそうこうしている内に流れ去り、二人は急いで学校へと向かう運びとなった。

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