12. 人型機械
警察の事情聴取を終えた蓮は日が落ちる前には家路についていた。先ほどの首尾を確認する余裕が欲しかったが、電話役を引き受けたセツナが帰宅するようせっつくため、寄り道せず帰った。
自室に戻ってからルートキットの具合を見たが、沢木のPDAを警察の電脳に侵入するための踏み台とすることが無事出来たようだ。これで防壁に突貫するような危ない橋を渡らず家主――つまり警察側のセキュリティに隠れて侵入できるようになった。nexus06から受け取ったプログラム類を使用すれば安全に警察のデータベースを歩き回れるだろう。
椅子に腰かけた蓮は自らの手腕に満足感を得ていた。沢木のあの様子ならば、開けなかったファイルが悪性プログラム(マルウェア)だと気づくことはまず無い。小道具のつもりで用意していたデータチップを馬鹿正直に使おうとした時は度肝を抜かれたが、それだけサイバー技術に疎いとすれば一連の行いが露見することはないだろうと考える。
「お前も思いの外、名演技だったな。助かったよ」
『じゃろう? やるときは儂もやるんじゃよ。思い知ったか?』
ARに浮かび上がったセツナは自分の手柄を自負するように大きく胸を張る。
するとそこで家のチャイムがピンポーンと鳴った。
『おお! 来たみたいじゃ!』
途端にセツナの顔が綻んだ。
何事かと思って蓮が玄関のドアを開くと、大きな段ボール箱が視界に飛び込んできた。
「……何なんだこれは? お前の仕業か?」
家の中に運び入れた荷物は重い上にデカかった。配達員が数人がかりで家の中に運び入れた程で、巨大企業の一角たる東洋コンピュータテクノロジーのロゴが見える。
『早く開けてくれ! それと電源も頼むぞ』
何が何だか分からない蓮だが得体の知れない物体の正体を確認するため、丁寧に施された梱包を取り除く。どうやら相当に高額かもしくは精密な物のようだが。
「――は!?」
商品を包んだスポンジを取るとそこにセツナの顔が見えた。一瞬自分でも何が起こったのか理解できなかったが、作業を進めるとそれが彼女の顔をした人型機械であることが分かった。おまけに何故かフリフリのメイド服を着用している。
「何なんだよこれ!? 人型機械!? おまけに顔の造詣までオーダーメイド……何で、どうやって買ったんだ!?」
『え? 普通にアマゾネス(Amazones)で買ったけど』
「金はどうした!?」
『自分で払ったぞ。儂お金はいっぱい持ってるから』
「どうしてこんなモノを買ったんだ!?」
『お主が儂の魅力が分からんと言ったからだ、このたわけ! 肉体があればギャフンと言わせられるじゃろ! ほーら!』
電源の入った人型機械が動きだし、蓮へとピースを掲げた。
馬鹿かよコイツ、と蓮は思った。
『これで背中でも流してやれば、少しは儂の有り難味が分かるだろうに』
「いやいやいや、むしろ俺の中でお前がどれだけアホなのか更新されただけだ。それに何でメイド服なんか着てるんだよ」
これでもかと言う程に嫌な目線を人型機械に向ける。
すると件のボディ――セツナは立ち上がり、手足の動作を確認し始めた。各部のセクションに異常がないことを確かめると、曇りのない笑顔で蓮の方を向く。
「だってメイド服って可愛いじゃないか! 一度着てみたかったんじゃ!」
その場で楽しそうにクルクルと回る姿に盛大な溜息をもらす。こんな大荷物どこに隠せばいいんだろうか、万が一妹にこれがバレたら――
すると玄関の方から『ただいま』という美冬の声が聞こえてきた。
「ヤバい! セツナ早く俺の部屋に隠れろ!」
「はあ? 何でじゃ?」
「分かるだろ!? お前の姿を見られたら、妹に変態扱いされる!」
メイド服を着た人型機械を見れば、如何わしいことに使うと疑われるに違いない。
焦った蓮は、不満たらたらのセツナを部屋に無理やり押し込んだ。
「――兄貴、何やってんの?」
丁度入れ違いになるタイミングで妹が背後に現れた。
「あ、ああ……ドアの立て付けが悪くなってて、直してたんだ」
「ふーん、何かを隠そうとしてたみたいだけど……」
感の良い美冬は鋭い目つきで蓮を見据える。顔には不信感が如実に表れていた。
冷汗が吹き出るのを感じつつ遮るようにドアの前に立つ。
すると美冬は何かを悟ったのか、フッと硬い表情を崩す。
「……別に値が張ったもの用意する必要はないからね」
何を言いたいのか分からなかったがすぐに誕生日プレゼントのことだと思い至った。
美冬はプレゼントの類を隠したと思ったらしく、心なしか気まずそうな顔つきになった。
「ま、私ぐらいしか身近に美少女が居ないから仕方ないか。兄貴に彼女でも居ればねえ……おまけに度し難いシスコンだから」
「……余計なお世話だ」
上手く勘違いしてくれた妹に蓮は苦笑する。
対して彼女は肩を竦め、蓮に向かってこんなことを言った。
「そのシスコンの兄貴の前に私より好きな女の子が現れたら、ちゃんと大切にしなさいよね。私のように大事に大事に、それはもう優しく……お姫様のように扱うこと」
美冬は珍しく仏頂面な顔に笑顔を浮かべた。
「出来たらね。うん、もしそんなことが起きれば、言われずともそうするわ。……うん、そんな奇跡が起きたらね……」
「そうねえ、私は生きてる間にお義姉ちゃんの顔を拝めるのかしら」
微笑むような顔から意地悪そうな表情へと変わった美冬は、いつものように雑な足取りで自室へと戻った。彼女は部屋に籠ればしばらくは出てこない上、蓮に入室禁止と厳命している。ノック一つも注意しなければへそを曲げてしまう程だ。しばらくは大丈夫だろう。
自室の前に残された蓮はしばし考えた。
「妹より、家族よりも大事な人か……」
そんな人間、自分の前に現れるのだろうか。何せ今は家族――ひいては自分のために大きな罪を犯そうとしているのだ。
しばらく思索に耽るが、自分のやるべきことを思い出した彼はかぶりを振った。