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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妹は兄の堕落を望む

作者: 空乃智春

※兄妹もので、近親相姦なところがあります。苦手な人はご注意ください。

※血等の表現があります。

※ダーク系です。

「愛していますわ、お兄様」

「……僕もだよ、美鶴」

 花の香りがする美鶴に、そっと口づけを落とす。

 彼女にこの早い鼓動がばれないよう、平静を装って。


 美鶴はすっと通った鼻筋に、烏の羽根のような艶やかな黒髪。

 白く透き通る肌に、ほっそりとした指先。

 黒目がちな目は吸い込まれるようで、鈴のような声は鼓膜ごと人の心を揺さぶる。

 誰もが彼女を愛さずにはいられなかった。


 美鶴を独り占めしようとする者が後を絶たなかった。

 お金持ちのお嬢様も、真面目な働き盛りの男性も。通りすがりのただの子供だって、彼女を手に入れたいと思った。

 それはまるで、呪いのように。


 美鶴を縛り付けておきたいと思うのは、両親も一緒だった。

 綺麗な着物で飾り付けて、誰にも触れられないよう部屋の中に。


 小さな窓から外を見てすごす年の離れた小さな妹に、僕は同情していた。

 これは美鶴を守るための檻で、外に出してはあげられなかった。


 だからせめて、檻の中でも寂しくないように、僕は美鶴に外の話しを聞かせた。

 外からのお土産もいっぱい持ち込んだ。

 髪飾りに花、美鶴が一番よろこんだのは瓶詰めの蝶だった。


 いっぱい蝶を捕って、それを大きな瓶に詰め、部屋の中で放つのだ。

 天井に一つだけある窓を見つけ、そこから蝶が逃げていく。

 その姿を美鶴は楽しそうに見つめていた。


 外へ出られない美鶴へ、せめて外を見せてあげたかった。

 けれどそれは美鶴にとって……苦しいものでしかなかったのかもしれない。

 結局は……僕のエゴだ。



●●●●●●●●●●●●


「学校、一度来てみたかったの。この袴、似合っているかしらお兄様」

「あぁ、よく似合っているよ」


 女学生らしく、袴に身を包んだ美鶴。

 学校の教師をしている僕から話しを聞き、いつか自分も学校に通いたいと美鶴は望んでいた。


 楽しそうに笑いながら、美鶴は階段を上がっていく。

 月明かりが廊下に差し込み、歩くたびにぎしぎしと音を立てる。


 夜の学校は誰もいない。

 そもそも、この学校は今休校中だ。

 学校内で女生徒達が襲われ、惨殺される事件が連続で起こっていた。

 そんな狂気的な事件が起こっている場所に、わざわざ来たがる者なんていない。

 

 校舎の屋上へ、足を進める。

 本来入れる場所ではないが、美鶴のために鍵は前々から準備していた。


「月が綺麗ね、お兄様」

「そうだね」


 たわいのない会話。

 美鶴はおてんばにも、建物の縁部分を歩いてみせる。

 ほんの少しバランスを崩せば、地面に叩きつけられてしまうというのに。


「危ないよ、美鶴」

「平気よおに……」

 華奢な美鶴の背中を突き飛ばす。

 ふわりと長い黒髪が舞って、美鶴の姿がその場から消えた。


 鈍い音がして、少し覗き込むように地面を見る。

 落ちるときに一回転したんだろう、美鶴がこっちを見ていた。

 手足が妙な方向に曲がったまま、動こうとしない。

 

「だから、危ないよって言ったのに」

 誰に言うでもなく呟く。

 それから一階へおりて、美鶴の体へと近づいた。


 さすがは僕の妹というべきか、壮絶な顔もやはり綺麗だ。

 心の臓の上へと手を置けば、鼓動は聞こえない。


「ごめんね、美鶴」

 念には念をいれて、用意していた刃物を美鶴の胸へと突き刺す。

 引き抜こうとしたそのとき、手首を掴まれた。


「謝らないで、お兄様。だって、私達ずっと一緒でしょう?」

 くすくすと美鶴が笑って、上半身を起こす。

 あらぬ方向へ曲がった手を正しい方向へ自分で治し、赤い血を僕の頬へと擦りつける。

 まるで――僕が自分のものであると、印を付けるように。


「……この化け物が」

「その化け物を作り出したのは、お兄様でしょう?」

 美鶴・・の顔で笑うのは、美鶴・・でない何かだ。

 可憐な表情で、楽しそうに……それは楽しそうに笑う。



 ある日、美鶴は殺された。

 決まった者しか入れないはずの部屋の中で、殺されていた。

 それはそれは、幸せそうな顔をして、首を絞められ殺されていた。


『ねぇ、お兄様。美鶴を蝶にして?』

 それが美鶴の口癖だった。

 僕が部屋を去る帰り際、いつもそう口にしていた。


 死んだ人は蝶になる。

 蝶になって、空へと旅立つ。

 そしてまた生まれ変わる。


 美鶴がお気に入りの小説に、そんな言葉があった。

 僕があげた、一冊の小説。

 何度も何度も、美鶴はそれを読み返していた。


『白い蝶になって、生まれ変われたのなら。今度は恋人になって、お兄様の元へ戻ってくるわ』

 自分の白い首を差し出して、美鶴は見たことのない艶っぽい顔で微笑んだ。


『お願い、お兄様』

 かわいい妹からのお願いを。

 僕は――聞いてしまったのだ。



 すぐに僕は、美鶴を殺したことを後悔した。

 もう美鶴は笑うこともなければ、僕と会話することもできない。

 泣き崩れて、そのまま死のうと思った。


 けれどそのとき風もないのに、美鶴の読んでいた本のページがめくれた。

 そこには一枚の紙が挟まれていた。


 広げればそこには、蘇生の方法が書かれていた――繊細な美鶴の文字で。

 胡散臭いと、平時の僕なら笑っただろう。

 けれど、藁にもすがる気持ちだったのだ。


 紙に書かれていた儀式を行って。

 そうして美鶴は――息を吹き返した。



「お前は、美鶴じゃない。美鶴の姿をした化け物だ」

「嫌ですわお兄様。お兄様が望んだ、可愛い妹で、恋人の美鶴ではありませんの」

 くすくすと口元を隠して、美鶴の顔をした化け物が笑う。

 不敵なその表情は、美鶴がしなかったものだ。


 僕の美鶴は、いつだって儚げで。

 静かに自分の運命を受け入れていた。


 外へ出られないのは仕方ないこと。

 僕達家族の愛情をちゃんと理解して、いつだって僕達に感謝して。

 微笑みを絶やさずに、檻の中ですごしていた。


「可愛い可愛い美鶴を、どうか僕の手に返してください。それが叶うなら、何だってします。この命も何もかも全て差し出します!」

 化け物が立ち上がり、僕の口調を真似してにぃっと笑う。

 自分の胸から刃物を引き抜き、立ち上がった僕の胸に刃先を突きつけた。


「たくさんの女の子の命と引き替えに、可愛い妹の美鶴はここに帰ってきたでしょう? これ以上ないくらいに、理想的な形で」

 ひたひたと、刃物で美鶴が僕の頬を叩く。


 これは美鶴じゃない。

 化け物だ。

 

 死んで後、僕は蝶になることなくこいつに魂を食われる。

 生まれ変わることも無く、ただ食われて消えるのだ。

 化け物に宣告されたわけではないけれど、そんな確信があった。


 僕の知っている美鶴には――もう二度と会えない。

 それでいて僕も――美鶴に会わす顔がない。


「美鶴はお兄様以外、興味ありません。この体も魂も髪の毛の一本さえも……お兄様だけのものですわ」

「僕はそんなの……望んでない。僕だけは、美鶴をそんな目で見たりしていない」

 しなだれかかってきた化け物の肩を掴んで、引きはがす。


 美鶴を縛り付けたいなんて、願ってなかった。

 僕は……他の奴らとは違う。

 だから、美鶴を……その呪われた体から、解放してあげなくちゃいけないと思った。


「認めてくださいな、お兄様。美鶴を自分のものにしたかったって。他の人と同じなのが嫌だから、お兄様は自分の気持ちに素直になれないだけなのです」

「違う、そんなんじゃない!」


 結局は美鶴を生きかえらせようと、化け物の策にはまってしまったけれど。

 僕は、それをこんなにも後悔していた。


「こうやって私が生まれてきたことが、お兄様の欲の証でしょう?」

 ぐいっと美鶴が僕の服を掴み、下へと引く。

 唇を強引に奪われた。


「キスだって、もう何度もしたくせに」

「それは……美鶴が望むなら何だってしてあげたいと……思っていただけで……」


 請われたからしただけだ。

 この化け物が美鶴だと……最初は信じていたから。


 いなくなった、僕が殺してしまったかわいい妹。

 もう一度、僕の前に現れてくれるなら。

 その望みを、何だって叶えてあげたかった。


「それでいいんですよ、お兄様。それが美鶴の望みですから。お兄様が美鶴だけを見て、美鶴のために墜ちてくれること――それが願いでしたもの。蘇生の方法が書かれたあの紙、美鶴の文字だったでしょう?」

 種あかしですと、化け物が笑う。

 

「お兄様の心が、美鶴以外に行きませんように」

 切なげに微笑んで、僕を見るその目。

 一瞬、本物の美鶴のようだった。


「あれは美鶴の契約書でもあったんですよ、お兄様。これは美鶴が望んだ未来です」

 優しく化け物が囁く。

 その言葉は、まるで甘い水のように僕の心へとしみこんでいく。


「嬉しかったですよ、お兄様。美鶴のために墜ちてきてくれて」

 血で濡れた刃物に、愛おしむように化け物が口づけをする。


「優しい優しいお兄様。品行方正で、誰からも愛されて。可哀想な妹のために、自分の時間を割いてくれた。そんなお兄様が、私のために人まで殺してくれたのですから」


 うっとりと幸せそうに、化け物は頬を染める。

 その顔は確かに美鶴で――もしかして、と思ってしまうのだ。


 僕の美鶴は、本当に大人しくてよい子だったけれど――それは本来の美鶴なのだろうか。

 本当の美鶴は、心の中にこのような化け物を飼っていて。

 それをひた隠しにしていたのではないだろうか。


 僕が、自分の欲を押し殺して――美鶴の前で綺麗な僕を装っていたように。



「お前のためじゃない」

「美鶴のためですよね、お兄様」

 何度も繰り返されたやり取りをしながら、口づけを交わす。


 この化け物が美鶴でも、そうでなくても。

 恐れたりはしない。


 一番醜くて、恐ろしい化け物は僕自身だと――自分でよく知っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな妹が欲しかったね すごく楽しめました
[一言] とても素敵なお話だったのでレビューを書かせてもらいました。
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