妹は兄の堕落を望む
※兄妹もので、近親相姦なところがあります。苦手な人はご注意ください。
※血等の表現があります。
※ダーク系です。
「愛していますわ、お兄様」
「……僕もだよ、美鶴」
花の香りがする美鶴に、そっと口づけを落とす。
彼女にこの早い鼓動がばれないよう、平静を装って。
美鶴はすっと通った鼻筋に、烏の羽根のような艶やかな黒髪。
白く透き通る肌に、ほっそりとした指先。
黒目がちな目は吸い込まれるようで、鈴のような声は鼓膜ごと人の心を揺さぶる。
誰もが彼女を愛さずにはいられなかった。
美鶴を独り占めしようとする者が後を絶たなかった。
お金持ちのお嬢様も、真面目な働き盛りの男性も。通りすがりのただの子供だって、彼女を手に入れたいと思った。
それはまるで、呪いのように。
美鶴を縛り付けておきたいと思うのは、両親も一緒だった。
綺麗な着物で飾り付けて、誰にも触れられないよう部屋の中に。
小さな窓から外を見てすごす年の離れた小さな妹に、僕は同情していた。
これは美鶴を守るための檻で、外に出してはあげられなかった。
だからせめて、檻の中でも寂しくないように、僕は美鶴に外の話しを聞かせた。
外からのお土産もいっぱい持ち込んだ。
髪飾りに花、美鶴が一番よろこんだのは瓶詰めの蝶だった。
いっぱい蝶を捕って、それを大きな瓶に詰め、部屋の中で放つのだ。
天井に一つだけある窓を見つけ、そこから蝶が逃げていく。
その姿を美鶴は楽しそうに見つめていた。
外へ出られない美鶴へ、せめて外を見せてあげたかった。
けれどそれは美鶴にとって……苦しいものでしかなかったのかもしれない。
結局は……僕のエゴだ。
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「学校、一度来てみたかったの。この袴、似合っているかしらお兄様」
「あぁ、よく似合っているよ」
女学生らしく、袴に身を包んだ美鶴。
学校の教師をしている僕から話しを聞き、いつか自分も学校に通いたいと美鶴は望んでいた。
楽しそうに笑いながら、美鶴は階段を上がっていく。
月明かりが廊下に差し込み、歩くたびにぎしぎしと音を立てる。
夜の学校は誰もいない。
そもそも、この学校は今休校中だ。
学校内で女生徒達が襲われ、惨殺される事件が連続で起こっていた。
そんな狂気的な事件が起こっている場所に、わざわざ来たがる者なんていない。
校舎の屋上へ、足を進める。
本来入れる場所ではないが、美鶴のために鍵は前々から準備していた。
「月が綺麗ね、お兄様」
「そうだね」
たわいのない会話。
美鶴はおてんばにも、建物の縁部分を歩いてみせる。
ほんの少しバランスを崩せば、地面に叩きつけられてしまうというのに。
「危ないよ、美鶴」
「平気よおに……」
華奢な美鶴の背中を突き飛ばす。
ふわりと長い黒髪が舞って、美鶴の姿がその場から消えた。
鈍い音がして、少し覗き込むように地面を見る。
落ちるときに一回転したんだろう、美鶴がこっちを見ていた。
手足が妙な方向に曲がったまま、動こうとしない。
「だから、危ないよって言ったのに」
誰に言うでもなく呟く。
それから一階へおりて、美鶴の体へと近づいた。
さすがは僕の妹というべきか、壮絶な顔もやはり綺麗だ。
心の臓の上へと手を置けば、鼓動は聞こえない。
「ごめんね、美鶴」
念には念をいれて、用意していた刃物を美鶴の胸へと突き刺す。
引き抜こうとしたそのとき、手首を掴まれた。
「謝らないで、お兄様。だって、私達ずっと一緒でしょう?」
くすくすと美鶴が笑って、上半身を起こす。
あらぬ方向へ曲がった手を正しい方向へ自分で治し、赤い血を僕の頬へと擦りつける。
まるで――僕が自分のものであると、印を付けるように。
「……この化け物が」
「その化け物を作り出したのは、お兄様でしょう?」
美鶴の顔で笑うのは、美鶴でない何かだ。
可憐な表情で、楽しそうに……それは楽しそうに笑う。
ある日、美鶴は殺された。
決まった者しか入れないはずの部屋の中で、殺されていた。
それはそれは、幸せそうな顔をして、首を絞められ殺されていた。
『ねぇ、お兄様。美鶴を蝶にして?』
それが美鶴の口癖だった。
僕が部屋を去る帰り際、いつもそう口にしていた。
死んだ人は蝶になる。
蝶になって、空へと旅立つ。
そしてまた生まれ変わる。
美鶴がお気に入りの小説に、そんな言葉があった。
僕があげた、一冊の小説。
何度も何度も、美鶴はそれを読み返していた。
『白い蝶になって、生まれ変われたのなら。今度は恋人になって、お兄様の元へ戻ってくるわ』
自分の白い首を差し出して、美鶴は見たことのない艶っぽい顔で微笑んだ。
『お願い、お兄様』
かわいい妹からのお願いを。
僕は――聞いてしまったのだ。
すぐに僕は、美鶴を殺したことを後悔した。
もう美鶴は笑うこともなければ、僕と会話することもできない。
泣き崩れて、そのまま死のうと思った。
けれどそのとき風もないのに、美鶴の読んでいた本のページがめくれた。
そこには一枚の紙が挟まれていた。
広げればそこには、蘇生の方法が書かれていた――繊細な美鶴の文字で。
胡散臭いと、平時の僕なら笑っただろう。
けれど、藁にもすがる気持ちだったのだ。
紙に書かれていた儀式を行って。
そうして美鶴は――息を吹き返した。
「お前は、美鶴じゃない。美鶴の姿をした化け物だ」
「嫌ですわお兄様。お兄様が望んだ、可愛い妹で、恋人の美鶴ではありませんの」
くすくすと口元を隠して、美鶴の顔をした化け物が笑う。
不敵なその表情は、美鶴がしなかったものだ。
僕の美鶴は、いつだって儚げで。
静かに自分の運命を受け入れていた。
外へ出られないのは仕方ないこと。
僕達家族の愛情をちゃんと理解して、いつだって僕達に感謝して。
微笑みを絶やさずに、檻の中ですごしていた。
「可愛い可愛い美鶴を、どうか僕の手に返してください。それが叶うなら、何だってします。この命も何もかも全て差し出します!」
化け物が立ち上がり、僕の口調を真似してにぃっと笑う。
自分の胸から刃物を引き抜き、立ち上がった僕の胸に刃先を突きつけた。
「たくさんの女の子の命と引き替えに、可愛い妹の美鶴はここに帰ってきたでしょう? これ以上ないくらいに、理想的な形で」
ひたひたと、刃物で美鶴が僕の頬を叩く。
これは美鶴じゃない。
化け物だ。
死んで後、僕は蝶になることなくこいつに魂を食われる。
生まれ変わることも無く、ただ食われて消えるのだ。
化け物に宣告されたわけではないけれど、そんな確信があった。
僕の知っている美鶴には――もう二度と会えない。
それでいて僕も――美鶴に会わす顔がない。
「美鶴はお兄様以外、興味ありません。この体も魂も髪の毛の一本さえも……お兄様だけのものですわ」
「僕はそんなの……望んでない。僕だけは、美鶴をそんな目で見たりしていない」
しなだれかかってきた化け物の肩を掴んで、引きはがす。
美鶴を縛り付けたいなんて、願ってなかった。
僕は……他の奴らとは違う。
だから、美鶴を……その呪われた体から、解放してあげなくちゃいけないと思った。
「認めてくださいな、お兄様。美鶴を自分のものにしたかったって。他の人と同じなのが嫌だから、お兄様は自分の気持ちに素直になれないだけなのです」
「違う、そんなんじゃない!」
結局は美鶴を生きかえらせようと、化け物の策にはまってしまったけれど。
僕は、それをこんなにも後悔していた。
「こうやって私が生まれてきたことが、お兄様の欲の証でしょう?」
ぐいっと美鶴が僕の服を掴み、下へと引く。
唇を強引に奪われた。
「キスだって、もう何度もしたくせに」
「それは……美鶴が望むなら何だってしてあげたいと……思っていただけで……」
請われたからしただけだ。
この化け物が美鶴だと……最初は信じていたから。
いなくなった、僕が殺してしまったかわいい妹。
もう一度、僕の前に現れてくれるなら。
その望みを、何だって叶えてあげたかった。
「それでいいんですよ、お兄様。それが美鶴の望みですから。お兄様が美鶴だけを見て、美鶴のために墜ちてくれること――それが願いでしたもの。蘇生の方法が書かれたあの紙、美鶴の文字だったでしょう?」
種あかしですと、化け物が笑う。
「お兄様の心が、美鶴以外に行きませんように」
切なげに微笑んで、僕を見るその目。
一瞬、本物の美鶴のようだった。
「あれは美鶴の契約書でもあったんですよ、お兄様。これは美鶴が望んだ未来です」
優しく化け物が囁く。
その言葉は、まるで甘い水のように僕の心へとしみこんでいく。
「嬉しかったですよ、お兄様。美鶴のために墜ちてきてくれて」
血で濡れた刃物に、愛おしむように化け物が口づけをする。
「優しい優しいお兄様。品行方正で、誰からも愛されて。可哀想な妹のために、自分の時間を割いてくれた。そんなお兄様が、私のために人まで殺してくれたのですから」
うっとりと幸せそうに、化け物は頬を染める。
その顔は確かに美鶴で――もしかして、と思ってしまうのだ。
僕の美鶴は、本当に大人しくてよい子だったけれど――それは本来の美鶴なのだろうか。
本当の美鶴は、心の中にこのような化け物を飼っていて。
それをひた隠しにしていたのではないだろうか。
僕が、自分の欲を押し殺して――美鶴の前で綺麗な僕を装っていたように。
「お前のためじゃない」
「美鶴のためですよね、お兄様」
何度も繰り返されたやり取りをしながら、口づけを交わす。
この化け物が美鶴でも、そうでなくても。
恐れたりはしない。
一番醜くて、恐ろしい化け物は僕自身だと――自分でよく知っていた。