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親交を結ぶ2



「ねぇ、ディーネちゃんって呼んでいいかしら?」

「はい」


 いまだに子犬みたいにひたすらなでなでされ続けているディーネが、くすぐったそうにはにかんだ。


ちゃん(・・・)って呼んでもらうの、はじめてです。なんだかくすぐったいですね」


 照れ隠しに笑っているディーネをリズベットがぽかんと見つめること、およそ一秒。



「ひゃっ……!?」



 いきなりさらうような勢いで抱き寄せられて驚いたディーネの悲鳴を気にせず、くるんっと伯爵を振り返ったリズベットは、


「ねぇイグニス様。やっぱりうちに、こんな抱きしめずにいられないくらいかわいい女の子がほしいわ!」


 唐突に暴走をはじめた。


「うん? 私の息子たちも抱きしめずにはいられないくらいかわいいと思うけどね」

「かわいくても男の子なんですもの。女の子と男の子じゃ一緒にお洒落したりお喋りしたり楽しみが全然違うんですよっ!!」


 のんびりと構えていた伯爵は愛妻にびしっ!と指を突き立てて力説され、苦笑いを浮かべる。


「神様にお願いしたらそのうちコウノトリが運んできてくれるんじゃないかな?」

「それまで待てないから、このままこの子うちに連れて帰りたいわ。いいでしょう?」



「……はぁ……っ!?」

「へ? ……ええぇぇ……?」


 いいわけあるかぁぁっ!!という文句が、喉につっかえて口に上らないほどの驚愕だった。抱きしめられているディーネも困惑して変な声が出ている。


「うー……ん、さすがにそれは私が単独で判断できる範疇を越えるねぇ」


 伯爵はのんびりと首を掻きつつ苦笑いを浮かべるだけで、リズベットは困惑しているディーネの頭に頬ずりしている。


(笑ってないで妻の手綱くらいちゃんと握っとけ!!)


 2児の母になっても相変わらずの猪突猛進、走り出したら止まらない暴走娘っぷりに思わず伯爵に暴言を吐いてしまいそうになるのを必死に堪える。


「か……かわいくなんか、ないですよ……っ?」

「照れるところがまたかわいいわ」

「だ、だってほら、傷だってありますしっ……」

「そんなの全然気にしちゃだめだったら♪」


 ディーネは包帯がずれそうになるのを押さえて狼狽えるが、完全に暴走中のリズベットは息子ごとディーネを抱きしめる腕にさらに力を込める一方だった。


「私の妻を野良犬を拾うみたいに連れて帰ろうとしないでいただけますか」


 なんとか冷静さを保ちつつ、ディーネの腕を掴んで引き留める。

 だがしかし。


「あぁそうよね。ロランおじさま、この子を私に――」

「だからなんでそこで公爵に話を振るんだ! 妻の保護権は親より夫が優先だろう!!」


 ついに礼儀なんぞかなぐり捨てて叫んだ。


「………うん」


 無礼な物言いを咎められても元はリズベットの暴走のせいなのだから、抗議してやるつもりだったが、伯爵は笑いを堪えているのか口元を押さえて私とディーネを交互に見るだけで特に咎めはしなかった。


「リズ、しばらくは私の息子たちで我慢してくれないかな。アレス君が困っているし、エルヴィンもリヒトもやきもちを妬くよ?」


 水を向けられると、リズベットの鋭い視線が刺さった。


「こんな無垢な子をアレス様に任せておくのが心配だから連れて帰りたいに決まってるじゃないですか!」

「…………っ!!!」


 リズベットがぴしゃりと言い切る。

 あまりの暴言に切り返す言葉が出てこなかったら、公爵が声を上げて笑いだした。


「あはははは! イグニス、やっぱり君のご夫人はなかなかいいなぁ。ちょっとマリーを思い出すよ」


 公爵は腹を抱えて笑いながら伯爵の肩を組んだ。

 今ので思い出すということは、公爵夫人はいったいどんな人だったのかと若干気にかかったが、今はひとまずそれを脇におしやる。


「そうだろう? でも手は出さないでくれよ」

「私は生涯マリーとディーネ一筋と決めているんだよ」


 仲良く笑うあう大人達にあのイノシシみたいな性格のどこがいいんだと言ってやりたいのを内心で呟くに止める。


「……リズベット君。悪いけれど、私は今のところアレス君に託そうと思うよ」


 笑いをおさめた公爵が穏やかに視線を注いだ先。


「残念ながら、ディーネがそれを望んでいるようだから」


 不安げな表情のディーネが、私の手を縋るように必死に握っていた。


「たとえ端から見てどれほど不幸に見えても、幸せかどうかは本人でないとわからないものだからね」


 想いを馳せるように空を仰いで目を細めた公爵が、再度ディーネにあたたかな視線を戻した。


「だからディーネ。おまえが一番幸せだと思える場所にいればいい」

「………お父様………」


 公爵はふんわりと笑っているけれども、その寂しそうな笑みは心臓を掴まれたような切なさを覚えた。ディーネが潤んだ瞳で父親を見上げて歩み寄ろうとすると、リズベットはそっと手を放す。


「ディーネが幸せでいてくれることが、なにより私の幸せだからね」

「………はい………」


 宝物を抱くように大事そうにディーネの頭と背中に腕を回して抱きしめ、髪を撫でる公爵の言葉に、ディーネは濡れた声で答えた。




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