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形勢逆転2

「うふふ、アレス様ったらかわいいですね」


 殺しきれない笑みが溢れだすのを必死に堪え、開いてしまった距離を詰めて座り直してアレス様の肩に手をおいた。

 アレス様がほっと息をついて、肩の力を抜いた――のも、束の間。

 ふぅ…っと耳に息を吹き入れると、それはもう活きの好い魚のようにびちっと仰け反った。


「…………な……なっ!」

「えへ、特に耳は弱点だと教えてもらいました♪」


 声にならないほど狼狽するアレス様ったらもう耳まで真っ赤で、想像以上の反応にるんるんと歌うように説明する。


「……………………」


 アレス様はしばし不機嫌に私を睨みつけていたけれど、3秒もすると毒気を抜かれたように溜息をついた。


「……絶対に、人前ではするなよ」


 ぷいとそっぽを向いたアレス様の横顔は、まだ頬が少し赤くてとってもかわいい。それがあんまりかわいいから、面白半分にじりじりと顔を寄せてふぅっとする隙を伺う。


「ひゃうっ……!」


 と、唐突に振り返ったアレス様に頭を押さえられ、吸血鬼のごとく首筋をかぷりとかじられた。


「………ひゃ、や……やだ、アレス様……ここ、大広間ですっ……」

「わかっている」


 アレス様は器用に耳を舐め上げながら、ドレスの釦に手をかけてひとつを外す。

 仕返しにしたって悪ふざけにしたって、いくらなんでもこれは質が悪い。今から使用人達が会場の片づけにくるはずだ。こんなところを見られたらと思うと気が焦る。


「………や、です………っ」


 精一杯の力で押し戻そうとしてみるが、羞恥のあまり身が震えて力が入らず弱々しい抵抗にしかならない。アレス様の目には私が嫌がるのを楽しむ意地悪な光が見て取れる。

 羞恥心で精一杯理性をつなぎ止め、くくっと喉の奥で笑うアレス様が次々と釦を外していくのを――幸い本日のドレスは喉元からスカートの切り返しまでに15個も釦がついているデザインなので時間がかかる――睨みつけるが、全く効果がないようだった。


「い…っやです……っ……!」


 必死に訴えるが、アレス様はそれを面白がっている。


「ここのお片づけできないと執事さんやメイドさんがいつまでたっても休めないじゃないですか……!」

「特別手当でもつける」


 言い訳を重ねてみるが、アレス様の手は一向に止まる気配を見せない。唇の縁を舌先でなぞられて、体は勝手に熱くほてり、息があがってくる。

 このままでは、いけない――。


 ……こうなれば、最終手段。


 口づけがもたらす心地よさに押し流されそうな理性を必死に捕まえて、腕にぐっと力を込めた。


「…………えぇいっ☆」

「っ!」


 かけ声とともにこしょっと耳をくすぐると、アレス様は身をよじって悶えた。


「アレス様を諫めたい時もこうするといいってリズお姉様が!!」


 その隙に身を引いて逃げ出し声高に言い放つと、アレス様はこれ以上ないくらいに肩を怒らせる。


「もっ……もう二度と会うな!!」


 わなわなと拳をふるわせたアレス様の怒号が、今日はまったく怖くない。


「嫌です! はじめての友人なんです!!」

「絶っ対! 遊ばれてるだけだろうが!!」

「頭ごなしに決めつけないでください!!」


 生まれて初めてかもしれないというほど胸がムカムカして、我慢ならずについ、リズお姉様に「これは伝家の宝刀。無闇に使っちゃダメよ」と教えられた言葉を――怒りに赤く染まった頬をぷうっと膨らませ、肩をつり上げて――炸裂させた。


「友人に会ったらだめなんて言うなら、実家に帰らせていただきますからねっ!!」

「…………なっ!か!!」


 アレス様は舌を噛みそうになりながら一度仰け反ったかと思うと、今度は逆にがくりと肩を落としてソファに撃沈した。

 先日お父様に帰省させたいって仰っていたのに本当はそんなに嫌なのかしらと疑問に思いながら、アレス様が固まってくれたことにほっと胸をなで下ろす。

 ともかくリズお姉様に感謝――と思った時だった。


「………………そうか、わかった」


 しばし頭を抱えていたアレス様が、鋭い目をしてゆらりと顔を上げた。


「それも、リズベットの入知恵だな?」


 思わず、きょとんとしてしまった。


「………あら? なんでばれたんです?」


 目を丸くしている私に、アレス様はもはや怒る気力すら削がれて深々と溜息をついた。

 と、そこへ今度はこれみよがしの大きな足音が聞こえてきて、慌てて着衣を整えようとする。焦って手がもつれ、うまく釦が止められない……っ!とひとりわたわたと焦っていると、唐突にアレス様に抱き上げられた。


「――――……っ!?」


 肩を思い切り胸に押し当てるように強く抱き上げられたため、着衣の乱れは隠せているけれども、苦しいです~っ!


「アレス様、ディーネ様。片づけに取りかかってもよろしいでしょうか?」


 開け放たれている扉を一応ノックしてから、執事は状況にはなにも言わずに声をかけてきた。


「あぁ、頼む。ディーネは気分が優れないらしいので、私たちは部屋に戻る」

「そうですか……医者を手配しますか?」

「いいや、きっと疲れが出ただけだろう。休めばよくなる」

「ではごゆるりとおやすみください。今夜はお客様もお疲れのご様子で、私たちの呼び出しもあまりありませんので」


 アレス様は適当な言い訳をしながらさっさと歩きはじめ、淡々と応じた執事の応対に私はそっと胸をなで下ろした。



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