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帰り際に


「お父様……本当に、もう戻られるのですか……?」

「すまないね。もっとディーネのそばにいたいのはやまやまだけれど、仕事が山積みになっているだろうからね。元気な姿を一目見て安心したから今日のところは帰るよ。なに、またすぐに会いにくるから」


 用意された2台の馬車の前で、グラ公爵とディーネはぎゅうっと別れを惜しむ抱擁ハグを交わした。

 余談になるが、公爵はディーネの庭のお気に入りスポットをすべて当て、先ほど本当に頬に褒美のキスをもらって大変ご機嫌麗しい。


「ほら、イグニス達の見送りをしておいで」


 ぽんっと後方で見送りをしているランドハイア伯爵に向かって背中を押され、ディーネは後ろ髪を引かれる思いで歩き出した。


「アレス君」

「はい」


 ふたりきりにされて居心地悪い思いを噛みしめながら返事をする。


「ディーネはなんでもひとりで抱え込んでしまう子だ。気を遣って助けてやっておくれ」

「……はい」


 胸の痛くなる微笑みを張り付けている公爵はぽんっとディーネにするように優しく私の肩を叩くと、後方の馬車のほうで帰り支度をしているランドハイア一家に視線を投げた。


「夫人も。父や夫には言えない悩みもあるだろうからね」

「任せてください! もしディーネちゃんを泣かせたり陰口でも叩く人を見つけたら私がその倍言い返してあげますし、状況次第で即おじさまにご報告を!」


 話を振られたリズベットは清々しいほど堂々と胸を張った。

 その勢いから察するに、きっと倍どころか3倍5倍言い返すんだろうな、と思っていたら一瞬こっちを睨まれた。

 ……ランドハイア一家に関わるとろくなことがないから、もう気づかなかったことにしておこう、と心に決めて目をそらす。


「……公爵」


 そらした拍子にディーネが寂しそうに目を潤ませているのが視界に入って、無意識のうちに呼び止めていた。公爵が首を傾げるとたじろいでしまいそうになるが、一度足踏みをしただけでなんとか思いとどまる。


「ディーネの体調がもう少し落ち着いたら、一度ゆっくりと帰郷させてやりたいのですが……」


 迷いながら告げると彼は一瞬目を丸め、それから少年のように無邪気な笑みを浮かべた。


「うん、そうか。ではいつでも帰郷できるよう用意しておこう。ディーネが帰りたくないと言い出すほどの用意をね」


 とっさのことにぎくと表情が固まってしまったのを目敏く見つけた公爵は、してやったりといわんばかりの笑みを浮かべた。

 あぁでも、笑顔の雰囲気がディーネの父なんだなと思うくらいによく似ている。


「都合がつけば君も一緒においで。グラ家をあげて英雄を歓迎するよ」

「……ありがとう、ございます……?」


 その意味をどう捉えていいものなのかと困惑し、あとでディーネに聞いてみようかと視線を泳がせた一瞬で、公爵は風に舞うようにひらりと馬車のタラップを駆け上がっていた。


「あぁ、そうそうアレス君。いつまでも公爵などと他人行儀だから今度会うときからは義父ちちと呼んでくれてもかまわないよ。そもそも公爵号はグラ家の――マリーのものだしね」


 再度公爵に視線を戻した時には彼の姿は馬車の中に消え、声をかける暇もなく走り始めた。






「わ、わわわ、ちょっと待ってく……っ」

「大丈夫よ」


 公爵を乗せた馬車を呆然と見送っていたら、慌てるディーネの声とリズベットの笑い声に引き戻された。

 なにごとかと一瞬気を引き締めたのだが、見ればリズベットがディーネに小さな次男・リヒトを押しつけている。ビクビクしているディーネの腕に抱かせられた赤子は、ぴぃぴぃと鳥の雛のように泣いているが、リズベットは引きとろうという気配がない。


「ほら、こうして腕に乗せてあげるのよ」


 ディーネはしばらくビクビクしながら抱っこしていたが、リズベットが頬や頭を撫でているうちにいつのまにか落ち着いたリヒトにつぶらな瞳で見つめられると、ゆるゆると余計な力を抜いた。

 少し慣れて片腕で抱き、もう片手を寄せると、リヒトはディーネの手をきゅっと握ってへらりと笑みをみせた。


「………っ」

「かわいいでしょ?」


 目をキラキラさせて感動しているディーネは代弁されてこくこくと勢いよく頷いた。そんなディーネの肘を、控えめにエルヴィンが引っ張る。


「ねぇ、お姉様はいつおうちに遊びにきてくれるの?」

「リズさんやイグニス様のご迷惑でなければ、近いうちにおうかがいましますよ」

「じゃあ今日一緒に帰ろう? ねぇお母様いいでしょう?」

「今日はお父様がお仕事があるんですって」


 リズベットに宥められちぇ~っと唇を突き出すエルヴィンを、ディーネはくすくすと笑って頭を撫でた。


「ふふ、今日は無理ですけれど、近いうちに必ずお伺いしますね」

「ぜったいだよ!」

「はい、約束します」


 言うと、腕の中の赤子がディーネの服をぎゅうっと両手で掴んでまたもへらりと笑った。ディーネは嬉しそうに目を細め、リヒトに頬を寄せた。


「リヒト君も、またすぐ会いたいですね」


 ……どうしてハンドハイア一家はあんなちびまで揃ってディーネを連れて行こうとするのだろうか。


「――ねぇ、その傷はあとどのくらいで落ち着くのかしら?」


 ディーネに抱かせていたリヒトを引き取って乳母に託しながら、リズベットが唐突に尋ねてきた。


「ずっと湿布を張ったり包帯を巻いておくのはあと1、2ヶ月ほどだそうです。あとは塗り薬を塗っていれば少しは薄くなってくるけれども、完全には消えないと……」


 包帯の上から傷を押さえたディーネが答えると、リズベットはぽんぽんとその肩を叩いた。


「そう。じゃあ落ち着いたらレテ湖畔の別荘で舞踏会でも開きましょう。会場だけ借りればあとは私が主催するから心配しないでね」

「え……?」


 再び唐突な提案にディーネは固まってしまったが、相変わらずリズベットは気にした様子がない。


「ディーネちゃんに私の友人を紹介したいの」

「…………はい」


 包帯を押さえて俯くディーネに、リズベットは朗らかな笑みを向けた。


「仮面舞踏会なんか楽しそうだと思わない? みんな、誰だかわからないように仮面をつけたたり仮装してくるのよ」


 リズベットはきょとんとしてしまったディーネの包帯を撫でてから背中を再度ぽんぽんと叩くとウィンクを飛ばす。


「心配しないで大丈夫よ。もちろん私たちが先に視察に行った後だし、ディーネちゃんならパーティの間にみんなと仲良くなれるから」

「リズさん――」


 ディーネはまたしても両手を組み合わせて星空のようにキラキラした目でリズベットを見上げた。


「いえ、お姉様……っ! リズお姉様と呼んでもいいですか……!」

「ほほほほほ、よく言われるから構わなくてよ!!」


 リズは面倒見がいいなぁと悦に浸る伯爵の隣で、私は頭を抱える。


「夫婦か恋人同伴を条件にして、妖精が呪いきれないくらいの仲良し夫婦や恋人達を見せつけるのよっ!!」

「はい……っ、リズお姉様っ!!」


 湖の方角をビシッと指さすリズベットの隣で、ディーネは夢見がちな瞳をキラキラさせている。


(……やっぱり、アレ(・・)の友人になるのだけは勘弁してもらえないかな……)


 非常に感化されやすいディーネがリズベットのあのノリに毒されていくような気がして怖い。とてつもなく怖い。怖いのだけれども、どうしたら止められるのか見当もつかず、私は呻くように息を吐いた。




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