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目を止めてくださってありがとうございます。

 つまり私は今、とても細い糸をたぐろうとしているのだと。




 森にはいろんな資源がある。食べるもの、着るものになるもの、住む家を作るためのもの、病や怪我を癒すのに必要なもの、生活のためにあると便利なものや欠かせないもの。そのどれもが必要な……あるいは必要になるものである以上、森に入らないわけにはいかない。だけど、それには重大な問題がある。

 森には獣が出る。狐、猪、狼……そして熊。狐程度なら、滅多なことじゃ大人には襲い掛かって来ないし、猪はよっぽど腹が減っていないかぎり人は襲わない。でも狼は間違いなく人間を襲うし、熊に襲われたとき生き残れる人間はごくわずかだ。


 森には熊がいて。私たちが戦って勝てるはずもなくて。じゃあ森に入らず生きていけるかと言えば当然そんなはずも無くて。


 なら、森に入るとき気をつけることはなにか? 熊を殺せる護衛? 死を辞さぬ覚悟? どちらもある意味正解だけど、当然そんなことじゃない。一番大事なのは戦わないことだ。例えば縄張りを把握してそこを避けること、活動時間を把握してかぶらないように行動すること。

 熊は賢い。獣を狙うときは万全を期して挑み、決して無謀なことはせず、自らが傷を負うようなことは避ける。群れを作る生き物に手を出せば報復の危険があることもわかっているし、人間が理を超えた執念深さを見せることも知っている(と猟師さんが言っていた)。つまり、熊だってできれば人間なんて相手にしたくない。熊との戦いは基本的に遭遇戦であり、お互いに取って不幸な事故だ。故に遭遇したときも、慌てず騒がず静かに離れて無かったこと ・・・・・・にするべしと、猟師さんからは耳が痛くなるまで言聞かせられていた。

 おそらく今回のことも、飢えて少々自制出来なくなったところでの不幸な遭遇だったのかもしれない。襲われた方にはそんな事情は関係ないけれど、もしかしたら熊だって私たちに会いたくなんて無かったかもしれない。

 私が少女を連れてすぐに逃げていれば、この場でこんな風に対峙することも無かったかもしれない。

 熊はおびえている。

 私におびえている。

 だったら大人しく彼に逃げる道を提示してやるべきだった。飢えて、怪我を負って、炎にまかれて、怯える熊に逃げていいと教えてやれば良かった。今この瞬間の一分一秒が、私にとっても熊にとってもただいたずらな消耗を強いるだけの無駄な時間になるその前に。




「すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 走りながら精一杯息を吸う。

 私は熊に勘違いさせておしえてやらねばならないのだ。この場はお互い引くべきであると。余裕のなさから私が見誤ったように……つまり私が私に怯える熊 ・・・・・・を殺さなくては生き残れないと思い詰めてしまったように、熊もまた私への恐怖のあまり、あるいは飢餓からくる衝動のままに、私を殺さなくては行けないのだと確信かんちがいしてしまう前に。

 それが最も私に取って都合よく、生き残る方法なのだから。


「すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 際限なく、どこまでも息を吸い込む。雨水を避けるために顔を若干下に向け、濡れそぼって張り付く髪の隙間から見上げ睨みつける目は中々迫力があるかもしれない……相手が人間であれば。だが今、熊に取っては私が何者かと言うことは関係なく、ただ襲いかかってくる敵だと言うだけで恐怖に値するだろう。

 ずるりと、後ろ足が半歩程下がり。しかし自身でそれに気付き忌々しそうに身を起こす。後ろ足を前後に開き、両前足を私の頭程度の高さにぶら下げるその立ち姿はどこまでも恐ろしげで。

 だけどよく見ればその身体のあちこちに毛がはげた部分や血のにじむ部分、焦げたのであろう部分が見受けられる。


「すぅーーーーうっぷ」


 腹が苦しい。これ以上は無理と言うところまで息を吸い込んで、うっかり吐き出しそうになる。

 こんなになっても転びもせずに走れるのは、案外日頃から行っている魔力生成の訓練によって形作られた集中力の賜物かもしれない。


 ふぅ。はぁ。ふぅ。


 心の中で少しだけ深呼吸。後一歩と言うところにも関わらず熊が動かないのは、待つ構えに入ってるからなのか、怯えているからなのか。なんとなく、間に合ったのだと言う実感が。強く、強く。

 槍を持った右腕を引き絞るように後ろへ。いや、両手をまるで鳥の羽根のように背中側に引き絞る。すると同時にSNAPスナップ! と音がして胸紐がちぎれ、胸にまいていた革の帯が地面に落ちた。これが私がコルセットを巻いて胴を、内蔵を守れない理由。魔法使いは声で呪文を唱えるものだと勘違いして精一杯腹式呼吸で肺活量を鍛えてきた成果。すごくみっともない、それでも猟師さんに認めてもらった私の持つ、多分私だけの特殊技能タレント


「すぅっ」


 胸のあいた場所に、最後の一吸いを注ぎ込む。

 熊の振り降ろした腕を避けるためにその場で急停止、槍を突き出すように……あるいは羽ばたくように両手を大きく振り回す。振るった槍はあっさりともう一歩前に出た熊の手に弾かれて、あさっての方角へ飛んで行ってしまったけど構わない。私の目的は熊のこの体制だ。この位置だ。


「「「「「「「「「「「「「「Bang!!!バン」」」」」」」」」」」」」」」


 崩声ほうせい

 喉が裂けるような激痛とともに、みっともなくパンパンに膨らんでいたお腹が、軽く肋骨が見えるくらい一気に凹む。背後に落ちた雷もかくやと言う恐ろしい音が雨の森の中に響き渡る。耳元でそれを聞かされた熊は、勢い良く立ち上がり……慌てて離れる私に目もくれず両前足で頭を抑え、悲鳴を上げながら転げ回り、そして……

 そしてついに私に背を向けて逃げ出した。

 あれほど恐ろしく思えた熊を追い払ったのが一人分の声だと思うと、何とも言えないあっけない幕切れだった。

主人公の声に関して、精一杯文字として表そうとしたのですが……文字サイズを変えられれば良いんですけどね。

なにかもっと適切な方法が会ったような気もします。

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