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変なてこ入れして後悔中……
熊は周囲をウロウロしながら、多分私たちを捜している。この子を奪われたのがよっぽど腹に据えかねたんだろう。気のせいじゃなければ、足音から推測するに捜索範囲は徐々に徐々に広くなっているようだ。いや、足音っていうか、荒い息づかいとか雨音が時々不自然に途切れたりするのとかをあわせて、なんかそんな感じの……気配って言えば良いのかな。それで大まかに熊がどこに居るのか、どう動いてるのかがわかる。この能力は猟師さんにもずば抜けて高いって言われたのよね……『訓練期間の割には』だけど。
閑話休題。
これならタイミングを見計らえば、熊の居ないときに馬車の様子を見に行けるかもしれない。元々、横転して半壊状態の馬車から熊が掘り出した瞬間のこの子を攫ってきただけだから、もしかしたら他の人もまだ生きているかもしれないし確認しなきゃいけない。でも、そのときこの子をどうしよう? 連れてったら……見たくない物を見るかもしれない。でも置いて行ける? ううん。多分離れることも出来ない。
そっと小さめの肩掛け鞄から革紐を取り出し、少女の目に巻く。
「ヒッ」
「いい? 静かにね」
どうせ……どうせ足手まとい。だったら変な物を見て暴れられるより、こうやって見えないようにしてしまった方が安心出来る。左手で口を塞ぎつつ、右と口で紐を留める。
彼女の両手が子供とは思えない力で私の左手にがっちりと食い込んで、ちょっと痛い。けど、これはこれで多分良いんだろう。こっちの方が良い。私も、一人じゃ無理だ。
「動くわよ。もう一度言うわ、静かにね」
口からそっと離した手をお腹あたりまでおろして抱き上げる。う、5ディコンってとこかしら。8歳児の平均並み……さっきみたいな火事場力は出ないだろうし少ししんどいけど、あまりごちゃごちゃ言っている時間もない。
しかし悪い絵面ね。これ、端から見たら幼女誘拐の犯行現場だわ。むしろそれだって見る人が居るならありがたいくらいだけど。
雨音に誘われるように熊が離れて行くのにあわせて走る。寒い。重い。ほんの10ハードほどの距離が果てしなく遠い。茂った木のせいで街道の様子は見えないけど、逆にこれだけの木がなければきっとあっさり熊に見つかって襲われてたんだろうから悪くない……ただちょっと、すぐに馬車が見つけられるかどうか不安だけど……結構めちゃくちゃ走ったし。燃えていたらすぐわかるかもしれないけど、この雨だから、角灯の炎も油以上には厳しいだろう。下手したら幌だってそのまま残ってるかもしれない。
雨の振る中を必死に走る。走る。走る。見つけた。
幌は……完全に焼け落ちている。幌の骨も当然黒こげ。荷物も一部燃えてしまったようだけど、黒こげのあれこれにまぎれて、2つ3つ木箱が無事残っているように見える。
……。
「う、うぶ、うえぇ……」
「我慢して」
少女を降ろして、そっと口と鼻を外套の端で塞ぐ。この子はどこまでわかってしまっただろうか。少なくとも、この雨でもごまかせないくらいハッキリした血の匂いは嗅ぎ取っただろう。その意味は、わかっただろうか? 八歳程度なら、単に誰かが大怪我をしただけだと思うかも知れない。そもそも、家族がどうなったかを見てしまったのだろうか? 想像するだに辛い。物心がついたばかりのときにこんな体験をして、健やかに育つことが出来るのかな。少なくとも私は十歳で村長に拾われて、ほとんど心を開くことも無く魔法使いへの憧れだけで生きてきたけど。
……。
ああ、そうか。それで私この子のこと気にしてるんだ。
この匂いも、あの日と同じだもんね。ほんっと、最悪な匂い。
……半分以上私のせいだけど。
とにかく今は荷物を確認しないと。
少女の口元を外套の裾で覆ったままゆっくり歩いて馬車に近づく。彼女も状況がわかっているのかいないのかおずおずとついてくる。
幸い、無事な荷物が積んである馬車の奥側、つまり御者台側は既に半壊していて、地面に半分ついている。足下に何の水たまりが出来ているかさえ気にしなければ、一々荷台に上がらず作業出来るのはありがたい。腰からナタを抜いて、そっと木箱に手をかける……やはり軽く釘で固定されている。隙間にナタをねじ込んで体重をかけ、そしてこじ開けた。
ますます犯罪の匂いが……これで良いのか私。等と思っても気にする余裕は実際無い。メリって音がしたんだけど大丈夫かな? 近くには熊の気配はないけど……
「しかし、ハズレねこれは」
一箱目の中身は衣類だった。なんで燃えなかったんだろう? 位置が良かったのかな。てっきり金属の道具とか、割れないように隙間を土で埋めて陶器かなにかを詰め込んでる物かと思ったんだけど……まぁ残りの2つに期待するしかないわね。
2つ目は……案の定、陶器……かな? ほとんど土で埋まっていてわからない。
相当な重さがあるから、熊の頭にでも落とせたら何とかなるかもしれないけど、そもそも持ち上げられないと思う。よって3つ目に移行。一番大きな箱だけど3つ目は……武器だ。剣、槍、鶴嘴、円匙、金槌……機械弓。どれも2つ以上揃っている。ホーマンディーさん、貴方本当に奥さんの体調が悪いから気候があう地方に引っ越すだけの、普通の一家だったんですか?
それともなんかヤバいお仕事をなさっていたんですか。
しかしこれなら2つ目の土で満ちた箱の中身、もしかしたら毒が……ぅつっ、いきなり腕が痛く……
VoA?
……お早いお帰りですね、熊さん。