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あの日私は3つの魔法を見た。
ドラゴンを追い立てる魔法使いの『黒い風』、ドラゴンの吐く全てを凍らせる『青い炎』、魔法使いに焼き尽くされたドラゴンと村を……
私は魔法に憧れていた。魔法を使えるようになりたかった。その時、本当にその瞬間『奇跡』が欲しかった。魔力を作って、指先に集めて、でたらめに振り回して。なんとかしたかったけど、当然そんなことは出来なくて。そんな私を見つけた魔法使いが、言った。
『惜しいな。ニービアがいなければ拾い物だったろう』
魔法使いの弟子。その座は既に埋まっていたんだ。
今でもあの魔法使いに弟子入りしたかったかどうかはちょっとわからないけど、私のような大きな財産が無い普通の村娘が魔法使いになるには、偶然訪れた魔法使いに見初められて弟子入りするというのが唯一と言っていい方法だと思う。
人が魔法を使う為に必要なのは1に『知識』、2に『魔力を利用する能力』だとされている。
魔力を扱う能力はもちろん努力をしなければ身に付かないけれど、そもそも才能に左右されるということは既に述べたと思う。では知識はどうだろうか? いや、そう言う問題でもない。ちょっと『魔力を利用する能力』という言葉の意味を拡大して考えてみよう。『魔力を自ら生成する能力』でも『魔力を自らの体内で偏らせる能力』でもなく、『魔力を自らの指先や舌先に偏らせて空気を震わせる力に変える能力』ですらない。そんなことは要するに他人にやらせればいいのだ。例えば弟子に、あるいはそう言う道具を使うとか、それでいい。もちろんそんなことを言ったら、『知識』だって本を読みながら呪文を唱えるとか、誰かに教わりながら魔法陣でも描けば良いように思うだろう。もちろんそれはその通りだ。例えば嘘を読まされてない、嘘を教わってないという最低限の確認が出来る能力さえあれば、その魔法を制御してるのは魔力を自力で扱う人間だと言える。
……脱線してさんざん意地悪な言い方をしてきたけど、要点をまとめればこうだ。
魔法を使うには『知識』が必要。
では『知識』を手に入れる方法は? 誰かから、あるいは何かから教わり、あるいは学び取る。その手段の一つが弟子入りであり、またその為のモノが……えーと、こういうのを『機関』っていうのだっけ。とにかく『学び舎』とでも言うべき機関が存在している。
学び舎というのは王様が設立して国が管理してるモノなので、そこで学ぶことにお金はかからないそうだ。ただし、一つの独特の形で学ぶ価値がある人間かどうかを審査する。
それはドレスコード。
私が今着ている羊革の服など問題にならない。一張羅の、母がもっていた羊の皮のドレスでも足下にも及ばない。シルクのドレスに狐白裘を着込んだってまだ足りない。
魔法使い達の興味を引き、教える側としての自尊心を一目で満足させるような、その価値が一見で分かるようなドレス。火蜥蜴の皮をなめし、双角獣の馬毛で縫い上げ、紅石鳥の瞳のボタンを誂えた、そんなドレスが必要なのだ。かの魔法学校の門扉をくぐる為には。ただそれだけの為に。
もちろん一介の村娘である私が自力でそんな物を揃えられるはずが無い。
それだけのモノを手に入れられる力があれば、もう充分魔法使いで通用すると思う。
そして当然、そんな素材をお金を出して買うようなことも出来無い。そんなことが出来るのはお貴族様達くらいのものだろう。結局のところ魔法は、魔法使いは、国の物であり、貴族の物なんだろう。
「だから私は魔法使いになれない、諦めろ。そう言いたいのよね村長」
だけど本当に、弟子を持った魔法使いがドラゴン共々村を焼いたことをチャンスと言うだろうか? とりあえず私はそうは思いたくはない。だからずっと考えてきた、鍛えてきた、とにかく努力してきた。魔法使いになる為に。この村をでる為に。
「でもね、私はやっぱり諦めきれないの」
『惜しいな。ニービアがいなければ拾い物だったろう』
今でも思い出すのは、あの魔法使いの言葉。きっと、私には才能がある。そう思ってしまえば諦められるはずが無かった。必死に勉強して。働いて。勉強して。
「私にも、魔法使いになれる可能性があるって思えたの」
別に他の魔法使いに見つけてもらおうとか、そんな運任せのことを考えてる訳じゃない。もっと確かな方法を、ほんの少しの可能性を見つけたんだ。馬鹿げた思いつきだと自分でも思う。それでも一つだけ見える。自分が魔法使いになる未来が。
「だから道をあけて。私は行くわ」
まっすぐに村長の顔を見つめる。
じっと私を見つめ返した村長は、震えるように口を開いて言った。
「お前がワシの娘になるなら、ワシの知る魔力の使い方を全て教えよう」
「いらない。今更貴方からなんて、なにも欲しくない」
突然の言葉に思わずポカンとしかけて……口からはびっくりする程冷淡な言葉がでていた。でも正直、何をそんなに私に執着しているのかさっぱりわからなくて気味が悪いのだ。相手が何を考えてるかわからないから、自然私の言動も硬化していく。良いから、もう黙って道をあけてくれないだろうか。
「ワシは」
「道を、開けて」