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2着目

 足に麻綿を巻いて、その上から同じく麻布の帯を巻きつける。軽く床を踏んで具合を確かめ、少し締め具合を調整。いい具合に巻けたら畑作業に使うサンダルを脇に置いて、ベッドの足下からリスの毛皮のサンダルを出す。森はずれの猟師の奥さんに倣った自作品で、家の中でも寝てるときでも常に履いて慣らしたとっておき。手習いレベルでとても一張羅とは言えないけど、実用性でもデザインでも木の板に皮を巻いただけのサンダルよりずっとマシ。足首の紐を結べばどこにだって歩いて行ける。

 足の準備ができたら次は下衣。本当は最上の鹿革で丈の長いレザーパンツでも用意できればよかったけど、残念ながら私に用意できるのはせいぜい羊革のホットパンツ。上もジャケットとかは用意できないから、さらし木綿の布を胸に巻いた上から幅の広い革の帯を巻くので精一杯で、長さもちょうど胸回り分しかないから正面を紐で結ぶ。ちょうどコルセットを後ろ前にしたみたい……というか元々コルセットなんだけどね。お腹を絞めたまま激しい運動とかは出来ないだろうから胸に巻いてるだけで。

 本当は、お腹を守る方が大事だという話だ。胸なんかよりずっと。猟師さんの長男は、カッコ悪いって言ってコルセットをしなかったからイノシシの牙で内蔵を傷つけてしまって死んだらしい。彼の奥さんは、だから貴女は必ずこれをお腹に巻いてねと言っていた。でも、私は猟師になる訳じゃない。だからとりあえずはこれで良いということにしておこう。

 さて、上衣はおいて残るは手と……の前に一旦荷物の確認をしよう。たいして物は無いし。左は指先まであるから中身が確認しにくいし。

 まずは羊毛で作った防寒用のフード付きクローク。これは後で着るのでベッドの上で良い。針子道具を備え余った革のベルトを巻いた革の手甲、これはクロークの上。マフ付きオープンフィンフガーグローブはその隣。残りの装身具はこれだけ、荷物の確認が終わったらこれらを身につける。よし。

 ナイトテーブルの下からナップザックとポシェットを一つずつ出す。ポシェットの中身はサンストーン、蝋石、瓶詰めの白リンと木炭粉末。ナップザックの中身はさらし木綿の帯、余った羊革の帯、ランタンに蝋燭、壷詰めの灯油、革の手入れ用に壷詰めの羊脂、羊皮紙三巻……インクは無いけど。後は普段着だったチュニカが二着に、二十歳の誕生日にもらった鉈と、猟師さんにリンゴの木と交換で譲ってもらった長弓。これらと今着てる服の元になった老羊が、私がこの家に来て20年の間に得た財産の全てだ。成人するまでは一人前と認めてもらえないことを考えればなかなか悪くないと思うけど、やっぱり少ない。本当はベッドの足下に丸めてある毛布も持って行きたいけど、借り物だからそういう訳にもいかないしね。


「さて、長年過ごしたこの部屋ともお別れか」


 ぐるりと見回してみると、見事に何も無い。ベッド他寝具と、作業用の机と、鍬とか農具があって……まぁそれだけ。だから名残惜しくないとは言わない。天井のシミとか、燭台を落とした跡とか、身長を測った印だとか、部屋そのものにもいくらでも思い出はある。だけど、どうしても朝日を待つほどじゃないんだ。一度は布団に入ってみたけど、今更盛り上がった気分は収まりそうになかったし。それに、朝になってから出て行こうとすれば、間違いなくゼレとエイガ、あと村長おじいちゃんがうるさいだろう。だから今行くのは間違ってないと思う。

 左手には弓懸をかねた手甲を。右手には弓をつかむグローブを。弦を外してまっすぐに伸びた弓をマントの下に背負い、マントの上からザックを背に、ポシェットを左肩に。生まれた日の月が照らしてくれるなら、きっとランタンは必要ない。

 窓枠を乗り越えて部屋を出ると、しかしそこには一つの人影があった。


「あれ、おじいちゃん? こんなところで何してるの」


 私より一回り……どころか5回りくらい大きい、明らかに男性とわかるがっちりしたシルエット。率直に言って成人した乙女の部屋の窓の前である。いろいろ問題が無いだろうか。


「おじいちゃん、か。最後までおとうさんとは呼んでくれんかったな」

「最後までって……ああ、やっぱりわかってたんだ。私が今出て行くって」


 ……なんともとぼけがいの無い。10歳で全てを失った私を引き取ってからずっと面倒を見てくれていた訳だし、私が落ち着きが無い性質たちなのもよくわかってるということだろう。その手は空で、服装も普段着のズボン一つ。私をどうこうするような道具を持ってるようには見えない。


「そしてイェロ、お前の本当の名前を聞くことも無かったな」

「両親が残してくれた物の中で、私に残った物はそれだけだもの」

「そうかもしれん、だがな……なあ」


 名前を教える。親子としての、あるいは夫婦としての契りを交わすこと。正直『おとうさん』と呼ばない次点で当たり前の、親として受け入れてくれなかったという愚痴の繰り返し。もしかしたら気持ちとしてではなくて、形としても受け入れてくれなかったという恨み言だろうか。だってしょうがないじゃない。とてもそんな気持ちにはならなかったんだから。それはある意味理屈通りで、同時に理屈じゃない。


「今からでも遅くはない。教えてくれるなら、お前の両親の畑を取り戻す努力をしよう」

「それ、なんかおかしいよ。それに私が奪られて悲しかったのは、本当はそんなものじゃないってわかってたでしょう?」


 畑は、確かに惜しいけど。産んでくれた、愛してくれた、育んでくれた両親の持ち物を取り返したい気持ちはあるけど、でもあれは伯母さん夫妻にあげちゃった村長おじいちゃんの差配がそもそも悪いのであって、取り戻してあげると言われても。

 そんな話しかしないなら、そろそろ行かせてほしい。一歩踏み出して、


「それは、なぁ。だがお前、この村を出てどうするんだ? 本当にその夢を追う覚悟があるのか?」


 そこで足が止まる。それはもう何度も繰り返された問い。


「お前には無理だ、お前は既に唯一無二のチャンスを逃している」


 諭すような言葉。どうしようもない事実。別にあれは私のせいじゃない。そもそも、チャンスじゃなかった。チャンスなんて来てなかった。それが真実のはずなのに、そう言いきれないのはやっぱり私もこの狭き門におびえてるからなのかしら。

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