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「まあ知っての通りリザードマンというのは他の種族のように魔法を使えなくてだね。先祖返りって言われる連中はヒューマンの魔法やドラゴンの魔法が使えるらしいけど、私は残念ながらその手の才能はなかったんだ。その代わり私たちの種族は薬学薬草学に精通している。私もその才能を買われて、勇者にこっちまで連れてこられたんだよ」
勇者様!? え、いや、ちょっと待って、『知っての通り』なんて何一つ知らないし、『ドラゴンの魔法』っていうのが『ヒューマンの魔法』とどう違うのかもわからない。薬学と薬草学を別に呼ぶのもよくわからないし、結局ドラゴナートとかリザードマンとか何? って話でもある。でもそんなの全然どうでもいい。勇者様に見初められた才能! その一言だけでこの人の存在には例えようのない価値がある!
……でも、なんでそんな人がこんな場所で世捨て人みたいに薬師やってるんだろう?
「まあもともと女としても価値も失っていたし、親戚から年一度来る手紙の気遣いも虚しさが募るばかりで煩わしくなっていたからちょうど良かったしな」
あ、外の世界にいた頃から世捨て人みたいに暮らしてたんだ。それを勇者様に拾われて? ……だとしたら逆になんで今更人のいる場所に出てきたんだろう? というか、なんだろう? すごくちぐはぐな印象を受ける。
だってもともと勇者様の仲間の一人だったわけでしょ。今、この世界に唯一存在することになっている国の、その女王様だって当時の勇者様の仲間の一人だったらしいし、なんで国で重用されてたりしないんだろう? 本来はそうあるべきよね? たとえ本人の意思で世捨て人をしてたのだとしても、こうして表(というには微妙な立場かもしれないけど)に出てきたのだから、女王様にでも掛け合って、もっとするべきことがあるんじゃないかしら。
「それで、魔王が倒れてからは外の世界にも戻らずにずっと引きこもっていたんだが……70年ほど前かな? 二人組の女に、引きずり出されてなぁ。もったいないって。私が表に出ればそれだけ人の関心が外の世界に向くとか、なんとか言ってたが。まあ盛大にやりあって、結局は私が弟子をとることで話はまとまったんだ」
うん。何も伝わってこない。とにかく表に出たくない人ってことでいいのかしら。そんな人とこうして顔を突き合わせて喋れるなんて、これも運命の導きかな。この人は魔法を使えないそうだけど、それでも私よりはずっと魔法について詳しいみたいだし、それに、ずっと長く生きているなら私が知りたいことをもっと知ってるかもしれない。
なんで私は今喉が潰れてるのかしら。もったいなさすぎる。
「まあそれ以来ずっとこうして弟子をとって教えては世に送り出しているわけだ。一応皇都の図書館には私の著作や弟子の書いた書などがあるから、この世界には貢献しているはずなんだけどな」
いえ、そう言われても辺境の村の人間が皇都の図書館とか行くことないですし。今私はまさに行こうとしてるわけだけど。
「もちろん、だからと言って私の立場や生き方が変わるわけじゃない。幸いなことにヒューマンから見るとこの顔や声は男性的に感じるようだし、襲われて不貞を働かれる心配もない。一人寂しく弟子を取りながら生きていくのが今の私の暮らしなのさ。もともと薬師というのは胡散臭げに見られることも多いし、深い付き合いというのは少ない。義理や人情というものがあるのはもちろん知っているが、こうなってはそれを機にする必要もなくてね。もっと打算的なものや、あるいは義務が私の生きる道なのだよ。あえて言うなら、かの二人との約亭である弟子をとることが私の人生の義理の部分を占めているのかもしれないな」
ところで、
「そうそう、もう気づいているかもしれないが、さっき彼女を連れて行ったのが今の弟子だよ。あの子は孤児でね。彼女と同じように旅の途中で家族を失ってここに流れ着いたんだ。もっとも、本人は襲われた馬車から一人で歩いてきたと言ってはいるけど、それは単に記憶が混乱しているだけじゃないかと思うんだ。本当は彼の家族が乗っていた馬車を襲った山賊が、子供の一人くらいかわいそうだと見逃してここまで運んできたんじゃないかと私は踏んでいるんだがね」
ところで貴女、
「彼も最初は死人のような顔をしていてね、なかなか心配したもんだよ。食べ物も喉を通らない様子だったから寝ている間に無理やり薬と水を流し込んでね、そんな暮らしを一月ばかりしていたある日、彼の腹が鳴ったんだよ。獣が唸る声のようだったけど、あれは確かに彼の腹が空腹でよじれる音だった。ほっとしよ。改めて彼に蜂の巣から採ってきた蜜を舐めさせたら『美味しい』っていってくれてねぇ。この子は生きるぞ! と思ったもんだ」
ところで貴女、やたらしゃべりますね。
と突っ込もうと思ったら既に問題の答えが述べられていた。
つまり、あの子はこの人に預ければ救ってくれるということだろうか? そう思っていいんだろうか。
「最近ではよく言うことを聞いて勉強をするようになってね、それに何も言わなくても寝床をあったかくしておいてくれるし。本当にいい子に育ってくれたもんだよ。ただ時々行商人連中をにらみつけたり、隊商の用心棒に声をかけて剣の使い方を習おうとしたりするのが心配だけどね。あれも復讐をしたいと思っているのかねぇ。危ないことはしてほしくないんだけど」
あ、違う、この人の話無駄に続いてた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いかん……リザードマンさんの名前すら出してない……orz