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『彼』

いつも目を留めてくださってありがとうございます。

今回は番外編と言いますか。

 『彼』はその光を知っていた。




 今からほんの少し前のこと。


 彼は恋人か、あるいは妻とも言える相手とともに冬に備えて獲物を求めて森をさまよっていた。雨期の冬は殊更寒く、寒く。十分な備えが出来なければ冬の間に身を細らせそのまま死んでしまうかもしれない。特に今夏は実りの多さにはしゃぎ過ぎ、彼女は今や身重の身体だ。


 だが困ったことに、雨が激しいせいで果物が悪くなるのが早く、また川が増水しろくに魚等を捕ることも出来ていない。最悪の場合は自分の分を彼女に捧げなくてはならないかもしれないとも思うが、そもそもの量が足りていない。


 彼は飢えていた。


 だからうっかり……本当に、それが悪いことだと言うのはわかっていたのだ。だから本当にうっかり、彼女と共に、深い森の奥に……彼ら並みのモノの領分ではない場所に入り込んでしまった。


 そこはとても静かな場所だった。


 そして獲物にあふれていた。


 そこには彼らのような捕食者が他にはおらず、小さな草食動物や鳥が身を寄せあいあちこちにひしめいていた。それらはこぞって彼に叫んでいた。


 ここはお前らのくる場所ではない、帰れ。と。


 しかし大切な妻とその胎に宿る我が子のため、そう思えば彼が立ち止まれるはずが無い。彼はそれらが警告する法を完全に無視して、暴虐の限りを尽くし、ただひたすら妻に貢いだ。


 素晴らしい、体験だった。あるいはここで生きれば、冬ごもりすら必要ないのではないかと……そんな気すらした。


 しかし世界は法を犯すものに甘くはない。


 彼がそこに入り込んで三日目。


 執行者が現れた。




 『彼』は覚えている、それが執行者が放つ光だと。それがただ息をする時、ただ歩く時、ただ存在するときに在る光。


 自分たちを遥か高みから見下ろし、まるで埃でも払うようにただの一撃で——




 『彼』は逃げた。みっともなく逃げた。大切な妻を、そしてその胎を潰されながら、それでも逃げた。


 なにか己の大事なものを失った気がした。


 なにか恐ろしいものを課せられた気がした。


 だが逃げた。逃げて逃げて逃げて。両手で数えきれない程の月と太陽の巡りを越えて。


 ふと空腹に気付いた。


 こんなときでも腹が減るのかと思う一方、自分が深い森の奥から既に脱していることに気付き心から安堵した。そしてそれに気付いた理由を考えた。


 いい匂いが、したのだ。ごく近くから。


 極上の匂いが。




 今までの苛立ちが一気に冷めた。


 獲物を横取りされた苛立ちも、妙な匂いの水をかけられた苛立ちも、人が操る雷の赤い子供達に巻かれた苛立ちも、残った獲物を台無しにされた苛立ちも、その台無しにされた獲物すらも奪おうとすることへの苛立ちも。


 全てが一気に冷め切ってしまった。


 残ったのは恐怖。執行者が、『彼』を追って、再び苦しみを味あわせるために追ってきたのだと言う恐怖。


 自然と、足が一歩後ろに下がる……が、そこで踏みとどまった。


 気付いたのだ。『それ』からする匂いは、けして執行者のものではない。


 『それ』の姿形も、執行者のものではない。それは、最初は光を放っていなかった。


 ならば、執行者程の驚異は無いかもしれない。あれほどは恐ろしくないかもしれない。


 『彼』は最初の獲物を齧ったときの味を思い出した。


 そして自らの空腹を思い出した。


 自分自身でも、空腹で頭がおかしくなっているかもしれないとは、思うのだ。


 だから恐怖と空腹の狭間に生じた、選択肢が『吠える』だった。


 吠えた。消えてくれと、祈った。


 動かない。逃げもしないが、かといって逆上する様子も無い。


 調子に乗って、木の幹を薙いで威嚇をする。


 動かない。動かない。動かない。


 ふっ、と光が揺らいだ。




 『彼』はその光を覚えていた。


 それは上位者の、絶対者の証。それをまとうだけで、自分よりも高位のものであることがわかる。


 だが、それらは、本当にいざという時は。


 獲物を、あるいは埃を払うときは。


 その光を隠すのだ。




 身体が硬直する。光の揺らぎに気を取られた次の瞬間には、もうそれは動き出していた。


 遅い。いや、大した速さではない、と言うべきか。光を揺らめかせながらそれは近づいてくる。



 だからあのときも油断した。


 なにか、光っていたのに、それが消えたから。


 獲物を襲うような速さも苛烈さもなかったから。



 そのまま、それは目の前まで近づいてきていて……


 思わず、悲鳴を上げながら腕を振り降ろした。


 当たらない。


 慌ててもう一方の手も振り抜いた。何かを、弾いた感触。



「「「「「「「「「「「「「「Bang!!!バン」」」」」」」」」」」」」」」



 耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。頭が痛い。目が痛い。耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目耳頭目痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 何をされたのかわからなかった。気がついたら妻は肉塊に……



 違う、今何かをされたのは俺だ。俺が。俺は。




 そして『彼』は再び、一目散に逃げ出した。


 もう何も、聞こえなかった。

はい、と言うわけで今回は熊視点でお送りしました。

この世界の季節は『雨期・春』『雨期・夏』『雨期・秋』『雨期・冬』で一年。

『乾期・春』『乾期・夏』『乾期・秋』『乾期・冬』で一年……という、二年八季で構成されております。

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