1着目
一筋の光が、部屋を照らす蝋燭の明かりかき消すように差し込む。静かな蒼い光。見上げれば、天窓に三つの月が入ってきていた。遠い遠い黒い月と、半欠けの小さな緑の月にまんまるの大きな蒼い月の組み合わせ。蒼枝の月の二十六夜、私の30回目の誕生日。いよいよだ。この月が窓枠から消えた時、私の夢が始まる。
10年前からあきらめられない『魔法使いになる』という夢が。
——フッ。
手元の燭台に灯る火を吹き消し、ナイトテーブルに置く。そしていつものように、祈るように私は胸の前で両手を組んだ。いつも。この場所では、最後になるかもしれない日課。つまり、魔法使いになる為の練習。
深呼吸。
深く深く息を吸い、そして吐き出す。吸うのにも吐くのにも、それぞれ10秒かける。呼吸は整った。はやる気持ちを抑えて、ゆっくり次の段階へと思いを馳せる。
目を閉じ改めて息を吸い込み、イメージする。
息を吹き込んだ熾き火が明るさと赤さを増すイメージ。
吸い込んだ息が、お腹の中の風車をまわすようなイメージ。
細く、細く息を吐きながらそっと目を開くと、月明かりの中で胸の前で組んだ手がわずかに光っているように見える。村長曰く、魔力の生成反応。体力とか生命力とかっていう体の中に満ちた力が、外で扱うことが出来るモノになった、ということ。なんとなく、いつもより強く光っているように感じるのは気のせい、だろうか。浮かれている自覚があるだけにちょっとわからない。とりあえず先に進もう。
体の外にこぼれる光を収める。
イメージ。組んでいた手をほどき、ゆっくり下ろしながら前に広げて行く。動きに散らされるんじゃなくて、動きの中で引き絞られて体の中に巻き込んで行くイメージ。生成された魔力を、生成されるままに外にこぼれていた魔力を体の中に留める……らしい。私の中でのイメージはむしろ、体を魔力の中に溶かして、私を『魔力だけ』にするような、そんな感触。出来るようになったのは結構最近の四、六年くらいだったっけ。呪い師のおばちゃんが言うには、村長の持つ「しゅうれん」のイメージと私の相性が良くなかったんだそうだ。出来るようになったから関係ないけど。
魔力を、体の中に収め留めた魔力に流れを作る。
軽く握った左手に、そしてそこから伸ばした人差し指と中指に。
いや、全身がそれに溶けているイメージと照らし合わせると、流れを作るというよりも水面に出来た波紋を逆に回すような、あぁ、どうしようもなく感覚的で、どんな言葉にすれば良いのかわからない。全身を天秤だとしてその場所だけを重くする感じ? かな。わかりやすくどうなるかと言えば、体温の上昇。重くした場所が熱くなる、気がする。事実かもしれない。どうだろう? 村長はあまり触らせてくれなかったし、呪い師のおばちゃんは孫がいるから秘密主義だ。ほんの二度三度、そんな経験があったかどうか。いや、あったけど。そしてそれには確かに意義があったけど。
魔力を生成出来れば、暗い場所が怖くなくなる。
魔力を偏らせた手で触れてもらえると痛みが和らぐ気がする。
だけどこれはまだ、魔法使いになる為の最低条件でもない。ここから先が出来なければ、夢見ることも出来ない。でも私は出来るんだ。そして、どうしようもなく憧れてしまった。
「よし、今日も行けそう、だね」
偏りを指先に、あるいは舌の先に集中させて『空気を震わせる力』を持たせる。
これは練習してもどうにもならない。明確に出来ると出来ないが分かれる。どんなに繊細に集中させても、どんなに激しく魔力を生成しても、それには何の意味も無い。出来る人には出来るのだ。才能の壁。そのうち一枚を、私は確かに超えた。伸ばした指の軌跡で、空に文字を描く。目に映るその光跡が、私が満たす魔力をどうしようもなくざわつかせる。だけど、どんなに描いても、それには何の意味も無く、そのまま何もおこらず軌跡はただ宙にとけていく。
「……ったはぁー。疲れた」
自分の声で気が抜けたのか、気がつけばベッドに倒れ込んでいた。魔力生成にも体力は使うはずだけど、それ以上に妙な疲労感がある。出来る出来ないとは別に、上手下手で言えばやはり私には才能が無いのかもしれない。もっとも、魔法使いになれるなれないというのは、そんなこととは次元が違う才能の有無が物を言うのだけど。
才能。
あるいは天分とか、運命とか、個性とか。呼び方は何でも良い……というより何が正しいのかよくわからないけど、とにかく私が……私たちが将来を見据えると、どこかしらでそれの過不足が障害になりえるもの。それは私個人の中にある物もそうだし、あるいは父のしている仕事だとか、家族で住んでいる場所とか、村の特に力を入れていることがなんだとか、村長が皇都に顔が利くかどうかとか、あるいは想像もつかないようなこととかが折り重なってひとまとめになった要素だ。当然、魔法使いになる為にも必要な才能がたくさんある。深呼吸……は関係ないとして。
例えば魔力の生成。一応1000人に1人、出来ない人はいるらしい、実際あったことは無いけれど。
例えば魔力を溜める術。練習さえすれば難しくないはずだけど、案外出来ない人は多いらしい。
例えば魔力を偏らせる技。5人に1人しか出来ない。と言われてる。知人には3人いる。
そして私の超えた才能。10人に1人の才能。たかが10分の1。だけど300人は住んでいるこの村に、実際に出来る知人はいない。なぜってこの才能は、魔法使いにならない限りなんの役にも立たない。いないというよりも、だれも出来るかどうか試そうともしないというべきか。魔法使いになる為のもう一つの才能、魔力を扱うのとは別の、生まれながらにして生まれながらではない10万人に1人のタラント。それを持っているかどうかは、誰もが明確に知っている。だから憧れはしても目指そうとは思わない。
見渡すような10反の畑の中の、たった3本の稲穂。私もまた、その中には選ばれなかった。だけど、あきらめられない。
ふと、部屋が真っ暗になる。
見上げれば天窓へと伸ばした手から月の光がこぼれていった。月達が天頂に達したんだ。
0時。
誕生日おめでとう、私。
「あは」
そう、これから始めるんだ。全部。
見切り発車する連載小説です。書き溜めなし。水曜分。