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第壱話

001


 僕は"居た"。

 そこは確かに居るとは認識出来るが、体を認識出来ない。まるで其処に意識が在るだけで、意識を収める器が消失しているかのようだ。

 重力のない宇宙空間に浮き、丸くなった水を想像すると分かりやすいだろう。

 踏む足場も落ちる底も触れず見当たらず、何処が上で何処が下かも解らない。

 周りは耳が痛くなるほどの静けさで、音も匂いも存在しない。

 視界は染みどころか、何かがあるとも思えないほどに白い。

 この白い空間には、どこか教会のような静謐さがある。

 悪と言われるものを排除し、人間を黙らせるような静謐さだ。

 声は出ない。

 出てもらっても困る。

 肉体が在るかどうかも感じられないのだ、もしあっても神経が通っていないだろう。

 何故そうなったのかは、僕の想像力では辿り着けない。

 僕の思考は混乱の極みにあった。

 今ここに居るだけなのだ。

 何故そうなったのか、まるで記憶が無い。

 それまでに生きた記憶はある。

 僕はそれなりに誠実な人間であった筈だ。

 記憶にあるかぎりルールを破った覚えは、数度しか無い。


 変わりのなかった視界が流れたように感じる。

 全てが白で染められた世界では、流れは解らない。

 だが自分の感覚に違和感を感じている。

 視界を動かし、下であろう場所を覗くと穴らしきものがあった。

 覗くといってもいいのだろうか。

 両の目があって、それで見ているかも怪しいのに。

 白いまっさらな紙に、穴の空いた紙を重ねたような、影があるだけの穴だ。

 穴が近くなる。

 そう認識した瞬間に、僕の意識は融けるように消え去った。





━━━━━━━━━━━━





002


 夜も更けた夏の日。

 一般的なとある家庭。

 平均年収も世間一般の平均と変わらない。家族構成も、生意気というか、危険な妹が1人いるくらいで、いつか騙されそうなくらい人のいい父親といつもニコニコ笑っている母親も、母方、父方の祖父母も健康に病気なく過ごしている。新しく作られた住宅団地のご近所様との関係も良好で、悪い噂や奇妙な噂は一言として流れていないし、一事として起こっていない。住宅団地を少し行った所には、家族連れで賑わう大型ショッピングセンターと、可愛いマスコットが子供に人気として有名なアミューズメントパークが建っている。


 そんな、あくまで平均的で幸せな家庭の長男。石神純輝。

 彼もまた平均的な男子高校生であった。


 今日の夜までは。


「ぶはぁっ!」


 跳ね上がるように純輝はベッドから飛び起きた。細めの鉄柱とバネで出来たベッドから、ギシギシと硬いバネの伸び縮みする音を出している。薄めの白い布団は、上半身を暖める所からめくれあがりベッドから落ちそうになっている。枕元に置かれた、部屋に似合わないスチームパンクなデジタル時計は午前2時丁度を指している。

 白い壁紙。

 フローリングの床。

 黄色のカーテン。

 どれも僕の記憶に無い。

 しかし自分は覚えている。

 奇妙で、どこか気持ちの悪い感覚だ。

 スチームパンクなデジタル時計は、親友からの誕生日プレゼントだったか。


 妙に濡れている気がして、寝間着の袖で額を拭って気付く。


「汗でベトベトじゃないか。」


 思わず口から文句がこぼれる。

 寝汗だろう。汗で肌とシャツが張り付き一層心地の悪さをあおる。


「糞っ。」


 わざわざ夜中にシャワーを浴びる気にもなれず、このまま横になって眠りにつくことにした。悪態をついてもいいだろう。

 ベッドに横になると、自分の頭について考え始めた。頭と言うよりは精神だろう。狂ってなどはいない。そう信じたい。

『本当に狂っている人間は、自分がそうであるとは気付けないものなんだよ。』

 そう、何かの本で呼んだ。

 いや、誰かから聞いたんだったか。

 もし気が狂っていると自覚している、と言い触らす人間がいるとすれば、それは概ね中学校の半ば辺りから発症するとなどと噂される、難病にかかっているのだろう。

 記憶が混濁させられ、粘土のようにこね回されたような気分はお世辞にもよい気分とは言えない。

 恨み言を言うならば誰に言おう。

 やはり神様にでも言うべきだろうか。

 しかし無宗教者の僕からすれば、そんなものは存在しないのだが。

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