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「押せば世界が破滅するとわかっているボタンを果たして人は押す事ができるのか、答えはノーでした。思った以上に、この世界には理性が残っていたようで」
立ち入り許可を受けているんだかなんだか知らないが、正面ゲートのセキュリティを自力でパスしたシオンは車庫の横に車を停めて母屋へと歩き出した。このセリカ、なんとなく全長が伸びたような気がする、加速時のフィーリングも変わっていたし
「中国、朝鮮連合軍は一時的に日本海側の主要都市をすべて占領しましたが、残念な事に日本の山を甘く見ていた。道が細い、橋が弱い、つーかうねりすぎ、とかやってる間に幹線道路を自衛隊に押さえられて、ぎゃあぎゃあやってたら更にアメリカ陸軍が押し寄せてきたんですよ。開戦から1ヶ月で敵軍は侵攻を断念、そのせいで日本海側の平野部という平野部が爆撃で穴ボコだらけになったんですが、そこはまぁアメリカ軍ってのはそういうもんなんで」
車庫の向こうの倉庫を通り過ぎ、司令部の入っている母屋が視界に入る。広い、かつて住んでいたうちの館を散々ネタにしておいてお前も十分広いじゃないか、とか考えながら歩を進め
「ヨーロッパ諸国の仲介もあって2ヶ月で停戦が成立、アメリカは同盟国の信頼を、中国は安全な撤兵を得ました。この2ヶ月と、いつ再開しても不思議ではないここまでの計4ヶ月、あらゆる核兵器はまったく使用されていません。最高指揮官が謎の死を遂げ、軍部が暴走し、そうするしか勝ち目のない朝鮮軍ですら、1発たりとも」
母屋を含む各棟はブロック塀で囲まれており、よく見ると内側に鉄板が貼り付いている。正面まで大きく迂回して塀を越えても正面側のみの短い塀がまた立ち塞がる。住人達は気軽に”家”と呼んでいたが、これは十分に基地である。もっとも、景観の問題からか有刺鉄線は無かったが
「だから最初の1発は我々が阻止して見せなければならない、発射ボタンを押したい気持ちを必死こいて踏ん張って我慢してくれたからこそ、第三者の介入は許す事が出来ない。……おっ」
まずシオンが塀の内側に到着、さっそく誰かを見つけたらしい。追って内側に入ると、透き通るような金髪の女性が洗濯物を広げていた
「ヘイ奥さん!調子はどうだい!」
「誰が奥さんだ!!」
民間軍事企業VLIC、日本第666小隊隊長のラファールはパーカーをやめてTシャツ1枚になっていた。下はカーゴパンツのままだが、こちらも裾は切り詰められている
「ん?」
「葛城明梨です…お久しぶりです……」
シオンの横に並び、明梨は軽くお辞儀した。それを見たラファールはお辞儀を返し、紫幼女のものと思しきショートパンツをカゴに戻す。左腕に着けたカシオのGPS時計で時刻を確認、母屋のドアを開けた
「遊びに来た訳じゃなさそうね」
ドアを開けたのにまた鉄柵がある、横のパネルに手をかざすと自動で開いた。壁にもやはり鉄板が仕込んであるのか、通路は意外と広くない
「あれからどう?持ち株の7割が紙クズになったってロイが抜け殻になってたけど」
「後で謝っといて……離脱したがってたのはあらかた離脱させたから、株の値段はたぶん今が最低値。来週から色々と回し出すから、ちょっとくらいは上がるかもね」
廊下の先は司令部だったが、中小企業のオフィスかってくらい紙束だらけである。一応注視しておくと、紙束の下にはバインダーとか戸棚とか、きっと1年前までは整理しようと努力していた後は見える。ざっと見、大事な書類は金庫行き、ヤバい書類は灰皿の上で着火、その他の紙ゴミが積み上げられているようだ。スキャナーとシュレッダーを置くだけで改善できそうなものだが
「なんだ?同窓会か?」
「まだ3ヶ月っすよ」
紙束の中心にはウィルがいた。ラファールは気温の変化に合わせて衣替えしていたが、こっちは相変わらずのシャツとジーンズ。変わったといえば、タバコがドイツ製から日本製になっている
「非番です?」
「非番はロイだよ、俺はまぁ電話番みたいなもんだ」
まぁ座れ、と隅っこのソファを指差された。が、シオンはそちらに向かわず、緑茶を準備するラファールに一言告げて奥の方へ
「ちょっとインプの様子を見に」
なんだよインプって、魔族か
「えっと……調子はどう?」
「儲かりすぎて嫌になってくるよ、いくら戦争中だからって買い物行くのにPMC雇うこたないだろ。反戦団体もやかましいし、もっともドンパチの最中は水族館のタカアシガニ並みに静かだったが」
「それどんな例え?」