3ヶ月後、日本
「っ……」
落ち着かない、とても柔らかい本革のシートも、7速までのシフトノブがあるのにクラッチペダルが見つからない足元もまったく落ち着かない、バカでかいハンドルを見つめながらルカは身をよじる。どうしてあんな事を言ってしまったのだろうと今更ながら後悔し、依頼人が消えていったボロアパートへ目を移した、動きはない
地球半周の豪華クルージング(途中寄港無し)ののち日本に帰って来てから3ヶ月、いや自分の部屋さえ決まらないまま追い出されたルカにとって帰って来たという表現は不適切だが、部隊が日常に回帰した事は間違いない。ちゃんとした休日が得られるようになって何をしたかと言えば、とりあえず普通自動車の免許を取ってみた。しかし家にある車両といえばストライカーICV装甲兵員輸送車と、毎日何かしらに使われ車庫にいることのないミニバンと、正宗がランエボの代替に買ってきたなんか青いスポーツカーと、車庫の隅っこでカバーをかけられたままの謎の車のみ。取ったはいいものの持て余していた免許証をどうしようかと悩んでいた所、今日割り当てられた仕事の依頼人が車を使うと言う。せっかくの機会だし「運転しますよ」なんて返してしまったのが運の尽き
じゃあ頼む、なんて指差された黄色い車、それが今乗っている正真正銘のイタリアンスーパーカー、ランボルギーニアヴェンタドールである。初対面の人間に運転させるもんじゃないだろと思ったが、相手は自分の素性を知っていたようだ。確かにこの程度の車、中学生の自転車ばりに手軽な扱いをしてきたが、過去との違いは自分が座っている場所、それに尽きる。こういうのは正宗とかシオンにやらせるべきである、車体前後に貼り付く若葉マークもそう言いたげだ
「お……」
出てきた、が、異変がある
依頼人の女性、セミロングの東洋人は幼稚園児くらいの子供を抱えており、母親らしきもう1人にすがりつかれている。時間をたっぷりかけてそれを諭し、子供を抱えたままアパートの階段を降りてきた。上にスライドするドアを開け、だが普通後部座席があるはずの場所にはエンジンが鎮座している、子供は依頼人の膝に乗った
「通報が来ていると勧告するだけのはずだったのだが…すまない、少し残業してくれ。最寄りの児童養護施設まで頼む」
「了解」
子供は明らかに殴られた痕がある、しばらくは依頼人の腹部にしがみついてえんえん泣いていたが、カーナビに従ってアヴェンタドールをノロノロさせているうちに疲れて眠ってしまった
「途上国よりはマシだが、こういう家庭は増え続けている。おまけに銃まで持ち始めて、もう止められんかもしれんな」
「まぁ、パトカーにショットガンが積まれてる状況じゃあ」
「強盗は減ったがな、おちおち家も回れない」
「でも素人ではないですよね、武道か実戦の経験があるように見えますが」
「ああ、世界中でこんなことをやっていると必要にもなる。特にソマリア、ショットガン1丁ではとても足りない」
目的地に到着、ここでいい、と車を降りながら言うのでルカも降りる。若葉マーク撤収、アヴェンタドールは格好良さを取り戻した
「また頼む事になるだろう、覚えておいてくれ」
「お待ちしています」
名刺を渡された。名前は周 彩玲、読めない
「ではな、知り合いから悪い噂を聞いていたが、落ちぶれ切っていないようで安心したよ」
依頼人は子供と共に去っていく。以前会っていただろうか、過去を知っているような口ぶりだったが
中国人、そう何人もいない、が
「中国……いい思い出ないな…」
携帯電話を取り出す、ウィルから着信があった。普段は仕事中に電話などかけてこないのだが、何があったかとすぐかけ直し
「急務ですか?」
『あぁルカくん?なんかよくわかんねーけど招集かけろって言われたからよ』