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「よしいいかい、まずロイヤルミルクティーっていうのは和製英語だ、イギリスにそんなものは無い。それを踏まえて貰って、日本におけるロイヤルミルクティー、つまりイギリス王室風ミルクティーとは水をまったく使わないミルクティーを指す。普通なら水で煮出した紅茶とホットミルクを半々で混ぜるところを、ホットミルクで茶葉を煮出すんだ。ただ本当に牛乳100パーセントでやるのはお勧めしない、僕はあれが美味しいとは思わない。まず茶葉を少量の熱湯で……」
エセックス車両格納庫では怒涛の紅茶講座が始まっていた、普段そう多く喋らないルカが何故かそこにあるカセットコンロと紅茶セットを超手際よく準備しつつ芸人ばりのマシンガントークで紅茶の淹れ方を解説しちゃったりしている。水密扉を開けて中に入った途端、左の隅で行われるそれにヒナはたじろぎ、「鍋は必ずステンレス!」とかいうのを背に右、ずらりと並ぶ棺桶くらいの箱を眺めて触ってにやにやするメルとネアのもとへ。
「何アレ…?」
「いやぁ複雑な紆余曲折があった訳じゃないんだよねぇ、"ロイヤルミルクティーが美味しく淹れられない"って一言だけでルカ講師が降臨したのです」
「そっちじゃなくて、いやそれもそうなんだけど、私が聞いてるのは生徒の方」
かなり大きめのタブレット端末でルカが紅茶を煮出す様を撮影する少女である。身長150cm半ば、腰にギリギリ届く長さがあるダークブルーの長髪を持つ。青と黒のチェック柄スカートと黒タイツを履き、グレーのセーターを着ているが、セーターはサイズが合っておらず、左右どちらかの肩が必ず露出する。セーターは黒のタンクトップの上から重ね着していて、さらにタンクトップの下ではコバルトブルーな下着のストラップがチラッチラしている。顔は無表情、ただし感情が見えない訳ではなく、キョトン顔の方が近いかもしれない。
「わかんない、宗谷岬まで補給に行ってきたLCAC(巨大ホバークラフト)の積荷ってのは確かだけど」
「ルカも何も知らない?」
「あれはただイギリス人の血が騒いでるだけだと思う」
少なくともこの艦にとって必要な人物であるらしい、密航者ならとうにつまみ出されている。そんな事より、と手招きするメルへ視線を戻し、ヒナも立ち並ぶ棺桶の前へ。
「こっちは何?」
「まぁまぁ」
見れば見るほど直立させた棺桶である、成人男性がぴったり収まる大きさで、蓋はヒンジ付き、小窓も付いている。小窓は実際開けてみると端子のターミナルで、その他背面をメインにLEDやら電源ケーブルが点在する。メルの取り付くものからふたつ隣の棺を眺めるネアは謎の少女など意にも介さず、ひたすらにやにやと笑っている。
「ご開帳ーー」
一体何なんだ、と思いながら、プシュンと音を立てて自動開放される蓋の奥を見、
本当に人間が入っていたのを確認した瞬間、ヒナは後ろへ吹っ飛んだ。
「ギャーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「ヒナちゃん、ヒナちゃん、死体じゃないよ」
「びゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
「例え死体だったとして見慣れてるでしょこんなの」
「それもそうね」
「バカで助かった」
バトルドールというらしい、生身の人間ではなく戦闘ロボットである。身長180cm、短い金髪でアメリカ軍のACU迷彩服を着せられている。目を閉じたままピクリとも動かず、どこからどう見てもご遺体なのだが、触ってみるとなるほど確かに、これは人間の肌ではない。
「使えんの?」
「これからみんなと協力してサーバーとのネットワークを構築する、それが終われば伏せお手おかわりなんでもござれだよ」
「そうじゃなくて……」
戦闘ロボットである以上、最も重要なのは戦闘力だ。破壊されても人が死なないのは確かに大きなメリットだが、がしょがしょ歩いて弾をばら撒くだけしかできないなら論外、流れ弾量産機が関の山だろう。
「いいんじゃないですか?デモ映像での動きは新兵よりややマシな程度でしたけど、ハードウェアに問題があるようには見えませんでした、そしたら後はソフトウェア次第」
と、メルに代わってネアが疑問に答える、口元に手を当て、相変わらずにやにやと笑いながら。
「人が死なない、訓練がいらない、いくらでも量産できる。良いものだと思いますよ、これは、とても」
「…………」
何か、含みがあるように聞こえたが、無駄に言及するのも何なので目線を外し。
「ミルクティー飲む人ーー」
「「はーーーーい」」
とりまロボットは置き去りにルカの所へ走っていく。




