17-1
外洋の波にエセックスの巨体は僅かながら揺さぶられている。現在オホーツク海を南下中、じきに宗谷海峡を通り日本海へ入る。
「ねえちょっとキッチン借りたりできないかしら?」
「いきなりどうした?朝食は口に合わなかったかな?」
「合わなかったから言ってんでしょうが、テーブルにタバスコ置いとけば許されると思ってない?思ってるわよね?」
ブリーフィングルームにまず入ってきたのは外ハネがある金髪の女性である、火の付いていないタバコをくわえた男性を引きつれている。彼女の部下はさっき食堂で見た限りはほぼ全員が今にも吐きそうな顔を、いや実際今頃吐いているだろうが、少なくとも両名は元気のようだ。港を離れてからそう経っていないため朝食は生鮮食材盛りだくさんだった、これからどんどん悪化していくのを考えると先が思いやられる。まぁ正午には陸へ向けて出発してしまうのでとりあえずはいいとしよう。
「はぁ…それで今日からは?」
「ウラジオストクだ、そこをスタート地点に中国領内入りを試みる。海兵隊は堂々と上陸作戦を行うが、我々は裏口からこっそり入るぞ」
「スポーツカー3台で爆音鳴らしながらこっそりか?」
溜息つきながら地図の広げられたテーブルの前に立ったラファールへアクリッドは告げる。換気扇直下に陣取りタバコの火を着けるウィルに言われつつも地図を指差し、シールズの方で立案したルートを見てもらう。
「あ゛ぁーー……ぉざまぁーーす……」
「ああシオン、君も見てくれ。どうした体調が悪いのか?」
「酔った訳じゃねーんですけど……なんか一晩寝てる間に肝臓撃たれて死んだような気がして……」
「何て?」
「ヒナメルも似たこと言ってたわ、ドラゴンやばかったって」
その間ブリーフィングルームへ入室した銀髪二つ結び、見てくれは船酔いしたように見えるものの足取りはしっかりしており、腹部を押さえながら隅のパイプ椅子へ。
「で?」
「現地の税関職員を買収してある、見てくれ無国籍な君達は普通に、武器と一緒に国境を越えてくれ。しかし俺達は駄目だ、見るからにアメリカ人っていうのはいくらだって誤魔化せるとしても、上層部のお歴々がな、できれば偵察もさせたい、できれば後方撹乱もさせたい、できれば安定したルートを確立したい、できれば……なんて言って、門番を買収したくらいで通れる荷物の量じゃなくなった」
「やっぱこっそり入る気無いよな」
「単一の任務しかできない戦力が許されない時代ですからねぇー、コストとの兼ね合いってやつでさぁ」
シオンの目を戻してアクリッドは説明する。要するに、先に行ってどうにかしろ、というのだ。なんでPMCが世界最強のキチガイ海兵のエスコートをせにゃならんのかって話だが、クレムリンでの働きはスリーシックスをシールズと同等の特殊部隊扱いさせるに十分だった。最初は気遣ってくれていたアクリッドも、格下に見るのはむしろ失礼、みたいな態度に変わっている。それを本人達が望んでいるかは別として。
「よし、出発はエセックスの海峡通過後、おそらく昼過ぎになる。それまでに準備をしてくれ。…お、ミスターアレクセイ、昨晩の話の通り、現地への口利きを頼む」
「ええ既に終えています、ロシア領内をシーホークが飛んでも文句は言われません。それと…空いた時間で良いので艦のキッチンを貸して頂けると助かるのですが」
「君もか」




