Air 4-3
「っ……」
服の端を引っ張られた
目に涙を溜めているのは相変わらずなのだがさっきまでのとはどうも意味が違う。エアのパーカーを指でつまんでふるふると首を振る少女を流し見、短く息を吐いて木の棒をその場に捨てた。楽しい思いをしすぎてピクリとも動かない少年3人は放っておき、ボロ布纏った少女の腕を引っ張って下山口へ
「ゃ……!」
動かない
「何故だ!!」
「ひゃぅ!」
そういえばさっきもそうだ、死ぬほど嫌なら普通逃げるだろう。ここに居続けたら地獄を見るのはわかっているはずなのに、マトモな言葉を発する事もなく、手を離すと小屋の横に戻っていく
「まぁ待て」
「うおぉ!?」
いい加減イライラし始めた所に突如として梢が現れる。後ろを振り返るとやたら図体のでかい日本車が2台、キャタピラを履いた運搬車両が1台停まっており、梢の部下、本人曰く”家の人間”が積んでいた機材を降ろし出している。それには目もくれず少女に歩み寄る梢。亜熱帯でも寒いものは寒いのか、アウトドアメーカー製の防風フリースを着込んでいる
「誰かそこの不幸な少年達を麓まで送って差し上げろ。……さてこれか」
改めて少女を見る。身長145センチ程度、栄養が足りていないのか健康そうな体格には見えない。真っ黒な髪の毛は肩に届かない長さの外ハネ、クセがあるのか手入れしていないからなのかは知らないが。全身にある痛々しいのは置いといて、そういえばこのボロ布、フードが付いている
「まだなんもわからんが、いわゆる黒孩子なのは間違いないだろうな」
「なんだそれは」
「定まった定義がある訳じゃないが、一言でまとめると”一人っ子政策を要因に戸籍登録がなされなかった中国人”の事だ。人口爆発による食糧危機やら何やらを避けるために生まれた超厳格な人口抑制策だったが、まず最初に起きた問題が…まぁあの子らみたいのだな、甘やかされて育った子供の自己中化。これは最終的に民族性みたいになっちまったなぁ」
部下に担がれて山を降りていく顔面ボコボコな少年達を指差し、梢は中国の歴史について語り出す。ここまで一切懐かなかったボロ布少女改め無戸籍少女、梢にも同じ反応をしたが、笑顔で頭を撫でられるといい加減警戒を解き始めた
「そして次に起きたのが無戸籍者の急増だ、特にこういうド田舎で。農業従事者にとって子供イコール労働力だからな、どうしても2人以上欲しくなる。だから最初の1人目だけ戸籍に登録して、それ以降は登録しない。そういう感じで増え続けた無戸籍者は政府が把握してるだけで1300万人、実際は何千万になるのやら。しかしそうなるとこうして捨てる理由がない、つーか捨てるんだったら普通、生まれた直後に、ゴミ箱だ」
ま、捨てられちゃったもんはしょうがないにゃー、と言いながら頭をぐりぐりやって、ポケットからアメを取り出した。が、それが食べ物であるとわかってもらえず、包装を解いて口に突っ込む
「シャワーボックス最優先で頼む!三班に連絡!状況を伝えておよそ必要と思われる物を持ってこさせろ!」
餌付けに成功した直後、梢は指揮官の顔になった。運搬車両から移動式トイレみたいな箱を降ろし、その周囲に水タンク、電気温水器、バッテリー
「凝るな」
「いやだって、必要だろ?」
「……まぁ必要だけど」
いやそれはどうでもいい
「どうするんだ?」
「エアちゃんはどうしたかったのん?」
「…………」
「考えなし」
「うるせえ」
シャワーが使用可能になるまでまだかかる、その前にどうしてもやらなければならない事、意思の疎通に取り掛かる。まずスマートフォンに翻訳アプリをダウンロード……できない、完全無欠の圏外であった。はいアウトー!とか言って梢は地面に寝転がり、結果、輸送三班の仕事が増える
「ニーハオ!」
「に…にーはお……」
「はい意思の疎通完了!シャワーまだー?」
「待てコラ」




