Air 4-2
「あぅ………」
エアの右足の下にいたのはボロ布を身に纏った女の子だった。体格から判断して年齢は10前後、当然ながら髪の色は黒だが、顔の特徴が普通の中国人、要するに漢民族とは僅かに違う。じゃあどこの民族なのかという話になるが、中国にいる少数民族は公式に分類されているものだけで55あり、ぱっと見での判断は不可能である
「捨て子かこれは?」
『ああ、いつものアレね』
別段珍しくもない、という風に電話の向こうの梢は言った。とにかく足をどけて、仰向けに寝転がるそいつの横にしゃがみ込む
『死にかけか?』
「そうでもないな、捨てられてから間違いなく1年以上。この小屋は……自分で作ったようには見えないが……」
と、間近で見てようやく気付く。殴られた痕がある
「ひぅ……」
肩に触れた瞬間にビクリと反応、構わず上体を引き起こす。怯えきった顔には黒い痣が2箇所、首には麻縄の模様。幸いながら両手両足の爪は全て付いていたが、一度も剥がされた事が無いかというのは保証できない。虐待、というか拷問めいたものを受けている、それもかなりの回数。改めて言うが、身につけているもの、周りにあるものすべてがボロッボロの、言うなればゴミである
しかし逃げない
「……梢」
『なーん?』
「インドあたりにあったよな、なんか生まれながらに身分が決まってて、最下層の人間はクソみたいな生活するとか」
『カースト制の事か?インドっつーかヒンドゥー教の習慣だな。教徒は4つの階級に分けられてて、就職やら結婚やらに制限が付けられるんだ。第二次大戦後のインド独立の時点で法律的には完全に禁止され、実際都市部では廃れ切りつつあるが…問題は国土の大部分を占める農村部だな。つか階級付けされてる連中はいいんだ、差別を受けるのはアウトカースト、不可触民っつー括り。ああちょっと興味が湧いたからって”カースト 差別”なんてワードで検索しようと思うなよ、胸糞悪い目にしか遭わん』
そう、それだ
ここは中国、仏教の国だ。インドにほど近い場所にあるものの、こういう点においてのみ国境とは非常に有能な存在である。線を一本越えただけで世界が違う
『つまりなんだ?その子はいぢめられてるのか?』
「そうとしか見えない」
『ふむ……本場のカースト差別ってのは虐待、暴行というよりは虐殺に分類されるタイプのやつだ、公的に許された、な。まだ五体満足で生きているってんならヒンドゥー絡みじゃないだろ。日本における穢多、非人とか、開戦前に限るがナチス政権時のユダヤ人とか、全世界おなじみスクールカーストとか。要するに、自分より身分の低い奴を作って、そいつを使ってストレス発散しよう、またはそうさせて不満を逸らそうという上からの操作。だにゃーん』
喋ってるうちに嫌になったのか、最後に梢は無理矢理ふざけた。今聞いた限りではこの少女はまだマシな扱いを受けているように見えてくるが
「ーーっ……!」
この通り、どす黒い痣のある頰を撫でるだけでこの世の終わりみたいに拒絶を示すのだ。十分、壮絶におかしい
「ん……」
背後でガサリと足音がした
ちらりと後ろを見る。この少女よりも少しだけ年齢の高い、少しだけマトモな服装をした少年が3人、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。常連なのは間違いなし、が、ゲスと言うにはまだ若い、何も考えずに楽しい事を求める、そういう時期にあたる歳
「……この山は使用可能だ、見晴らしもいい」
少女の頰から手を離し、焚き火跡の方に目を向ける。おそらく薪にするつもりだったろう木の棒がある、太さが若干心許ないが、まぁ余計な威力が出ないという点は評価すべきか
掴む
『ふふん。オッケーおっぱじめる』
声に出たのか、別の何かか、梢は察したように通話を切った。携帯電話をポーチにしまい、ぐるんと棒を回転させながら立ち上がった
相も変わらずガタガタと怯えている少女を、ちょっと横にどかし
「…………」
振り返った直後の目は、無意識に据わっていた




