丁度6年前の話
「何やっとんだお前」
そのオレンジは地面で仰向けになっていた
「見てわからんのか…行き倒れてるんだよ……」
雨の舞う曇天をじっと見つめながら細い声で言った。5歩歩いて近付く、踏みしめるたびに水浸しの地面が音を立てる。ビニール傘の範囲にそいつを入れて、それからしゃがみ込んだ。見た感じの年齢は中学生になったかどうか、性別女性、スポーツウェアみたいなぴっちりした服装をしていて、うち右肩には大穴が開いている。出血の度合いからして、あと1時間が山だろうか。
「助けて欲しいか?」
「別に……」
虚ろに空を眺めたままそいつは呟く。
「この地域…っつーかこの大陸の人間じゃないな、何これすっげー色」
欧米人のような東洋人のような、様々な遺伝子が混ざり合ったような肌色と、夕陽のような色、そんな表現がたまらなく似合うオレンジの髪だった。頭皮を覗き込んでみる、毛根までオレンジである。
「宇宙人?」
「そうならむしろわかりやすかったろうがな……」
自分で言って、それでピンと来た。人間のようなよくわからん何かを製造する施設が確かある、この近くに。
「ああお前さん、谷の下の研究所から逃げてきた奴か。捜索願が出てるぞ、生死を問わず、5万ドルだ」
「死体でよけりゃ好きにしろ……」
やれやれ、という意味を込めて息を吐き出す。少しの沈黙の後、透明の傘越しにそいつと同じ方を見てみた。相変わらずの雨だが雲は薄く、動きも速い。所々に穴が開いていて、光のカーテンがかかりつつある。
「…籠から出れば空に届くと思ってた…翼なんて無いっていうのにな……」
「……死ねば飛べると思うか?」
「さあな…でももうどっちでもいい…終わりでいい……」
急に雨が弱まる、あたり一帯に光が差し込み始めた。
天使が犬と少年を向かえにでも来たのか。
「終わりか、そうだな、その方が楽そうだ」
死にかけと同じくらい細い声で呟き立ち上がる。オレンジを跨いで歩を再開した、別段行き先も目的もある訳ではないが。
そのまま10歩、背後に変化はない。もう一度空を見てみる、僅かに開いていた雲の穴が、突風で大きく引き伸ばされて。
「わっ」
傘が吹き飛ばされる。
真後ろに高く舞い上がったそれを目で追う。行き倒れたままのオレンジをビニール傘が飛び越えて、その先に。
いるはずの無いモノがいた気がした。
「ぇ……?」
無論いるはずが無いのでそこには何も存在しない、今見えた気がした人間はつい先日に墓の下へ収まってしまった、ここにいる事はあり得ないのに。しばらくその虚空を眺め、くしゃりと頭をかく、傘は失ったが濡れていない。
まぁ、それもいいだろう。無意識に口から出た。
「おい」
再び行き倒れオレンジの枕元、ぐいっと顔を近付けニヤリと笑う。なんだよ、と気だるげに視線を向けられた。
「終わってない」
「は…?」
「戦えるんだろ?なら価値がある、あたしに付け」
「いきなり何言って……」
「もうどこまで行ってもこの世は止まった有様で。もう駄目だ、何をしたって変えられない、誰もがそうやって諦めて、口を開けば金金金」
何故なのかはわからないのだが。
「しまいにゃ家族が殺されて、なんかもうどうでもよくなってた。でも今ここでお前を見捨てていったら」
何か、それが。
「本当に何もかも終わっちまう気がするんだ」
最後の依代のような。
「だからもう少し、まだやれる事が残ってる、だから何もかも諦めちまうのは、もう少し待ってくれ」
手を差し出す。
「……どこぞのガキんちょにいきなり言われてもな…」
しばしじっと見つめ。
真っ白な右手を乗せてくれた。
「お前もガキんちょだろーが。名前は?」
「そんな洒落たものは……」
それを肩に回して担ぎ上げる、軽い。
「計画名なんだったか…確かEA?何の略だ?……んーまぁいい、じゃあこういうのはどうだ?」
よいしょ、と。
立ち上がる気のなかった奴を立ち上がらせ。
「エア」