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果たされない約束

作者: 白樺 小人




 卑怯者。嘘つき。裏切り者。乱暴者のいい加減者。臆病者。





 罵倒の言葉は、考えれば考えるほど沸いてくる。



 でも一番最後に伝えたかった言葉は……。



 一番返さなければなかった言葉は……もう、渡せない。





 黒い棺の中。


 色とりどりの花に囲まれた青白い顔に、見慣れていた笑みが浮かぶ事はもう無い。


 けれど目を閉じたその顔は、どこか満足そうに笑んでいるようにも見えた。


 頬を伝う感触に、唇が震える。


 何も持っていない手を、横たわる相手の頬にそっと添えた。


 手袋越しに伝わる、熱の失われた感覚。


 もう二度と、何も返すことも、返されることも無い。


 視界が歪む。


 何か言葉を口にしようと開くも、唇から音が漏れることなくただ戦慄くのみ。


 唇を噛み締め、嗚咽を堪える。


 ほんの少し、素直になればよかっただけだった。


 失われてしまえば、二度と同じものはかえってこない。


 それは物も命も同じ事。


 だからこそ、人は失うことを恐れる。


 失われる事に涙する。


 物語ならばいつか再び出会うことが出来ると簡単に語られる。


 そんなものは幻想だ。


 今すぐでなければ意味が無い。





 様々な約束をした。



 春の色とりどりに芽吹く季節、


 咲き乱れる桜や路地の花を共に歩き見に行く事



 夏の焼け付くような熱い日差し、


 鮮やかな緑の中を駆け抜け潮騒を聞きに行く事



 秋の鮮やかに色づいた紅葉、


 落ち葉を踏みしめ実りを共に味わう事



 冬の冷たく澄んだ空気の中を舞う雪、


 ぬくもりを分け合い手をつなぐ事



 そして、


 時間と共に色あせてゆく記憶を新しい思い出で上書きしていこう


 そう微笑みあって交わした約束。




 そんな日常ありふれた約束が、果たされることはもう無い。


 約束を果たす機会は永遠に失われた。




 触れていた手を離す。


 そして手に持っていた花を、ようやく棺に入れた。



 ごめんなさい、ありがとう、愛しているわ、愛していたわ……。



 どんな言葉を尽くしても、足りない。


 どんな言葉も、今となっては届かない。


 再び出会うことが出来ないのだから、届いたとしても意味がない。




 さようなら




 静かに眠る顔を、まぶたに焼き付けるかのように凝視する。




 そしてすべてを振り払うかのように、二度と振り返ることなくその場を去った。





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