つい出来心で
部室に入ったとき椅子に座っている天水と目が合った。彼女の手にはカップアイスがあり、木の平べったいスプーンを口にくわえたまま古泉の方を見ていた。双方、そのまま数秒間動かなかった。
古泉は机を挟んだ天水の正面の椅子に腰を下ろした。天水は頭だけを動かして古泉の動きを追った。頭以外は固まったまま、スプーンもくわえたままだ。カップの中身はほとんど残っていない。
「早く食べないと、とける」
そう言われて、天水はアイスの残りを口にしはじめた。古泉は両肘を机において、アイスを食べる天水をじっと見つめている。彼女の手が震えているのはアイスの冷たさのせいではないだろう。
アイスを食べ終わり、スプーンを空になったカップに入れた。古泉は天水を見据えて、
「さて、言い訳を聞こうか」
「ございません」
「潔い。手鎖五十日」
「言い訳を、させてください」
「どうぞ」
天水は軽く咳払いをした。
「まず、今日は猛暑日ですから学校に来るだけで汗をかいてしまいまして。講義中はエアコンがあるからいいとして、その反動で校舎からここまでの道がまさに筆舌に尽くしがたき暑さ」
「ほう」
「そしてやっとの思いでたどり着いたこの部室。エアコンの涼風を胸に思い浮かべながら扉を開けると、こもった熱気が私を襲った!」
「盛り上がってきた」
「灼熱という言葉のふさわしいこの部室で、リモコンを探すこと約二分。パソコンのマウスの横にその姿はあった。だれだこんなとこに置いたのは」
「私じゃないことは確かだ」
「ついにエアコンをつけた。だがそこには思いがけない落とし穴が」
一拍、間を置いた。天水は落ち着いた声音で続けた。
「エアコンをつけてもすぐに部屋は涼しくならない。それが誤算だった。そこで私は考えた。エアコンが効いてくるまで別の方法で涼をとろうと」
「その方法とは?」
「冷凍庫に頭をつっこむ」
天水は誇らしげな顔で言った。再び、沈黙がおとずれた。
「それで、開けてみたらアイスがあったと」
「うん」
「島流し」
「ヒドくなった! でも南の島とかなら大歓迎だよ」
「南極圏に送ってやる。涼しいだろうし」
「涼しいじゃ済まないよ」
「冷凍庫に頭を突っ込むっていう発想がもう、常人の域を超えてる。頭冷やした方がいいのは確かだけど」
「またまたあ、うまいこと言っちゃってー」
「反省してないね」
「してますとも、心から」
「猛暑日だという予報を見て昨日のうちに冷凍庫に入れておいた、今日唯一の楽しみだった私のアイスを食べたうえに苦しい言い訳をのうのうと垂れ流しておいて全く反省していないね?」
古泉の言葉は最初はゆっくりだったが、だんだん速くなっていった。
「かつてなく怒っていらっしゃる」
「おこってないですよ」
古泉は先ほどからまばたきをしていない。怖い。
天水は解決策を考えた。
「今から自販機でアイス買ってくるから、鎮まって」
「自販機のかあ」
ご満悦いただけないようだ。別のにしようと天水は思った。
「それなら、家に高いヤツがあるから」
「あの、乳脂肪分の高い?」
「そう、二つあるから」
「まあ、よかろう」
「あ、一つだけね」
「うん」
部活が終わったあと、古泉は帰路の近くにある天水の家に寄った。家に入ると、リビングで天水の姉がカップアイスを食べていた。天水がそれを指さして、
「お姉ちゃん、それ」
「ん、古泉ちゃんだ。こんにちは」
「はあ、こんにちは」
「お姉ちゃん、それ、冷凍庫にあったやつ?」
「そうだけど」
「私の!」
「いいでしょ、二つあったし」
その様子を見て、古泉は納得した。
「なるほど、これが天水家の血か」
しぶしぶといった様子で天水は古泉にアイスを渡した。天水の姉と一緒に食べた。
「夕食前にそういうの食べない」
天水の母が姉に言った。
「そーだそーだ。アイス返せー」
天水が便乗したが、アイスは返ってこない。天水の母に言われて、古泉は夕食をごちそうになった。