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第一話 家事やる気ない俺、年下の南国少女にイクメン候補育成指導される!?

家事を手伝おうとしない男は、今の時代でもかなり多くいることだろう。

東京都内某所、閑静な住宅街で家事上手な二人の姉に囲まれて育って来た遠藤家長男、高校一年生の隆靖たかやすもそんな面倒くさがりな男の一人だ。

           ☆

六月半ばのある木曜日の夕方五時半頃、遠藤家では普段と変わらず夕食準備が始まろうとしていた。

「ただいまー。今夜は肉じゃがと栗ご飯と、サンマの開きか」

 そんな時学校から帰って来た隆靖は、キッチンをちらっと覗いてリビングへ。

「牛肉と甘栗とサンマが安かったからね」

夕食はいつも母に加え、

「今回も肉じゃがにコーラ入れよっと」

「実帆子姉ちゃん、それは絶対やめてくれ」

「まあいいじゃん」

長女、大学一年生の実帆子みほこと、 

「ワタシもコーラ入れた方のが好みよ。タカヤス、文句あるなら自分で作ったら?」

「それは無理。俺、料理なんて全く出来ないし」

次女、高校二年生の絵里乃えりのが作ることになっている。朝食も同じだ。

二人とも学校で一二を争うほどの美少女ではないものの、垢抜けなく可愛らしい顔つきをしている。それゆえ隆靖はかなり恵まれた家庭環境にあるといえよう。

実帆子は今どきの女子大生っぽくほんのり茶髪に染めて、セミロングなふんわりウェーブにしているものの、まだ女子高生にも見られるあどけなさを残している。

絵里乃は丸顔&丸眼鏡で見た目は地味で大人しそうな感じだが、まさにその通り。いつも花柄リボンで束ねている濡れ羽色の髪の毛は、今日のように大抵一日中ボサッと寝癖が付いている。背丈は一六〇センチちょっとで、実帆子より三センチほど高い。

「隆靖もお料理手伝ってくれたらいいのに。せめて晩ご飯だけでも。今やイケメンよりもイクメンが求められる時代になってるんだから」

「母さん、ワイドショー信じ過ぎ。男は今でも家事なんてあまり出来る必要ないだろ」

「隆靖、そんな亭主関白的なこと言ってると千晃ちあきちゃんに嫌われちゃうわよ」

「それはないと思う」

 千晃ちゃんとは、お隣に住む隆靖と同級生の幼馴染だ。フルネームは埴岡千晃。幼小中高、学校もずっと同じである。

「隆靖、あたしは家事出来る男の子の方が好きよ」

実帆子がそう主張した、その直後。

遠藤家に異変が――。

「家事手伝おうとしない日本男児発見っ! この遠なんとかさん宅に決めたぁっ!」

 突然、一人の少女が大声で叫んで、運動靴を履いたまま裏庭に通じる窓からリビングへ入り込んで来たのだ。

「だっ、誰だ?」 

「外国人かしら?」

 ぽかんとなる隆靖と母。

「南国少女だ。どこの国から来たん?」

「この子、かわいい♪」

 実帆子と絵里乃はうっとりした眼差しでその少女のお顔をじーっと眺める。

背丈は一四〇センチあるかどうか。丸顔、ぱっちりとした鳶色の瞳。褐色の肌が南国育ちっぽさを漂わせ、ほんのり茶色なボサッとしたカールヘアをハイビスカスの赤いお花付きカチューシャで飾っているのも特徴的だった。服装は紺地にカラフルな鳥達の刺繍が施された半袖ブラウスと花柄ミニ巻きスカート。黒のニーソックスも穿いていた。さらに、大きなリュックを背負い、右手にトロピカルなデザインのトートバッグを持っていた。

「こんばんは。あの、藪から棒で悪いのですが、隆靖という日本男児に、イクメン候補育成指導したいので、これから日曜日まで、遠なんとかさん宅でホームステイさせてくれませんか?」

仄かにパイナップルの香りもしたその少女は、流暢な日本語でいきなりこんなお願いをしてくる。 

「そうねえ、どうしましょう」

「母さん、悩むことなくダメに決まってるだろ。こんなどこの誰か分からない子」

 隆靖は困惑顔だ。

「申し遅れました。アタシ、家事手伝おうとしない不届きな日本男児にイクメン候補育成指導をしたく、今年の春インドネシアから日本へ留学して来ました、ポニャメラ・ピュロポンパと申します。私立慶蔭けいいん女子中学の一年生です」

 爽やかな笑顔&明るい声で自己紹介すると、 

「あらそうなの! 慶蔭ってお嬢様学校じゃない」

 母は好印象を持ったようだ。

「ポニャちゃん日本語上手」

 実帆子に褒められ、

「ポニャメラちゃん、賢いね」

 絵里乃ににこっと微笑まれ、

「いやぁ、それほどでも。一般生徒より筆記試験の負担が軽い留学生特別枠で入ったし。日本語も七歳の時から五年以上習ってるけど、ようやく小学校四年生レベルの漢字が不自由なく読めるようになったとこだし」

 ポニャメラは嬉しがって照れ笑いした。

「慶蔭の子なら、ホームステイさせても良さそうね」

「母さん、冷静に考えてくれ」

 隆靖は焦り気味にこう意見するも、

「お母さん、この子をホームステイさせてあげて」

「ママ、ポニャちゃんはイクメン候補育成指導してくれるようだし、隆靖の将来のためにもなるわよ」

 絵里乃と実帆子の説得により、

「OKよ。ポニャメラちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」

 母はあっさり許可を出してしまった。

「ありがとうございますお母様。契約成立ですね」

「どういたしまして。ちなみに苗字の読み方は遠藤よ。日本ではよくある苗字よ」

「エンドウですね。覚えておきます」

「おいおい、普通に受け入れるのかよ」

 隆靖はかなり迷惑がっているようだ。

「よかったねポニャちゃん、隆靖のことよろしくね」

「はい! 部活の活動先が決まって嬉しい♪」

「部活?」

 実帆子はきょとんとなる。

「慶蔭には、家事やる気ない男の子に、イクメン候補育成指導することが目的の部活、イクメンみらい部というのが去年の春創部されたんです。そのことを去年の九月、小六の時の担任から聞かされたアタシは、慶蔭に留学することに即決めました。アタシの両親も快く賛成してくれました。アタシの故郷の島では、男の人も家事育児に携わることが当たり前なんです。紀元前の大昔からそうだったそうです。日本は今でこそ男の人も家事育児に積極的になって来てはいるようですが、そうでない男の人もまだまだ多くいると聞きまして、家事上手な日本男児を一人でも多く増やしたいと思ったの」

 ポニャメラは生き生きとした表情で伝える。

「素晴らしい心構えね。ポニャちゃんは今、慶蔭の学生寮に住んでるんかな?」

「いえ、家族のうち両親といっしょに日本へ引っ越して来ました。妹、弟と祖父母は向こうにいます」

「そうなんだ。この近くなん?」

「はい、わりと近いですよ。同じ市内ですし。和風建築の一軒家に住んでます」

「ポニャメラちゃん、おウチ帰らないとご両親が心配するんじゃ」

「それはパパママ、顧問の先生にも事前に伝えてるから大丈夫だよ隆靖お兄ちゃん」

「それでも帰った方がいいと思うけど」

「タカヤス、そう言わずに。タカヤスは来週月曜に調理実習があるし、ポニャメラちゃんに指導してもらえることになって好都合でしょ」

 絵里乃は隆靖の肩をポンッと叩く。

「俺は調理は特に手伝うつもりはないから。最後の後片付けくらいだな。同じ班の女子もそれだけしてくれるだけでいいって言ってたし」

「アタシ、今かなりイラッとしたよ。隆靖お兄ちゃんは本当に不届き者だね」

 ポニャメラにしかめっ面で指摘され、

「いやぁ、調理実習やる気ないってだけで不届き者って。同じクラスの男子は大抵そんなだろうし」

 隆靖は気まずそうに言い訳する。

「まったく、日本男児と来たら。アタシの故郷でそんな考えだったら村八分だよ。アタシ、泊めてもらうお礼に手土産を持って来ています。アタシの故郷の名産品の数々です。昨日故郷のおウチから送られて来たばかりですよ」

ポニャメラはパイナップル、マンゴー、スターフルーツ、ドラゴンフルーツ、チョコレート、コーヒー、タピオカゼリー、ココナッツミルクなどなど、南国らしい土産物をリュックから取り出す。箱詰めされたものには葉っぱや何かの木や花を現したような形の文字、アルファベット二通り、計三ヶ国語で商品名と説明書きがされていた。

「英語とインドネシア語と、もう一つの独特な形の文字はポニャメラちゃんの故郷で使われてる言語かな?」

「その通りです隆靖お兄ちゃん。この独特な形のはアタシの故郷で昔使われていたブンゴクッコ語です。今は日常的に話す人はいませんが、伝承すべき文字文化として普段使ってるインドネシア語や英語と共に商品名や看板などに表記されることが多いです。小学校でも四年生から習いますよ」

「日本のアイヌ語や琉球語みたいなものか」

「ポニャちゃんの故郷の古語、格好いい文字ね」

「ワタシもこの文字気に入ったわ。異世界ファンタジーラノベに出てきそう」

「複雑で難しい文字ね。母さんには覚えられないわ」

「アタシはひらがなカタカナ漢字がある日本語よりは簡単だと思っています。これから日曜日までよろしくね、隆靖お兄ちゃん。隆靖お兄ちゃんが将来的には立派なイクメンパパとなれるよう、とりあえずカジメンになってくれるように指導していくから」

「べつにそんなことしてくれなくてもいいんだけど……」

 動揺する隆靖に、

「隆靖、期間限定だけど妹が出来て嬉しいでしょう?」

 母はにこにこ顔で問いかける。

「いや、べつに」

「隆靖お兄ちゃん、アタシもお兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいよ。さてと、顧問の先生に連絡しておこう」

 ポニャメラは携帯電話をスカートポケットから取り出し、さっそく連絡。

「先生、活動先が決まりました」

『あら、決まったの!』

「はい、高校生の男の子がいる遠藤さんというお宅です。ご家族の方も快くアタシを歓迎してくれました」

『それはよかったね。でも本来、依頼された方の中から先生が家庭訪問をしてゴーサインを出したご家庭へ赴くものよ。ピュロポンパさんったら飛び込み営業みたいに勝手に探しに行っちゃうんだから』

「いち早く活動したかったので」

『その意気込みは素晴らしいけど、ピュロポンパさんがしたことは軽はずみでとても危険な行動よ。日本はピュロポンパさんの故郷の島よりも治安がずっと悪いからね。もし悪い人がいるご家庭だったら大変な目に遭わされてた可能性もあるのよ』

「すみません、今後は気をつけます。では先生、また明日」

 ポニャメラは嬉しそうに電話を切った。

「慶蔭のホームページに、イクメンみらい部員への依頼連絡先が載ってるのね。家事を全然手伝ってくれない小学五年生から高校生までの男のお子様をお持ちの方へ。私達、慶蔭イクメンみらい部員がご指導致しますって書いてあるわ。まさに隆靖にぴったりね」

 実帆子は自分の携帯でネットに繋ぎ調べてみた。

「何とも迷惑な部活だな」

 隆靖は苦笑い。 

「昨年度は夏休みを中心に全部で十六件の依頼があって、お母様方には大好評だったみたいですよ。隆靖お兄ちゃん、その制服、よく見たら都立翠比丘すいびおか高校、翠高のじゃん。隆靖お兄ちゃん、翠高生なの! すごい! その高校、慶蔭よりも入るのが難しいってアタシのお友達が言ってたよ。隆靖お兄ちゃんはとっても賢いんですね」

「それほどでもないよ。翠高よりもっと難しい高校も、都内でもけっこうあるし」

 隆靖は謙遜する。照れくさいのか、ポニャメラと目を合わせられなかった。

「隆靖はお勉強は出来る賢い子なんだけどね、家事が全然ダメで。そこをなんとかして欲しいわ」 

母は微笑みながらそう伝える。

「はいっ! お任せ下さいお母様! これから四日間で息子さんを立派なイクメン候補へ責任を持って育てますので。あの、ところで、ここ入る直前に耳にした、千晃ちゃんってどんな感じの子ですか?」

「隆靖の将来のお嫁さん候補よ」

 実帆子が即答する。

「実帆子姉ちゃん、それは違うから」

「おう! 許婚がいるのですね。アタシの故郷では狭い島ゆえ幼馴染婚は普通ですよ」

「ポニャメラちゃん、信じないで」

 隆靖が困惑顔でそう言った直後。

「こんばんはー、隆靖くんにポニャメラちゃんという新しい妹が出来たと先ほど絵里乃ちゃんからのメールで知り、飛んで来ました」

 千晃がやや興奮気味な様子で遠藤宅を訪れて来た。丸顔ぱっちり垂れ目な高校生としては少し幼く見えるおっとりのんびりとした雰囲気の子で、ふんわりとしたほんのり茶色な髪をミディアムストレートにしている。

「おう! 日本のことわざ『噂をすれば影がさす』通りですね。こちらのお姉さんが千晃ちゃんっていう隆靖お兄ちゃんの将来のお嫁さん候補ですね」

 ポニャメラに初対面でこう突っ込まれ、

「いやぁ、その話はまだまだ早いよ。この子がポニャメラちゃんかぁ。見るからに家事の出来そうなしっかり者の妹さんっぽくって憧れます。あの、ポニャメラちゃん、私の妹にもなってくれませんか?」

 千晃はけっこう照れてしまう。

「もちろんOKです。千晃お姉ちゃんのおかげでますます隆靖お兄ちゃんへの指導に気合が入って来たわっ!」

 ポニャメラはウィンクして快く応じ、両拳をぎゅっと握りしめた。

「千晃ちゃんは、家事が出来る男の子とそうでないの、どっちがいいかな?」

 母はこんな質問をしてみる。

「それはもちろん家事が出来る方です!」

 千晃はほとんど間を置かずにっこり笑顔できっぱりと答える。

「千晃お姉ちゃんもそう望んでることだし、ではさっそく、洗濯物を取り込んで畳む作業から始めましょう」

「えー、ちょっと待て」

 隆靖はポニャメラに容赦なく肩をむんずとつかまれる。

「隆靖くん、頑張って家事上手な男の子になってね。ではまた」

 千晃はそう言い残し、自分のおウチへ帰っていった。

「なんで俺がこんなことを……」

「これから日曜日まで、家事の全てを隆靖お兄ちゃんに任せるからね。よいしょっ!」

「そりゃないだろ。なっ、なあ母さん、この子に何か言ってやって」

 隆靖はポニャメラに背後から抱きかかえられ、リビングの裏庭に通じる窓の方へ連れて行かれる。一七〇センチ近くある隆靖は体を揺さぶって抵抗するも、敵わなかった。

「隆靖、ポニャメラちゃんの言うことしっかり聞くのよ」

「タカヤス、家事頑張ってね」

「隆靖頑張れー。ポニャちゃんちっちゃくて細いのにすごい力ね」

「おい、おい」

「そりゃアタシ、幼い頃から家事手伝ってて、故郷にいた頃は毎日のようにジャングルを駆け回り海や川で泳ぎ回ってて、部活でもぎっちり詰め込んだ買い物袋を両手で持ったり米袋担いで走ったりして筋トレに励んでるからね。並みの日本の高校生の男の子以上の力は付いてるよ。柔道経験もあるし。さあ隆靖お兄ちゃん、さっさとやりなさい」

「分かったから下ろせって」

 こりゃ逆らえないな、と不覚にも恐怖心を感じてしまった隆靖は大人しく裏庭に出て、

「また雨降ってるし。傘いらないくらいだけど」

「隆靖お兄ちゃん、急いで」

干されていた洗濯物を取り込む。いつもは母か姉二人が担当している作業だ。

「隆靖、みんなの分の洗濯物を分けて畳んでね」

 母からこう要求される。

「分かった、分かった。これが俺のだな」

 隆靖はソファに腰掛け、面倒くさそうに作業をし始める。

「隆靖お兄ちゃん、雑過ぎ。もっときれいに畳まなきゃ」

「適当でいいだろ。どうせまた着るんだから」

「しわになっちゃうでしょ」

 ポニャメラはふくれっ面で反論。

「気にするほどのことでもないだろ。これは、絵里乃姉ちゃんの下着か」

 水玉模様柄のかわいらしいショーツが出て来て、隆靖は思わず手を引っ込める。

「絵里乃姉ちゃん、実帆子姉ちゃん、下着を俺に畳まれてもいいのか?」

「もっちろん♪」

 実帆子は元気よく答える。

「ワタシも、タカヤスのトランクス普通に畳んでるし、気にならないよ」

 絵里乃も快く承諾した。

「そうなのか。うわっ、絵里乃姉ちゃんの服のボタンが取れた」

「お気に入りの服なのに。タカヤス、丁寧に扱ってね」

 絵里乃はむーっとふくれる。

「俺ボタンには触ってないし、ボタンが寿命が来たんだろ。母さん、ボタン付けてあげて」

「分かったわ。母さんに任せて」

「お母様、それも隆靖お兄ちゃんにやらせるべきでしょう」

 ポニャメラが意見すると、

「そうねえ、隆靖にやらせましょう」

 母はすぐに賛成してしまった。

「俺、ボタン付けなんてやったことないし」

「隆靖お兄ちゃん、小中学校の時、家庭科でやらなかったの? 日本では習うんでしょ?」

「授業ではあったけど……とにかく付けりゃいいんだろ」

「隆靖、これどうぞ」

母はリビングのタンスから裁縫セットを取り出し、ローテーブル上に置く。

「まず針に糸を通せばいいんだよな」

 隆靖がこう呟いたその直後、

「こんばんはー、イクメン候補育成指導の、ポニャメラさんという南国系のお嬢さんが隆靖さん宅に来ていると千晃さんから聞き、会いたくて来ちゃいました」

 もう一人、女の子が遠藤宅を訪れて来た。リビングへお邪魔させてもらう。この子は千晃の幼稚園時代からの幼友達、公文史緒里くもん しおりだ。背丈は一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色なショートボブヘア。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、東大に毎年三名程度の現役合格者を出す翠比丘高校の新入生テストと一学期中間テストでも共に総合五位を取った正真正銘の優等生なのだ。

「はじめましてポニャメラさん、わたし、千晃さんの親友の公文史緒里です」

「はじめまして史緒里お姉ちゃん、こちらこそよろしくね」

「はい、よろしくです。隆靖さん、頑張ってますね」

「あの、公文さん、悪いけどボタン付け、代わりにやってくれないか?」

「隆靖お兄ちゃん、人に頼っちゃダメッ!」

「ポニャメラさんのおっしゃる通りですね。ここは隆靖さん一人で頑張らなきゃダメです」

「そんなっ、授業でやった時は黙ってても快くやってくれたのに」

「隆靖お兄ちゃん、史緒里お姉ちゃんにやってもらってたんだ」

 ポニャメラはくすっと微笑む。

「そうだ。小中共にな」

 隆靖はきっぱりと認める。

「服のボタン付けを女の子に手伝ってもらうなんて、裁縫も得意な男ばかりのアタシの故郷じゃ、表を出歩けないほどの恥だよ、隆靖お兄ちゃん♪」

 ポニャメラに小バカにされ大笑いされても、

「ここは日本だからな」

 隆靖は気にもしてないようだ。

「史緒里ちゃんは、家事や育児に快く協力してくれる男の人とそうでないの、どっちがいいと思う?」

「それはもちろん、快く協力してくれる方だな」

 実帆子からの質問に、史緒里は悩むことなく即答する。

「隆靖、史緒里ちゃんもそういう男の人の方がいいって言ってるわよ」

 実帆子は隆靖の方を向いて伝える。

「あっ、そう」

 隆靖は適当にあしらった。

「隆靖さん、将来イクメンパパとして活躍出来るよう、高校生の今のうちから家事の出来る男になって下さいね。カジメンはイクメンの始まりですから」

 史緒里はそう言い残して、遠藤宅をあとにした。

「やっぱ難しい。あいてっ! 針が指に刺さった」

 隆靖は引き続きボタン付けに苦戦。

「頑張ってタカヤス」

「隆靖、頑張れーっ!」

 絵里乃と実帆子はすぐ側で応援してくれる。

 数分後、

「なんとか出来たぞ絵里乃姉ちゃん。またすぐに外れそうな感じだけどな」

 隆靖がボタンを付けた服を手渡すと、

「これでじゅうぶん。ありがとうタカヤス」

 絵里乃は嬉しそうににっこり微笑んでくれた。

(喜んでくれたみたいだな)

 隆靖は達成感を得られたようだ。

 それからさらに五分ほどが経ち、

「やっと片付いたぁ」

 家族みんなの分の洗濯物を畳み終えると、

「さて、次は夕飯作りよ」

 一息つく間もなくポニャメラからうなじをガシッと捕まれこう命令される。

「その前にトイレ行かせて」

「それじゃ、先に済ませといで」

 ポニャメラに手を放してもらえ、隆靖はトイレへ駆けていった。

(なんだよあの子は。いきなり俺んちに入って来て家事上手な日本男児を増やすためにイクメン候補育成指導するとか)

 不満に思いながら用を足している最中、

「隆靖お兄ちゃん、おウチでも立ちションなんだ」

「うわぁっ!」

 ポニャメラに扉を開けられ、勝手に入り込まれてしまった。

「妹やお姉ちゃんのいる男の子は、周りに飛び散らないようにおしっこする時も座ってやるように言われる家庭は多いみたいだけど、隆靖お兄ちゃんはそう言われなかったみたいだね」

「その通りだけど、覗くなよ。気が散るから早く出て行って」

 隆靖が困惑顔で注意すると、

「はーい」

 ポニャメラは大人しく出て行ってくれ、きちんと扉も閉めてくれた。

「鍵掛けとけば良かった」

 水を流し、隆靖は決まり悪そうにトイレから出る。

 隣の洗面所で手洗いを済ませ、キッチンへ。

 テーブル上に手付かずの食材がいろいろ並べられていた。

「隆靖お兄ちゃん、まずは栗の皮を剥いてみてね」

「分かった、分かった」

 隆靖は包丁を右手に取り、左手に栗を持った。

「かったいな。いってぇっ!」

 尖った部分を切り取ろうとして、手が滑ってしまう。指先から血が少し流れた。

「タカヤス、こんなこともあろうかと用意しておいたよ」

 すぐに絵里乃が駆け寄って来て、かわいい動物さん柄の絆創膏を貼ってくれた。

「もう嫌になった」

 隆靖は不満を呟く。

「隆靖お兄ちゃん、頑張れ!」

 ポニャメラはそんな彼を励ますように爽やか笑顔でエールを送ってあげた。

「包丁なんて今まで使ったことないし、実帆子姉ちゃんと絵里乃姉ちゃん、母さん、手伝ってくれ」

「今回は無理」

「ポニャちゃんから手出ししちゃダメってさっき隆靖がトイレ行ってる時に言われたの」

「隆靖、今日は一人で頑張ってみなさい」

 絵里乃と実帆子と母はにっこり笑顔で言う。

「そんなっ。栗の皮、どうすれば簡単に剥けるか、母さんなら裏技知ってるだろ」

「知ってるけど、自分で発見することも大事よ」

「ケチだな母さん。こうなったら」

 困った隆靖は自分の携帯から千晃の携帯に連絡して訊いてみた。

『栗の皮の剥き方?』

「ああ。俺今、夕飯作りさせられてて、教えて欲しいんだ」

『大変だね隆靖くん、栗の皮は茹でてから剥けば簡単に剥けるよ』

「そっか。ありがとう千晃ちゃん、あとついでにじゃがいも剥く裏技も教えてくれたら嬉しい」

『じゃがいもさんは、まず切れ目を少し入れて、茹でてから氷水に十秒くらい漬けると剥きやすくなるよ』

「そうやればいいのか。ありがとう」

『どういたしまして』

「それじゃ」

 電話を切った後、隆靖は栗とじゃがいもを別々のお鍋に入れ火をつけ、ほぼ同時に沸かし始める。

沸くまでの間に無洗米を計量カップで六合量って炊飯器の内釜に移し、水をお米が浸るくらいまでと昆布を入れて炊飯器にセット。さらに醤油、みりん、料理酒、塩を入れた。

「隆靖お兄ちゃん、作り方知ってるんだね」

「まあ、栗ご飯の作り方は中学の頃、家庭科のテストで出たことがあるから」

「そういうわけかぁ。今も覚えてるなんてすごいね。でも、分量適当過ぎない?」

「それは特に気にする必要ないと思う」

「大いにあると思うけど。あっ、隆靖お兄ちゃん、栗さん、茹で上がってるよ」

「もうか」

 隆靖は栗を鍋から取り出すと硬い皮を雑に剥いていき、炊飯器に放り込んでいく。

 蓋を閉めて炊飯スイッチを押すと、隆靖はじゃがいもを入れた方も火を止め、これもまた雑に剥いていく。続いて魚焼きグリルにサンマを並べ、点火。

「隆靖お兄ちゃん、焼き上がるの待ってる間にお風呂も沸かしてね」

「分かった、分かった。ああ、面倒くさい」

 隆靖は浴室へ向かい、そのまま浴槽に栓をして蛇口を捻ろうとしたら、

「待って。お水入れる前に、まず浴槽を洗ってからね」

 ポニャメラに腕をつかまれ阻止された。

「べつにそのまま入れてもいいと思うんだけど」

「昨日の汚れがついてるからダメだよ」

「はい、はい」

 隆靖はしぶしぶ栓を外して浴槽に洗剤をかけてブラシで擦り、シャワーで洗い流してから再び栓をしお水を入れ始めた。

程よい所まで水が浸るのを待っている最中、

「隆靖お兄ちゃん、サンマさんが焦げかけてるよーっ」

「えっ、もう?」

 ポニャメラから伝えられ、隆靖は慌ててキッチンへ。

「危ねえ、もう数十秒放って置いたら真っ黒焦げになってたな。っていうか姉ちゃん達火止めてくれてもよかったのに」

「隆靖お兄ちゃん、お母様とお姉さんの大変さがよく分かったでしょ?」

「まあな」

「さあ、次はお野菜と果物を切っていこう! 肉じゃがといったらタマネギ、にんじん、糸こんにゃく、パパイヤ、パイナップル、マンゴー、バナナが必要だね」

「ポニャメラちゃん、日本では肉じゃがにパパイヤとパイナップルとマンゴーとバナナは普通入れないよ」

「そうなの? アタシんちで肉じゃが作る時はいつも入れてるよ」

「タカヤス、材料揃ってることだしポニャメラちゃんの言う通りにしてあげて」

「たまには変わったのを入れるのもいいよね。隆靖、お料理頑張って。あたしレポート課題済ませてくるから」

「ワタシも宿題してこよっと。タカヤス、怪我と火の元に気をつけてね」

「分かった、分かった。あっ、風呂忘れてたっ!」

 隆靖は再び浴室へ向かい、

「ちょっと入り過ぎたか」

蛇口を止めて給湯器の操作ボタンを押し、キッチンへ。

「ポニャメラちゃん、豚肉は食べても大丈夫なのか? インドネシア出身らしいけど」

「はい、大丈夫ですよ。アタシはイスラム教徒ではないので。アタシの故郷の島ではパラオとの国境に近く文化もそっち寄りなので、イスラム教徒はいないようです。自然崇拝者やキリスト教徒が多いよ」

「そうか。ポニャメラちゃん日本語七歳から習ってるみたいだけど、ポニャメラちゃんの故郷は、日本語教育も盛んなのか?」

「はい、かなり盛んです。学校でも小学二年生から必修になってるし。アタシの故郷は超親日的な方が多いですよ。なんといっても昔日本から委任統治されていた時、インフラがかなり良くなったそうですから」

「ポニャメラちゃんの故郷も委任統治領内だったのか」

「今では日本へ旅行する人も多いよ。アタシも日本へ慶蔭の入試受けに行く以前にも五回訪れたことがあるよ。五回とも家族旅行だよ」

「けっこう日本へ来てたんだな。どこを回ったの?」

「富士山に、京都・奈良・南紀・伊勢神宮、北海道、沖縄、別府・阿蘇山・長崎だな。首都の東京は入試の時が初訪問♪」

 隆靖とポニャメラ、楽しそうに会話を弾ませていると、

「隆靖ぅー、作り終わったらガスの元栓締めるの忘れないようにねー」

 母からこんな注意が。

「分かってるって母さん」

その後も隆靖はポニャメラの監視のもと、不器用ながらも夕食作りをこなしていった。

同じ頃、埴岡宅では千晃も母の夕食作りを手伝っていた。

「千晃、このお魚捌いて切り身にしてくれる?」 

「お母さん、このお魚さんは怖くて触れないよ。なんで頭ついたままのを買うの?」

「千晃、将来は隆靖ちゃんのお嫁さんになるんだから、これくらいのことはそろそろ出来るようにならなきゃ」

「お母さん、その話はまだ早いよ。それに、お魚さんの下処理は心配しなくても隆靖くんがやってくれるようになるって」

 千晃は照れ笑いして、母の肩をペチぺチ叩く。

「あらあら」

 母はにこにこ微笑んだ。

    ※

 遠藤宅キッチン。隆靖は肉じゃが、サンマの開き、栗ご飯の三品を家族五人分+ポニャメラの分も何とか作り終え、テーブルに並べ終えた頃には午後七時過ぎ。

「ただいまー、隆靖にイクメン候補育成指導をする斬新な女の子が来てるんだってね」

 それからほどなく、私立中高一貫校の数学教師を勤める父帰宅。

「はじめましてお父様。アタシ、今日から日曜日まで泊り込みで息子さん、隆靖お兄ちゃんのイクメン候補育成指導をすることになりました、ポニャメラ・ピュロポンパです」

「どうも、どうも。隆靖のことよろしくね」

 父はぺこりとお辞儀する。 

「父さん、いいのか?」

「べつにいいんじゃないかな? 慶蔭の子らしいし」

 父はハハッと笑う。

「お父様からも認めてもらえて嬉しいな」

 ポニャメラは満面の笑みを浮かべた。

「今日の夕飯、全体的にやけにいびつな形だな」

「全部俺が作ったというか作らされたんだ」

 隆靖は苦笑いで伝えた。

「ああ、それでか。まあおれが作ったら確実にこれより遥かに悪い出来になるな」

「お父様は、家事をしたことはないみたいですね」

「そうなんだポニャメラちゃん。学生時代は一人暮らししてたけど、学食やコンビニ弁当ばかりで料理なんてやった経験ほとんどないな。今は家事、母さんや娘が全部やってくれるし」

「お父様、それではいけませんよ。アタシの故郷じゃあまりにも家事を手伝おうとしない男は重罪とされ、イリエワニの泳ぐ川やトラやニシキヘビやキングコブラのいるジャングルに放り込まれる刑が課されますよ」

 ポニャメラはやや険しい表情で注意する。

「ハハハッ。ここは日本だしなぁ」

 父は決まり悪そうに笑い、洗面所へ逃げていった。

 七時一五分頃から、遠藤家の夕食の団欒が始まる。

「隆靖の手料理もなかなか美味しいわ」

「ありがとう実帆子姉ちゃん」

「でも栗の皮が完璧に取れてないのも多いわねー。野菜と果物も大き過ぎだし中までしっかり熱が通ってないし」

「母さん、そこはスルーしといてくれ」

「タカヤス、初めて作ったわりには、よく出来てると思うよ」

「母さんや実帆子や絵里乃が作った時と変わらないくらい美味いぞ隆靖」

「隆靖お兄ちゃん、味はそれほど悪くないから、あとは包丁の使い方をマスターしていこうね」

 母以外は高評価してくれたようだ。

「肉じゃがに南国フルーツ、意外によく合うわね」

「ワタシもそう思う」

「母さんもよ」

「俺も、そう思った」

「おれもだな」

「そうでしょう」

 ポニャメラは得意げに微笑む。

「南国フルーツ入りの肉じゃが、コーラ入れるとますます美味しくなりそうね」

「実帆子姉ちゃん、それは絶対ないと思う」

「アタシの故郷で作られる肉じゃがは、お砂糖代わりにチョコレートを入れることもありますが、日本の肉じゃがは、コーラも入れるんですね」

「そうよポニャちゃん、日本の肉じゃがはコーラ入りが普通なの」

「ポニャメラちゃん、コーラ入れるのは普通じゃないからな」

 隆靖はすかさず突っ込む。

「おれも、肉じゃがにコーラを入れるのは邪道だと思う。んっ、なんか体が急にズシッて来たぞ」

 父は何か違和感を覚えたようだ。

「うわぁっ!」

 父の向かいに座る隆靖はあっと驚く。

「あっ、豪太郎、おウチで留守番しててって言ったのに。早く離れてあげなさい」

 ポニャメラが注意した。

 なんと、オランウータンが父の背中にしがみ付いていたのだ。

 豪太郎はウホォッ! と低い雄たけびを上げ、すみやかに父の背中から離れた。

「あっ、どうも」

 父は至って冷静だった。

「この子もかわいい♪」

「豪太郎ってお名前、日本的ね」

「ポニャちゃんのペット?」

 絵里乃と母と実帆子も同じく。

「正式にはペットではないです。そもそもオランウータンをペットにすることは法律で禁止されています。この子、アタシの故郷のおウチ近くのジャングルによく現れる野生のオランウータンなんだけど、ゴールデンウィークに一回帰省して、また日本へ戻って来た時にこっそりついて来ちゃったの。今はアタシの日本のおウチに住まわせてるけど、夏休みに故郷へ返すつもりよ」

「あらら。やっぱバナナが好きなん?」

 実帆子が尋ねる。

「日本に来てからは握り寿司の方が好きになっちゃったみたい。特に大トロとウニとイクラとアワビ。飲み物は玉露が大好きなの。エンゲル係数に響いてアタシの両親ちょっと困ってるよ」

 ポニャメラは苦笑いを浮かべて伝えた。

 ウフォ。

 豪太郎は俯いて、どこか申し訳なさそうにしているように見えた。

「ゴウちゃんはオスだよね?」

 今度は絵里乃が尋ねる。

「はい、名前の通りオスですよ。豪太郎、早くアタシんちに帰りなさい。人に見つからないようにね」

 ウッフォ、フォ。

 豪太郎はリビングの窓から大人しく外へ出て行ってくれたようである。

「豪ちゃんまだ子どものオランウータンだよね? お母さんと離れて寂しくないんかな?」

 実帆子は少し心配そうにする。

「パソコンのスカ○プを通じて毎日故郷のお母さんとジャングルの仲間達とも顔合わせてるから、全然寂しくないみたい」

 ポニャメラは苦笑いを浮かべて伝えた。

「そっか」

 実帆子はその光景を想像して思わず笑ってしまう。

「ゴウちゃんは癒し系ね。ごちそうさま」

「絵里乃お姉ちゃん、もういいの? まだ半分以上残ってるけど」

「うん、来週から始まる水泳授業に向けてダイエット中だから。タカヤスの手料理が不味かったわけじゃないよ」

 絵里乃はそう伝えて席を立ち、リビングへ。

「絵里乃お姉ちゃんはアタシの故郷の基準じゃ全然太ってないよ。むしろ痩せてるよ」

 ポニャメラはにっこり笑顔でそう言うも、

「ここは日本だから」

 絵里乃はこう主張してトイレへ逃げて行った。

      ※

みんな夕食を食べ終えた後、

「さてと、お父様と隆靖お兄ちゃんで食器洗いを手伝ってもらいましょう」

ポニャメラがそう告げると、

「おれが食器洗いをすると絶対お皿が割れちゃうからな」

 リビングでソファにゆったり腰掛け楽天・巨人戦のプロ野球試合を眺めていた父は、すばやく立ち上がってこう言い訳して書斎へ逃げていった。

「パパ情けなぁ」

 実帆子は父の後ろ姿を見送りながら微笑み顔で呟く。

「お父様逃げちゃったかぁ。アタシの故郷であんな態度とったら即離婚されちゃうよ。あの、お母様、お父様が家事を手伝ってくれないこと、不満に思ってますよね?」

「いや。むしろありがたいわ。遠藤先生が料理とかすると、後始末が大変になっちゃうから。餃子を焼いてフライパンをダメにしたこともあるし」

 母はにっこり笑顔で伝える。

「パパはお料理だけじゃなく機械や工作も苦手なの。物理や数学の知識は豊富だけど、パソコンやAV機器全然使いこなせてないよ。大学で数学を専攻したのは実験がなくて楽そうだったからって言ってた」

 実帆子は加えて伝えた。

「ありゃま。そういうわけで隆靖お兄ちゃん、一人でお願いね」

「はいはい」

「助かるわ」

 その作業を普段担当している母はリビングでソファに腰掛け、のんびりとバラエティ番組を視聴。

「隆靖お兄ちゃん、もっとしっかり擦らなきゃ汚れ落ちないよ!」

「あー、もううるさい」

隆靖はポニャメラにすぐ側で監視されながら食器洗いをこなしていく。

そんな中、

「お風呂入ってくるね」

「ポニャちゃんもいっしょに入ろっ!」

 絵里乃と実帆子はそう伝えて脱衣室兼洗面所へ向かっていく。

 この二人はしょっちゅういっしょに入っているのだ。

「それじゃ、そうさせてもらうね」

「ポニャメラちゃんのパジャマも用意してあるわよ」

 母が手渡してくる。

「おウチから持って来てたけど、お母様が用意して下さってるのなら、そちらを使わせてもらいますね」

 ポニャメラは半袖アジサイ柄のを受け取ったのち、リビングに置きっぱなしのマイバックから下着などを取り出し、いっしょに洗面所兼脱衣室へ向かっていった。

「実帆子お姉ちゃんのおっぱい、すごく柔らかいね」

「もうポニャメラちゃん、くすぐったいな」

「ごめんなさーい」 

「ワタシも大学生になる頃には、ミホコお姉さんくらいの大きさになってて欲しいな」

「絵里乃お姉ちゃんならきっとなれるよ。アタシ、ハイビスカスの香りのシャンプー持って来てたの。使ってみる?」

「うん、使わせてもらうね」

「あたしも使わせてもらうよ。ポニャちゃん、体すごく柔らかそう。前屈で膝曲げずに手のひら床に付く?」

 実帆子はすっぽんぽんになったポニャメラのつるぺたな体をじーっと眺める。

「はい、それくらいなら楽に出来るよ」

 ポニャメラが前屈すると、両手のひらが余裕で床に付いた。

「おう、すごい。あたしは指先までしか届かないよ」

「ワタシもそこが限界」

「アタシ足はここまで上がるよ」

 ポニャメラは右足を高く上げると耳に付き、つま先を頭の上まで持っていくことも出来てしまった。

「あとこれも出来るよ」

続けて開脚前屈をしてみせた。

「ポニャちゃんすご過ぎ。一八〇度余裕で越えてるわ」

「バレリーナみたい」

 実帆子と絵里乃はパチパチ拍手する。

「そんなにすごいかなぁ? アタシの故郷ではこれくらい出来る子他にもいっぱいいるよ」

 ポニャメラは照れ笑いだ。

 この三人が浴室へ入った頃に、

(食器洗いって、想像以上に重労働だな)

 隆靖は食器洗いを終えた。彼はそのあとは自室へ。

 机に向かい、古文の予習に取り組み始めてから二〇分くらいが経った頃、

「隆靖お兄ちゃんのお部屋、拝見させてね」

 お風呂上りのポニャメラがノックもせずに勝手に入り込んで来た。

「まあいいけど、普通過ぎると思うよ」

隆靖の自室は約八帖のフローリング。出入口扉側から見て左の一番奥、窓際に設置されてある学習机の上は教科書・参考書類やノート、筆記用具、プリント類、CDラジカセ、携帯型ゲーム機やそれ対応のソフトなどが乱雑に散りばめられてはおらず、きちんと整理されている。彼の几帳面さが窺えた。

机備え付けの本立てには今学校で使用している教科書類の他、地球儀や、動物・昆虫・恐竜・乗り物・天体・植物などの図鑑といった、隆靖の幼少期に母が買い与えてくれた物も並べられてあった。机の一メートルほど手前には、幅七〇センチ奥行き三〇センチ高さ一.五メートルほどのサイズの本棚が配置されている。そこには三大週刊少年誌連載のコミックスが合わせて百冊くらい並べられていた。

「男の子のお部屋のわりに、けっこうきれいに片付いてるね」

「俺が学校行ってる間に母さんが掃除してくれるからな」

「隆靖お兄ちゃん、自分の部屋の掃除は自分でやらなきゃダメよ」

「べつにいいじゃないか」

「隆靖お兄ちゃんはエッチな本は持ってないのかな?」

 ポニャメラは勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「持ってないって」

「日本の男の子は大半が持ってるって聞いたんだけどな。それじゃ、携帯やパソコンにエッチな画像をデータ化してるのかな?」

 今度は隆靖の携帯を手に取って確認してくる。

「それもないって」

 隆靖は呆れ気味にサッと取り返した。

「隆靖お兄ちゃん、ごめんね」

 ポニャメラはにこっと笑う。

「あの、もうこれ以上俺の部屋物色するのはやめて欲しいな」

「あっ、テストが出て来た。数学Ⅰ九一点に化学八九。やっぱり賢いね。アタシは数学も理科も苦手だよ」

「あの、ポニャメラちゃん、聞いてる? プライバシーの侵害だから」

「家庭科のテストも出て来た。中三三学期末、すごい! 満点だ。調理実習とか被服の知識あるみたいなのにやけに苦戦してたね」

「筆記試験と実践は別物だから」

「通知表も出て来た。中学の頃のだね。五教科はオール5だけど、副教科が平凡なオール3だ」

「実技系は全般的に苦手なんだ。筆記試験は得意だけど」

「そっか。隆靖お兄ちゃんらしいね。隆靖お兄ちゃんはプラモとか作らないの? 万国共通、男の子はそういうの好きな子多いでしょ」

「特に興味持たなかったな。俺、創作は苦手だから」

「あららら」

 隆靖とポニャメラ、こんなやり取りをしていると、

「おーい、隆靖くーん、ポニャメラちゃん」

 窓の外から千晃の声が。

千晃のお部屋と、隆靖のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「あっ、千晃ちゃん」

「やっほー千晃お姉ちゃん、お部屋そこだったんですね」

「うん。十年以上前からそうなってるよ」

「千晃ちゃん、ポニャメラちゃんが俺の部屋勝手に荒らしてくるんだけど、何か言ってやってくれないか?」

「隆靖くん、妹っていうのはお兄ちゃんのこといろいろ知りたいものなんだよ。私もお兄ちゃんがいたら、お部屋を勝手に詳しく調べると思うなぁ」

「俺、ポニャメラちゃんのお兄ちゃんじゃないし」

「千晃お姉ちゃん、いいこと言うね」

「ポニャメラちゃん、隆靖くんはエッチな本は絶対持ってないから安心してね。ではまた」

 千晃はそう伝えて窓を閉めた。

「ねえ隆靖お兄ちゃん、千晃お姉ちゃんは本当に隆靖お兄ちゃんの彼女じゃないの?」

 ポニャメラはにこにこ顔で問いかけてくる。

「ああ。ただの幼馴染の友達なんだ」  

 隆靖はこの質問にすっかり慣れているかのように即答した。

「そっか。の○太くんとし○かちゃんみたいな関係ってわけか。ひょっとして、毎朝起こしに来てくれるとか?」

「それはないな。アニメやゲームの世界じゃあるまいし」

「ありゃりゃ。それは期待外れだよ。キスはもうした?」

「するわけないって」

「俯きながら答えてるとこが怪しいな。絶対してるでしょ。正直に答えて」

「してない、してない」

「これはしてるなぁ。お顔に書いてあるよ」

 ポニャメラはにやっと笑う。

「だからしてないって。それよりポニャメラちゃん、さっきからパンツがまる見えに」

 隆靖は俯き加減のまま気まずそうに伝えた。

「もう、隆靖お兄ちゃんったら。エッチ♪」

 胡坐をかくような姿勢で隆靖のベッドに座っていたポニャメラは、冷静に正座姿勢へ変えて照れ笑いする。

「俺は見る気はなかったって」

パパイヤ柄ショーツをついつい五秒以上は凝視してしまった隆靖がこう言い訳したその矢先、

「あっ、この音は顧問の先生からの電話だ」

 ポニャメラの携帯の着信音が鳴り響く。ポニャメラは手に取るとすぐに通話ボタンを押した。

『ピュロポンパさん、家事手伝おうとしない男の子へのイクメン候補育成指導、ちゃんとやれてる?』

「はい、真面目で素直で心優しくてすごく指導しやすいお兄ちゃんだったよ。嫌々ながらも一生懸命やってくれてるし、このお兄ちゃんは絶対カジメン・イクメン力伸びるよ。それに本当のお兄ちゃんみたいなの」

『それはよかったわね。何か困った事はない?』

「今のところないです。それでは先生、また明日」

 ポニャメラは嬉しそうに伝えて電話を切る。

「隆靖お兄ちゃん、ひょっとして照れてる?」

「いや、全然」

「そうには思えないなぁ」

 微笑みながらそう突っ込んで隆靖のほっぺたをぷにぷに押す。

「照れてないから」

 隆靖はすぐにポニャメラの手首を掴んで引き離した。

 その直後に、また着信音が。さっきとは違うメロディーだ。

「今度はママからだ」

 ポニャメラはまたすぐに通話ボタンを押す。

『ポニャメラ、豪太郎ちゃんが身振り手振り鳴き声で伝えてくれたけど、お世話になることになったおウチでけっこう楽しめてるみたいね』

「うん! 家族みんなすごく良い人達だったよ」

『それはよかったね。ママも安心出来たわ』

『ポニャメラ、家事やる気ないという不届きで怠惰な日本男児を改心させて、一人前にしろよー』

 父に電話が代わる。ワイルドかつ陽気な声で話しかけて来た。

「頑張るよ。それじゃ、ママ、パパ、日曜に帰るね」

 ポニャメラはこう伝えて電話を切る。

「ご両親も流暢な日本語話すんだな」

「故郷にいた頃はインドネシア語で話してたけど、日本へ来てからは極力日本語を使うようにしてるよ」

「そうなのか」

「タカヤス、お母さんもお風呂上がったから早く入っちゃって」

 絵里乃が廊下から叫んで知らせてくる。

「分かった。ポニャメラちゃん、俺の部屋これ以上荒らさないようにね」

「はーい」

   ※

(ポニャメラちゃん、中一のわりには幼くてなかなか無邪気で可愛らしい女の子だな。俺に本当に妹が出来たみたい。部屋荒らされて苛立ったけど、なんか怒るに怒れないよ)

隆靖がこう思いながら湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところ、

「やっほー、隆靖お兄ちゃん」

ポニャメラがすっぽんぽん姿で入り込んで来た。

「うわぉあっ!」

隆靖はびっくり仰天する。

「お邪魔するね」

 ポニャメラはさっそく湯船に飛び込んで来て、隆靖と向かい合った。

「……二度風呂しに来たのか」

 隆靖は当然のように迷惑がる。

「あれからまた隆靖お兄ちゃんのお部屋漁って埃被っちゃったからね」

 ポニャメラはにっこり微笑んだ。

「おいおい。ポニャメラちゃんもう中学生なんだし、いくら小学生みたいな体でも俺といっしょに入るのはまずいだろ」

まだつるぺたな幼児体型のポニャメラ、隆靖は当然、欲情するはずも無い。

「アタシ今もパパと入ってるから全然まずくないよ」

「絵里乃姉ちゃんは小四、実帆子姉ちゃんは小五の時には父さんといっしょに入るの卒業してたぞ」

「隆靖お兄ちゃんのお姉ちゃんは隆靖お兄ちゃんのお姉ちゃん。アタシはアタシだもん」

「ポニャメラちゃんの同い年の女の子で、父さんといっしょに風呂入ってる子なんてもういないと思うよ」

「いるよ。お友達にもまだ入ってるって言ってた子がいるもん。それにアタシの故郷じゃ家族風呂が普通だよ」

 ポニャメラはにっこり笑いながら主張する。

和秀かずひでは、女の子は一般的に十歳を境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるって言ってたけど、ポニャメラちゃんはまだまだそうならなそうだな)

隆靖が幼稚園時代からの幼友達の言っていたことを思い出し、複雑な心境に陥っていると、

「おーい、隆靖くーん。ポニャメラちゃーん」

 窓の外からこんな声が。

 千晃だった。

「あっ、千晃ちゃんも今入ってたんだ」

 隆靖は湯船に浸かったまま呟いた。

「やっほーっ、千晃お姉ちゃん♪」

 ポニャメラはバスタブ縁に上って窓から顔を出し、千晃に向かって嬉しそうに叫ぶ。

「やっほー」

 千晃は嬉しそうに振り返してあげた。

遠藤宅の浴室と、埴岡宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっているのだ。

「そういえば今日の数学で、方程式っていうの習ったよ」

「そっか。俺も中一で習ったよ。ポニャメラちゃんの学校は一学期で習うのか。さすが私立」

「計算が面倒でめちゃくちゃ難しいよ」

「そうかな? 俺は苦労した覚えないけど」

「いいなあ隆靖お兄ちゃん。さすが中学の数学満点ばっかり取ってただけはあるね」

「ポニャメラちゃん、俺のテスト勝手に見ないでね」

「ごめんなさーい」

 隆靖がポニャメラとそんな会話を弾ませていたら、

「やっほー、ポニャメラちゃんに隆靖」

 実帆子が入って来た。薄手のバスタオルを肩から膝上にかけて巻いた状態で。

「実帆子お姉ちゃんだぁ!」

 ポニャメラは大喜び。

「実帆子姉ちゃんまで入ってくるなよ。俺、もう上がるね」

 隆靖は何とも居心地悪く感じたようだ。

「じゃあアタシも上がるぅ」

「あたしは少し浸かってから上がるよ」

 実帆子は隆靖に続いて浴室から出て、洗面所兼脱衣室へ。

「しっかり拭かないと風邪引くよ」

「ありがとう隆靖お兄ちゃん」

 全身まだ少し濡れたままパパイヤのイラストがプリントされたトロピカルな柄のショーツを穿こうとしたポニャメラの髪の毛や体を、隆靖はバスタオルでしっかり拭いてあげる。ポニャメラの裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。

「その子どもっぽいパジャマももう卒業した方がいいかも」

「まだまだ着たいよ」

「キャラ物の服って、大人になってもけっこう着たくなるものよ」

「実帆子姉ちゃん、まだ上がって来るなよ」

 ちょうどトランクスを穿いている最中の隆靖はとっさに実帆子から目を背ける。

「実帆子お姉ちゃん、日本のことわざでカラスの行水だね」

 ポニャメラはお気に入りの暗闇で光るフォトプリントパジャマを着て、リビングへ。母といっしょにソファに腰掛けバラエティ番組を視聴する。

「母さん、俺が入ってる時にポニャメラちゃんと実帆子姉ちゃん入らせるの引き留めて欲しかったな」

「べつにいいじゃない。ポニャメラちゃんは子どもだし、実帆子はタオル巻いてたでしょ」

「確かにそうだけどさぁ」  

 隆靖がキッチンテーブル横で呆れた気分で冷蔵庫から取り出した麦茶を飲んでいると、

「隆靖、ちゃんと大人扱いしてあげたでしょ」

 実帆子が下着姿で彼の目の前に姿を現した。

「……」

 隆靖は呆れ果てて何も返答せず。

「ポニャメラちゃん、お泊りするお部屋、狭くて悪いけど絵里乃のお部屋でいいかな?」

 母がこう問いかけると、

「はいっ! もちろんです。べつに外でも構わないですよ」 

ポニャメラは快く承諾した。

「そういうわけにはいかないわ」

母が申し訳なさそうにそう言った直後、

「おい母さん、洗面所にナメクジが出たから、取ってくれないか?」

 最後に風呂に入ろうとした父からこんな伝言が。

「はいはーい。今日雨けっこう降ったのが効いたみたいね」

 母はすっくと立ち上がり、快くビニール袋とティッシュペーパーを用意する。

「このご家庭では、ナメクジを退治するのはお母様の役目なんですか?」

「ああ、昔からな」

 隆靖が答える。

「それは男の子がやるべきですよ」

 ポニャメラは強く主張。

「それじゃ、今回は隆靖に任せようかしら?」

「えー。それはちょっと……」

「隆靖お兄ちゃん、よろしくね」

「隆靖、頑張れ」

 父は爽やかな笑顔で応援する。

「頑張らなきゃいけないのは第一発見者の父さんの方だと思うけど。しょうがない」

 隆靖は億劫そうにティッシュペーパーを十組二十枚ほど重ねて掴み、もう片方の手にビニール袋を持ち洗面所へ。

「日本のナメクジ、しかと拝見♪」

ポニャメラも後に続いた。

「でかいな」

「ちっちゃいね」

「いやでかいだろ?」

「アタシの島のナメクジは十センチ以上は優にあるよ」

「それは恐ろし過ぎる」

隆靖は壁を這っていた体長五センチほどのナメクジをおっかなびっくり掴み、ティッシュの中へ潜り込ませた。そしてそれをすばやくビニール袋へ入れ、固く縛る。

 これにて作業完了。

「隆靖、よく出来たね。次からナメクジ退治はずっと隆靖に頼もうかしら」

 母はにやりと微笑む。

「勘弁して。二度とやりたくねえ。寿命が縮む」

 隆靖は心拍数がけっこう上がっていた。

「ナメクジは確かに気味悪いよね。あたしもめっちゃ苦手だ」

 実帆子は同情してくれる。

「アタシもナメクジさん見るのはいいけど退治するのは無理。かわいそうだもん。それじゃ、絵里乃お姉ちゃんのお部屋おじゃまさせてもらうね」

ポニャメラはわくわく気分で絵里乃のお部屋へ。

「すごーい! お店みたい」

 一目見てこんな第一印象。本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌まで並べられてあったのだ。DVD/ブルーレイレコーダーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンも。

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「ポニャメラちゃん、引いちゃったかな?」

 ちょうどベッドに寝転がってラノベを読んでいた絵里乃は、アハッと笑って尋ねる。初対面の人にこの部屋を見られるのは恥ずかしく感じているようだ。

「いえいえ、むしろすごく好感が持てたよ。アタシのお部屋も絵里乃お姉ちゃんほどじゃないけどオタクっぽいし。アタシも日本のお友達に影響されて、こういう系のアニメやマンガやラノベが大好きになったの」

 ポニャメラはにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「そうなの! めっちゃ嬉しい♪」

 絵里乃は仲間意識が強く芽生えたようだ。

「アタシもとっても嬉しいです」

「チアキちゃんのお部屋は、ごく普通の女の子っぽいよ」

「千晃お姉ちゃんのお部屋、見てみたいな。頼んでみよう。おーい、千晃お姉ちゃーん」

 ポニャメラはこのお部屋の窓から斜め向かいに大声で叫ぶ。

「なーに? ポニャメラちゃん」

 千晃はすぐに気付いて窓から顔を出してくれた。

「今から千晃お姉ちゃんのお部屋、お邪魔しに行っていい?」

「はい、もちろん喜んで。おいで」

 快く承諾してくれ、

「ありがとう。どんなお部屋か楽しみ♪ こっから屋根飛び越えて行こうかな」

「ポニャメラちゃん、危ないから絶対ダメだよ。玄関から入ってね」

「冗談、冗談。飛び越えれそうなほどは近くないしね。それじゃ、すぐ行くね」

ポニャメラはわくわく気分で埴岡宅へ移動し、千晃のお部屋へおじゃまさせてもらった。

「おう! まさに女の子のお部屋って感じ♪」

「そうかなぁ?」

約七帖のフローリング。ピンク色カーテンで水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルやタンバリン、小型ピアノ、ヴァイオリン、フルート、オカリナなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはオルゴールやビーズアクセサリー、可愛らしいお人形やぬいぐるみなどがたくさん飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「千晃お姉ちゃん、楽器が得意みたいね」

「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」

「そうなんだ! アタシ、千晃お姉ちゃんの演奏聞きたいなぁ」

 ポニャメラからこうお願いされると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

 千晃は快くそれを手にとって、メリーさんのひつじを演奏してあげた。

「めちゃくちゃ上手よ」

 ポニャメラにうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

 千晃は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾いてー」

「分かった」

次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。

「とっても上手。次はヴァイオリン弾いてっ!」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「千晃ちゃん、謙遜し過ぎ」

「じゃあ、きらきら星を弾いてみるね」

 千晃は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

 最初の一節を演奏してみて、

「どうかな?」

 千晃は苦笑いで問う。

「……上手でしたよ」

 ポニャメラは三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

 千晃はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にしちゃダメ。アタシもヴァイオリン全然弾けないから」

 ポニャメラが慰めるようにそう打ち明けた直後、 

「チアキちゃんは、これが理由で中学の時、吹奏楽部には入らなかったんだって。高校でも入るつもりはないみたい。他の楽器は上手いのに勿体無いよね」

「ヴァイオリンもあたしよりは上手よ」

 絵里乃と実帆子が絵里乃の自室から叫んで伝えた。あの演奏がしっかり聞こえていたようだ。

「私、練習厳しいのは嫌だから。見学はしてみたけど、翠高の顧問の音楽の先生もすごく怖かったし、芸術選択で音楽選ばなくて正解だったよ。楽器演奏は趣味だけに留めとくのが私には合ってるよ」

「チアキちゃんらしいな」

 絵里乃はにっこり微笑む。

「私、気の弱い子だから……きゃっ、きゃあっ!」

 千晃は照れ笑いした。その直後に悲鳴を上げる。

「どうしたの? 千晃お姉ちゃん」

 ポニャメラが問いかけると、

「あそこ、ゴキブリィッ!」

 千晃はとっさにポニャメラに抱きついた。

「千晃お姉ちゃん、落ち着いて。ちっちゃいでしょ」

 ポニャメラはにっこり笑う。

「ちっちゃくないよぅ。すっごく大きいよぅ」

 千晃は慌てふためいていた。

「千晃お姉ちゃん本当に気の弱い子だね。日本のゴキブリはこの程度でも大物扱いかぁ。アタシの故郷のゴキブリは十センチ以上はないと大物扱いされないよ」

 ポニャメラはしゃがみ込み、四センチくらいのそいつを楽しそうに観察する。

「千晃ちゃーん、あたしが今すぐ退治しに行ってあげるよ」

 実帆子は嬉しそうに伝えた。

「待って実帆子お姉ちゃん、ここは隆靖お兄ちゃんに任せましょう!」

「それはいい案かも」

「そうね。タカヤスにやってもらいましょう」

 実帆子と絵里乃は快く賛同した。

「今ここにいるポニャメラちゃんに今すぐ退治してもらいたいんだけど……隆靖くーん、ゴキブリさんが出たのーっ! 大至急私のお部屋まで来て退治して」

 千晃はベランダに出て、向かいの隆靖に助けを求めた。

「また出たのか」

 隆靖はやや困惑。彼もゴキブリは苦手なのだ。

「隆靖、これ、殺虫剤よ」

 実帆子が隆靖のお部屋へ移動して来て手渡してくる。

「用意早いな」

 隆靖は受け取ると、すぐに自分のお部屋から出て行った。

     □

「ゴキブリくらいでそんなに騒がなくても。どこにいるの?」

 それから一分ほどで千晃のお部屋へ到着。

「あそこ、あそこ、窓のすぐ横」

 千晃は蒼ざめた顔で指を指して伝える。

「あれか」

 隆靖は狙いを定め、凍らせるタイプの殺虫剤をブシャーッと噴射した。

「逃げられたか。すばやっ!」

 しかし外してしまった。

「きゃぁっ! 近寄って来た」

 千晃は飛び上がってベッドの上へ避難。

 ゴキブリは床をちょこまか這いずり回る。

「動きがますます速くなったような……今度こそ」

 隆靖は恐る恐るもう一吹き。

 今度は見事捉えることが出来た。

「死んだようだな」 

 隆靖は凍り付いたがまだ辛うじて生きてはいるであろうゴキブリを、何重にも束ねたティッシュペーパーで掴んでビニール袋に詰め、かたく縛って退治完了。

「隆靖くんありがとう、さすが男の子だね」

「……どういたしまして」

千晃にぎゅっと強く抱きつかれ、隆靖はちょっぴり照れくさがる。

「タカヤス、おめでとう」

「隆靖、よく出来たね」

 絵里乃と実帆子は隆靖の自室からパチパチ拍手する。一部始終を眺めていたようだ。

「千晃ちゃん、このお部屋でお菓子食べるのやめたら二度と出なくなると思うよ」

 隆靖はこうアドバイス。

「そう言われても」

「千晃お姉ちゃんも、ゴキブリくらい余裕で退治出来るようになれなきゃ、将来立派なママになれないよ」

「申し訳ないですポニャメラちゃん、虫さんは全般的に苦手で」

「千晃お姉ちゃんがゴキブリを克服出来るように、この死んだゴキブリ、このお部屋のごみ箱に捨てようかな」

 ポニャメラは隆靖の手に持たれたビニール袋を指さしながらにやりと笑う。

「それは絶対ダメーッ! 甦って袋から出て来そうだもん」

 千晃は表情を引き攣らせ大声で拒否した。

「ごめん、ごめん。千晃お姉ちゃんのゴキブリ嫌いは相当なようですね」

「早くそれ持って帰って。それじゃ、おやすみなさーい」

「おやすみ千晃お姉ちゃん」

「じゃあまた」

 こうしてポニャメラと隆靖は埴岡宅をあとにした。

 ゴキブリを入れたビニール袋は、遠藤宅キッチン隅に置かれたごみ箱に捨てた。

今、時刻は午後九時五〇分頃。隆靖は自室に戻って数学の予習を再開。

「ポニャメラちゃん、もう少し音小さくしてね」

「はーい」

ポニャメラは隆靖所有のアクション系テレビゲームで遊び始めた。

それから五分もしないうちに、

「隆靖くーん、ポニャメラちゃーん、助けてー」

 また千晃の叫び声が。

「今度は何?」

 隆靖はそう言いながらベランダに出た。

「豪太郎くんが私のパンツを」

 豪太郎が千晃お気に入りの水玉ショーツを楽しそうにブンブン振り回して遊んでいたのだ。

「どうしよう」

 悩む隆靖。

「こら、豪太郎! パンツは遊び道具じゃないんだからすぐに返してあげなさい!」

 ポニャメラが注意すると、

 ウフォン。

 豪太郎くんはすぐに振り回すのをやめ、千晃に返してあげた。

「ありがとう豪太郎くん」

 千晃がにっこり微笑んでお礼を言うと、

 ウフォ。

 豪太郎は視線を下に向けて照れているかのようなしぐさをとった。そして屋根をぴょんっと軽々飛び越えてポニャメラのもとへ。

「ごめんね千晃お姉ちゃん、豪太郎がご迷惑おかけして」

 ポニャメラは豪太郎の頭を軽くペチッと叩いておく。

「いやいや、全然気にしてないから。それじゃ、おやすみなさーい」

 千晃が優しくそう言ってくれ窓を閉めた直後、

「やっほー、ゴウちゃん」

「豪ちゃん、あたしといっしょにテレビゲームして遊びましょう」

 絵里乃と実帆子が隆靖の自室へ入り込んで来た。

「実帆子姉ちゃん、オランウータンがテレビゲーム出来るわけないだろ」

 隆靖は呆れ気味に言う。

「隆靖お兄ちゃん、豪太郎はとっても賢いからテレビゲームだって出来るよ。アクションゲームが特に得意なの」

「マジかよ」

「豪太郎、プレイしてみて」

 ウホッフォ。

 豪太郎はコントローラを握り締め、ポニャメラがさっきクリアした次の面を操作していく。ここにいる他のみんなはその様子を食い入るように眺めた。

「豪ちゃん本当にすごいわねー。あたしが苦戦した面をあっさりと」

「ゴウちゃん天才」 

 ウホホ。

 豪太郎は照れくさそうににっこり笑う。次の面もノーミスであっさりクリアさせると、飽きてしまったのかコントローラを手放し、この部屋の窓から出て行く。屋根を飛び移ったりして自宅の方へ帰っていった。

「知能すご過ぎだな」

「豪ちゃん、あたしより絶対賢いわ」

「ワタシよりも絶対賢いよ。ゴウちゃんはポニャメラちゃんの故郷ではアイドル的な存在だったのかな?」

「まあそんな感じだな。まだまだ行動は子どもっぽいけどね」

「けどそこがかわいいよ。ポニャちゃん、あとであたしの部屋に遊びに来てね」

「ワタシのお部屋にも来て」

「分かった。この面のボス倒したら行くよ」

実帆子と絵里乃が自室へ戻っていってから二〇分ほど、予習に取り組む隆靖をよそにポニャメラは引き続きこのアクションゲームをして過ごし、実帆子のお部屋へ。

一歩足を踏み入れた途端、

「くさい」

 顔をしかめてこんな一声。

ピンク系統のカーテンやカーペットやベッドで彩られ、窓際にたくさんの観葉植物、学習机の周りにビーズアクセサリーやお人形、オルゴールなどが飾られた女の子らしいお部屋だったが、香水や化粧品のにおいが強く漂っていた。

「あたしはいい香りだと思うんだけどなぁ。ポニャちゃんも大人になったらこの匂いの良さが分かると思うわ」

 実帆子はにっこり笑顔で言う。

「悪いけどこの部屋、長時間はいたくないよ。気分悪くなっちゃう」

 ポニャメラは鼻から口にかけて手で押さえながらそう伝えてここから出て、絵里乃のお部屋へ移ってしまった。

「あらら、ポニャちゃんの学校も女子校だから香水・化粧品臭いと思うんだけど……」

 実帆子は残念そうに見送る。

「実帆子お姉ちゃんのお部屋、すごく臭かったよ」

「そっか。ワタシも正直ミホコお姉さんのお部屋の匂い苦手だな。ポニャメラちゃんは、絵は得意かな?」

「はい、まあ、そこそこ自信あります。イラスト描くの大好きなので」

「ワタシ今、漫研に入ってるの。ますます親近感が沸いたわ。ポニャメラちゃん、ワタシの似顔絵描いてくれない?」

 絵里乃は自分のスケッチブックと4B鉛筆を手渡そうとする。

「それは自信ないなぁ」

 ポニャメラはそう言いつつもすぐに受け取って、楽しそうに絵里乃の似顔絵を描いてあげた。

「ワタシそっくり。ポニャメラちゃんの絵、少年漫画みたいなワタシの絵と対照的で少女マンガ風ね。ワタシより上手よ」

 大いに喜ばれ、

「ありがとうございます。アタシの絵、そんなに上手かな?」

 ポニャメラはとても嬉し照れくさがった。

「上手、上手。ワタシはこういうタッチの絵は上手く描けないよ。お礼にポニャメラちゃんの似顔絵描いてあげる」

 絵里乃はスケッチブックにササッと描写しポニャメラに手渡した。

「ありがとうございます。すごく上手。線が太くて本当に少年漫画のヒロインっぽくなってる。これ、大切に持っておくよ」

 ポニャメラは照れくさがりながら自分の似顔絵が描かれたB4用紙をマイバッグから出したクリアファイルにしまって、

「あの、これ、アタシの書いたイラスト集です」

 罫線の引かれてない真っ白な紙でお馴染みの自由帳を取り出し絵里乃に手渡す。

「ポニャメラちゃんの描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」

「アタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないの」

「ポニャメラちゃんは、男の子、年上と年下どっちが好きかな?」

「どちらも好きです。お兄ちゃんと弟、どっちも欲しかったです」

「ワタシは第二次性徴が始まる小六から中一くらいの年頃のひょろい系の男の子が好みだな。でもひょろくてもジャ○ーズ系のイケメンはダメ」

「気が合いますね。アタシもイケメン過ぎるのは苦手なんだ。隆靖お兄ちゃんは親しみやすいよ。絵里乃お姉ちゃん、漫研ってことは、マンガも描けるんですよね? 絵里乃お姉ちゃんの描いたマンガ読んでみたいな」

「ちょっと恥ずかしいけど、いいよ。これ、最新作で一応、学園コメディ物なの。その、学年一冴えない男の子が、休み時間中に教室に現れたゴキブリを退治して、多くの女の子達からモテモテになるというお話で」

 ポニャメラは机の引出から自作マンガ原稿を取り出しポニャメラに手渡す。

「やっぱ絵がとっても上手。どれどれ」

 ポニャメラは全三十一ページ熱心に読んであげた。

「ポニャメラちゃん、どうだった?」

 絵里乃はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。

「なかなか面白かった。特に主人公が廊下に出てゴキブリ全速力で追っかけてる時に、強面の生徒指導の先生にぶつかっちゃうところ」

「ありがとう」

「これ、ジャ○プとかの新人賞に出すの?」

「いえいえ。賞に出すなんて、まだまだ実力不足だと思ってるから。これは漫研の文化祭展示用よ」

「そっか。絵里乃お姉ちゃんのマンガなら受賞出来ると思うけどなぁ」

その後も好きなアニメやマンガ、ラノベなどの話をしていくうちにあっという間に時間が過ぎていき、まもなく日付が変わろうという頃に。

「これから見たいアニメ始まるのに、このテレビじゃ番組が見れないのは残念」

「大学生になったらアンテナ繋いでもらうってお母さんと約束してるけど、まだ少なくとも二年近くは先よ。今は深夜アニメ、リビングのテレビで録画してるの。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られるし」

「アタシんちも同じ状況だよ。ネット配信でも見れるけど、やっぱテレビでリアルタイムで自由に見たいよね」

 ポニャメラが苦笑いしながら嘆いたその直後、

「絵里乃姉ちゃんもポニャメラちゃんも、夜更かしはしないようにな。俺はもう寝るから」

 隆靖が廊下から眠たそうにしながら伝えた。

「ポニャメラちゃん、やっぱりタカヤスのお部屋で寝た方がいいよ。ワタシもミホコお姉さんも寝相が悪いから、ポニャメラちゃんを蹴っちゃう可能性高いし」

「それじゃ、そうしようかな。絵里乃お姉ちゃん、おやすみー」

 ポニャメラはこのお部屋から出て行き、

「隆靖お兄ちゃん、添い寝しに来たよ」

 まっすぐ隆靖のお部屋へ。

「絵里乃姉ちゃんか実帆子姉ちゃんの部屋で寝て欲しかったんだけど……」

 その時ベッドに腰掛け、携帯電話をいじって遊んでいた隆靖は迷惑がる。

「寝相が悪いからって言ってたもん」

「俺もそんなに良くないと思う」

「べつにかまわないよ」

「俺が気まずいんだけど……あの、俺、トイレ行って来るから」

「隆靖お兄ちゃん、アタシも行きたーい」

「じゃ、先にどうぞ」

「いいの? サンキュー隆靖お兄ちゃん、心優しい」

 ポニャメラは嬉しそうにこのお部屋から出ていった。

 その直後、パサッと何かが倒れる音が。ポニャメラのマイバッグだった。

(あれ、何だろう?)

 中から飛び出たものを確認してみると、

(……イクメンみらい部活動レポート、Vol.1)

B5サイズ五〇枚綴りのキャンパスノートだった。

(どんなことが書かれてあるんだろう? ……見ちゃいけないよな)

 手に取った隆靖は気にはなったが、ページは開かずに元の位置に戻してあげた。

    ☆

「お待たせ隆靖お兄ちゃん」

 それから十分ちょっとしてポニャメラが戻ってくる。

「長かったけど、う○こか?」

 さっきと変わらず携帯をいじっていた隆靖が問いかけると、

「もう、隆靖お兄ちゃん、年頃の女の子にそんなこと聞くのは失礼よ」

「いてててっ、ごめんポニャメラちゃん」

「怒ってはないけどね」

 照れ笑いしたポニャメラにほっぺたをぎゅーっとつねられてしまった。

「それじゃ俺、行って来るよ」

 隆靖が立ち上がって扉の方へ向かうと、

「こら隆靖お兄ちゃん、女の子が行ったあとすぐに入るのはマナー違反よ。あと三分くらいしてからにしてね」

「うわっ!」

 ポニャメラに背後から両腕を固められ、身動きを封じられてしまった。

「お姉さんからも言われてない?」

「べつに言われてないけどな」

「でもちゃんと気遣ってあげた方がいいと思うよ。隆靖お兄ちゃん、アタシと腕相撲勝負しよう」

「いや、負けたら嫌だからやめとくよ。ポニャメラちゃん強そうだし」

「男のくせに情けなーい。一回だけでいいからやろう。ねっ♪」

「……分かった。一回だけだぞ」

 ウィンクされてお願いされると、隆靖はついつい引き受けてしまった。

 隆靖とポニャメラはこの部屋に置かれてあるローテーブルに向かい合い、肘を乗せて右手を握り合う。

(ポニャメラちゃんの手触り、やっぱ幼い女の子だな。まあこれなら勝てる、よな?)

 マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、手のひらにじかに伝わって来て隆靖はちょっぴり照れくさい気分にもなったがそれに浸る間もなく、

「それじゃ隆靖お兄ちゃん、いっくよ」

「ああ」

 すぐに勝負開始。

「んっ、隆靖お兄ちゃん、思ったより力あるじゃない。やっぱ男の子だね」

 ポニャメラは必死に踏ん張っているような表情を浮かべる。

 瞬く間に隆靖の方が有利な状態になったのだ。

「これは勝てそうだ」

 もうあと二センチほどでポニャメラの右手の甲がテーブル上に付きそうになり、自信がついた隆靖はさらに力を振り絞った。

 そして、

「隆靖お兄ちゃん、これが本気?」

「あっ、あれ?」

 隆靖の勝利、かと思いきや一瞬のうちにポニャメラにぐいっと跳ね返され、ポニャメラの勝利に終わった。

「隆靖お兄ちゃん、力弱過ぎぃ」

 ポニャメラはきゃははっと笑う。

「ポニャメラちゃん、本気出してなかったのかよ」

 隆靖は唖然とすると共に少しショックも受けたようだ。

「演技してたの。隆靖お兄ちゃん、そろそろおトイレ行っていいよ」

 ポニャメラから許可を得ると、

「……なんかなぁ」

 隆靖はしょんぼりした様子でトイレへ向かっていった。

二分ほどして戻って来て電気を消して布団に潜ると、

「隆靖お兄ちゃん、アタシのおっぱい触ったり、パンツの覗いたりしないでね」

 ポニャメラはお構いなく隆靖と同じ布団に包まって来た。

「するわけないって。ポニャメラちゃん、もう少しだけ、離れて欲しいな」

「そうしたらアタシ、ベッドから落ちちゃうよ。ねえ隆靖お兄ちゃん」

「何?」

「史緒里お姉ちゃんもけっこうかわいいと思うでしょ?」

「まあな。あの子は俺が小中学校の時、ほとんど同じクラスで理科のモーターカーや技術のラジオ製作や家庭科のエプロン作りとかでなかなか出来なくて困った時、いつも助けてもらってたよ。わたしがやったげるよって。親友の和秀もよくお世話になってた」

「クラスに一人はいる誰にでも優しい女の子ってわけね」

「まあ、そんな感じの子だな。千晃ちゃんもいろいろ助けてもらってたみたい」

「やっぱ学級委員長や生徒会役員に積極的に立候補するタイプ?」

「いや、リーダーシップはないからってそういうの一度も引き受けたことがないみたい」

「そうなんだ。ちょっと意外。隆靖お兄ちゃんが将来結婚したいのはどっちかな?」

「それはまあ、千晃ちゃんの方だな。公文さんは真面目過ぎて俺にはきついと思う」

「そっか。千晃お姉ちゃんに伝えとこっと」

「それは絶対ダメだ」

「冗談、冗談。史緒里お姉ちゃん傷付いちゃうかもしれないもんね」

「俺はもう本当に寝るぞ」

「あーん、アタシもう少し隆靖お兄ちゃんとお話ししたいのに。おーい、隆靖お兄ちゃん」

「……」

「無視かい。そりゃっ!」

「おっ、おい、わき腹くすぐるなよ」

 ビクンッと反応してしまった隆靖はかかとでポニャメラをボカッと蹴る。

「んぅんっ! いったぁーい、もう隆靖お兄ちゃん、女の子の大事なとこ蹴らないでよ」

「ごめんポニャメラちゃん、俺、本当の本当に寝るからな」

「隆靖お兄ちゃん、あと一分くらいお話を」

「……」

「んもう! おやすみ隆靖お兄ちゃん」

これにて会話をやめると、ポニャメラは五分も経たないうちにすやすや眠りについた。

(……緊張して眠れない)

 隆靖はそれからさらに三〇分以上してからようやく眠りつけたのであった。

    ※

真夜中、三時半頃。

「隆靖お兄ちゃん、おしっこしたいからトイレの前まで付いて来て」

「……幼稚園児でも夜中一人で行くだろ。自分で行きなさい」

 隆靖はポニャメラに体を揺さぶられ無理やり起こされて、ちょっぴり苛立つ。

「冗談だって」

 ポニャメラはにこっと笑ってそう伝え、電気をつけてからこのお部屋を出て行った。

(俺の布団に、女の子のにおいが)

 思わずポニャメラの残り香をかいでしまった隆靖、それが睡眠薬になったかのようにすぐに再び眠りにつく。

「隆靖お兄ちゃん、もう寝ちゃってる。寝顔かわいいな」

 それから一分ほどしてポニャメラが戻って来た。隆靖のほっぺたをぷにっと押し、電気を消して布団に潜り込むとほどなく再び眠りについた。

こうして遠藤家の夜は今日も平和に更けていく。


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