『イロアス』アームレスリング
ハルオ君が子供たちを助けようとするのが気に食わないわけではない。
道徳的見地からすれば当然であるし、俺のように未来が真っ黒な人間を生かすよりは遥かに意義があると思える。
だからといって俺自身が救助活動に熱心になれるかと言われれば……それはない。
子供は別に好きではない。
どちらかと言えば煩わしいと思う事の方が多い気がする。
公共の場ではしゃぎ回るのを見ていると可愛さよりも苛立ちが先に立つ。
普及活動の一環として子供達と触れ合う機会は少なからずあったが、その時は子供たち以上に付き添いの親の印象が悪かった事を強烈に記憶している。
何が言いたいかというと、この場において俺は疎外感を感じるほどに冷めているという事だ。
子供たちの安全を取るか、完全なる救出を遂行するかを巡って熱く争う互いのファミリーリーダー。
そんなに焦らなくてもチャンスは山ほどあるじゃないか。
ゲームで人が殺し合うのではない。
ゲームに負け続けた結果死人が出る、というだけなのだ。
そんなに絶望的な状況でもなかろうに、異常なまでに興奮している2人を見ていると呆れを通り越してアホらしくなってきた。
彼らは事態を重く受け止めすぎなのだ。
もしくは、本当は何かやましい事でも考えてるのではなかろうか、と勘繰ったりもしてしまう。
恐らく2人ともそんな器用な人間ではなかろうから取り越し苦労なんだろうが、あまりの幼稚さにイジりたくなってムラムラしてしまう。
かといってココで余計な事を言えば、話がややこしくなってお楽しみの時間が削られるだけなので自重する。
俺は、思う様に歯応えのある相手と競争したいだけなのだ。
身体を動かす事の全般が好きではあるが、走る事への欲求に勝るものは無い。
アームレスリングも嫌いではないが、俺にとっては遊びでしかない。
走る事こそが俺にとって切実で貴重なものなのだ。
それにどちらの意見が通っても、俺は先のゲームに進み走る喜びを噛み締め続ける事ができるように結果を修正するつもりでいる。
両ファミリーのどちらにも俺以上に使える戦力は存在しない。
女達が勝つならそのまま残留で問題ない。
女達が負けたらもちろん俺は残留をアピールする。
ハルオ君もそうするだろうが、あちらのリーダーがそれを飲む事は無いだろう。
なぜなら戦力云々以前に、彼は子供で俺は大人だから。
彼女の信条が俺以外の選択肢を選ばせない。
だから時間経過に対する苛立ちはあったが、安心して事の成り行きを見守ることが出来る。
そう思うと、彼らのやり取りを楽しむ余裕すらできた。
話し合いはハルオ君が場を制し始めた。
女達のリーダーは、女の意地とやらを掲げて強引に意識統一を図ろうとしていた。
しかし勢いだけの彼女と違い、ハルオ君は巧み(と言うほどでもないが)に相手ファミリーメンバーの心理を『帰りたい』という方向に誘導していた。
これが現実であれば結果は逆だったかもしれない。
仮想世界で保身に走ったところで罪に問われる事はなかろう。
我々は皆同様に被害者なのだし、そもそもゲーム内の出来事でしかない。
演出だと思っていたと言えば、それを証明する方法も無い。
彼女たちの心が折れても何ら不思議はないし、とがめる心算も無い。
三文芝居という感はあるが、やがて大勢は決した。
どちらかと言うと彼女の方が単純で扱いやすそうなのだが、ハルオ君の最後まで残ろうとする意思の強さの方が俺の目的には好都合だった。
試合は4戦目でケリが付いたので、俺は勝負する事無く競技は終了した。
女達は泣いて許しを請いながら、無抵抗の子供たちの腕を押し倒していった。
悔しさの矛先を向ける場所が見当たらないのか、憤る女達のリーダーは吼えた。
子供たちは何が悲しいのか良く分からないまま、一緒になって泣いたり沈んだりしている。
ハルオ君は自分の謀が上手くいったにも関わらず、苦虫を噛み潰したような表情だった。
なんだろう。意外にも胸糞悪い光景だ。




