必要ない場合は『スキップ』ボタンを押してください
「大変申し訳ございませんが、これからしばらく皆さんはログアウトできません。今からちょっとしたバカンスが始まると思って楽しんでください。この世界にはありとあらゆる可能性がお客様を待っています。飽きることなど絶対にありません!」
あまりにも状況に対して軽すぎる声に、虚脱感から立ち直れない。
周囲を見回すが、俺の他には誰もいない真っ青な空間が天地・前後左右に広がっているだけで、踏みしめるべき大地も無く中に浮かんでいるようだ。
「それでは、あなたの選択したゲームの専属ナビゲーターに引き継ぎます。良く注意を聞いて素晴らしい新世界ライフをお楽しみ下さい!」
<ボフン!!>
突然目の前の空間に煙が立ち上り、中から3頭身程の赤い執事服を着た口髭を生やした中年がプカプカ浮かんで現れた。
こいつは、我等が『遊展道』の大ヒット作品、横スクロール型アクションゲーム『ミラクル・マリオン・バトラーズ(通称ミラリオン)』シリーズの主人公・マリオンだ。
髪の毛一本一本の揺れすら完璧に再現されているので、最早現実の人間と見分けが付かないリアルさだ(3頭身のオヤジという存在自体がリアルではないが)。
ゲーム画面のドット画やアニメーションで見慣れているキャラだけに、完璧な出来の実写映画を見ているようで逆に違和感がある。正直に言おう…キモい。
「これから皆さんがゲームを始める前に、現状確認とゲームの終了条件についてお話します。面倒だと思う人は、説明をスキップできますので、途中でも結構ですから『スキップ』と宣言して下さい。説明を続けて聞きたい人はそのまま少しお待ちください。」
親切設計のつもりかもしれないが、この状況でそんなことをするやつは居ないんじゃないだろうか?
「…他の人達は<<ブブーッ>>何処にって、え!?」
質問を挟もうとすると、脳内に警告音のようなものが響き、『現在は自動再生モード中です。『スキップ』以外には対応できませんのでご注意下さい』と警告文が空間に映し出される。
つまり今は個々の質疑には対応できない一方的な通告が続くということなのだろう。
あまり騒ぎ立てて肝心の説明を聞き逃してはいけないと押し黙る。
…少し冷静になってきたようだ。
「まずは、当社の製品をお買い上げいただき誠にありがとうございます。私は『遊展道』ゲーム・ナビゲーターのマリオンです。ゲーム起動中でもヘルプ等でお呼び出しして頂ければ、わかる範囲で解説させていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。」
ペコりと頭を下げる中年執事。
「それでは、現在の状況を説明させて頂きます。」
ゴクリと唾を飲み込んで聞き漏らすまいと身構える。
「皆さんは、現在ログアウト不能の状態です。現実世界におかれましては様々な機能によって皆様の安全を確保させて頂いておりますので、安心してゲームに集中して頂けます。例えば…」
マリオンと俺の間の空間に映像が映し出される。
「移動中や作業中に起動された方の場合、当機が周辺の状況を確認し、実際の交通情報や作業情報から導き出される最適な経路でご自宅まで誘導する信号が肉体へ送られ、自動で移動を行います。」
映像はイメージアニメーションで実際の移動風景ではないようで、機械を装着したプレイヤーが歩いて帰宅する様が映し出されている…のだが、なんだか自動で移動している様がどこか歪で、まるでゾンビが徘徊しているようで気味が悪い。
「ゲーム時間が長期に渡る場合は、同様の機能で自動的に栄養摂取や排泄などを行います。」
まあ生命活動にそれほど問題は無いと言うことか。
食費とか仕事とかの問題はあるだろうけど、その辺りはどうなるんだろう?
「デスゲームの開始は既に各種情報機関・行政・ご家族に通達済みです。あらゆる面でプレイヤー達の現状は保障されるよう手配済みですので安心してゲームに集中して頂けます。」
なんだか至れり尽くせりだな。
こりゃずっとここで遊んでても良いかも…デスゲームでさえなければ。
「外部からの接触・救助などはありません。これらにはほぼ完璧な対策が採られていますので、あまり気にせずにゲームに没頭していただけます。」
さらりと重要な事を流すな。
おそらくこれは国家…いや世界レベルで事前の根回しが済んでいるな。
技術もだが政治力まで革命級とは恐れ入った。
「それでは次に、デスゲームの終了条件について説明させて頂きます。」
いよいよ本題だ。
相当シビアな条件を覚悟しなければならないだろう。
RPGとかアクションゲームなら割と想像し易いんだが…
「各ゲームごとにデスゲーム終了条件がいくつか存在します。例えばRPG系のゲームでは『ライフが0になる』『グランドクエストをクリアする』などが一般的です。」
まあネット小説などで定番の展開ではある。
その辺りは想定内だ。
「この場合、『グランドクエストをクリアする』は勝利によるゲーム終了です。この場合は各ゲーム毎に設定された報酬及び生還が約束されます。」
報酬!?生還することだけでなく報酬があることでゲームクリアへの意欲を掻き立てるわけか。
当然それを求めた浅ましい人々による骨肉の争いが繰り広げられるのだろう。
よかったーRPGやらなくて。
「そして『ライフが0になる』は敗北によるゲーム終了です。こちらの場合は各ゲーム毎に設定された死を現実に与えられます。」
ん?設定された死?これはどういうことだ?
電磁波で脳味噌を焼ききるとか定番の殺害方法ではないのか…なるほど、例の機能を使えば自殺なども思いのままということか。
どんな惨たらしい死に方をするかはゲームデザイナーのサディズム次第ということか…
よかったー猟奇系ホラーゲームとかやらなくて。
マネーゲームだったら経済的な死ぐらいで勘弁してくれないかなあ。
「さあ、それではお客様が選ばれた当ゲーム、『ファミリースポーツ・オンライン』の終了条件は…」
中年執事が両手を天高く上げると<<ドロドロドロ>>とドラムロールが鳴り響く。
俺とヤツとの間に緊張が走る。
何秒待ったかわからないが、それ程でもないはずの時間が余りにも長く感じる。
緊張が頂点に達したのを見計らってか、俺の額の汗がポタリと落ちると同時に両手が下り<ジャン!!!>とシンバルの音が声高にその時を告げた。
「『対戦ファミリーに勝利する』が勝利による終了条件です。この場合は規定の賞金が支払われて生還します。」
ファミリー?パーティーとかチームのことかな?
1勝するだけで良いなら破格に簡単な条件だ。これはラッキーかもしれない。
しかしそれなら反対の条件もまた…
―――「そして『最後に残ったファミリー』が敗北による終了条件です。この場合に与えられる『死』については現段階では情報が開示できません。」
やった!これなら余裕でゲームクリアーだ!!
この時の俺は、余りに容易で、余りにもリスクの少ない条件に完全に舞い上がっていた。
壮絶な地獄が待っているとも知らずに…