始まりの日
―――いよいよ解禁の日。
自宅にガキ共を呼び、その時を心躍らせて待つ。
こんなにも楽しみなのはいつ以来だろうか?
ネット掲示板では入手できなかった人々が、幸運な人々の新世界体験談がアップされるのを期待して張りつき、予想や妄想を語り合い、祭りの前の熱気が伝わってくる。
TVでも特集番組が組まれ、解禁の時をカウントダウンしながら、普段ゲームなど一切しないような芸能人が自称有識者とVRの世界への期待と不安を視聴者に伝えている。
祭りは始まるまでが一番楽しい。
基本的な公式のスタンスが『想像せよ、その先がココにある』とあるように、解禁の時間まで我々は想像(妄想)を膨らませて期待を凌駕する結果を待つしか出来ないのだ。
前情報が少なすぎるため、誰もほとんど準備らしい準備などできていない。
噂通りなら、β版のテストすら行われていないのだ。
バグ取りとか市場調査とか、いくらでも情報が漏れてきそうなものなのに、欠片も漏らされない。
当て推量や誤情報もかなり多く飛び交ったが、情報ソースが噂の域を出ず、公式が否定も肯定も一切しなかったので、信憑性を問えないどころか話として出ていることのほうが怪しいという見方が強くなってしまう。
ゲーム機は解禁前日に届けられたのだが、驚くべき事に本体と無線式のヘッドセットしか梱包されておらず、充電器もなければコード類も見当たらない。
仕様書・保証書・宣伝のチラシなどは入っていない。
説明書も装着方法と起動方法が書かれたペラい紙1枚のみ。
ユーザー認証は購入の時点で既に終了しており、その手の煩わしさが一切無い。
ビス一本、端末の差込口一つ付いてない極小の本体は、踏んでも捻っても炙っても水没させても壊れない。
ネットの動画サイトでは『ゾウが踏んでも大丈夫』とか『高度数千メートルから落としてみた』とか『消防士が救出してみた』とか『現在、海底2万マイル』とか現実にありえない状況でも壊れない事が証明され大騒ぎだ。
ゲームは未だ機動できないが、ヘッドセットを着けると簡易選択を使用できる。
意識の端に「カウントダウン」と「ゲーム選択」と「ダウンロード」の項目が浮かぶ。
「カウントダウン」に意識を向けると「解禁まであと~」と残り時間がカウントされる。
「ゲーム選択」はダウンロードしたゲームをプレイすることだが、現在は解禁時間に自動で起動するゲームを選択する項目と説明された。
「ダウンロード」ではかなりの数のゲームが選択できる。全てがフリーなので何個もダウンロードしたい。
ダウンロードできる容量がどれくらいかわからないので、手当たり次第に落としているが何個落としても警告文すら出ない。どんな容量のHDなんだ?
あまりに多いと今度は逆にやりたいときに探すのが面倒なので、ダウンロード数に限定のあるゲームを優先して押さえようとするが、コレを落とすと優先的に「ゲーム選択」されてしまって、以後消去するまでダウンロードできないと警告されたので、既にプレイするゲームが決まっている俺は泣く泣く諦めた。
ちなみにあっという間にその手のゲームは配布終了してしまった。
目的の『ファミリースポーツ・オンライン』は限定数がないのとやはり『遊展道』の安心感からか、予想よりかなり多い数のプレイヤーがダウンロードしているようだ。
RPGなどはかなりの数がある為か、限定のもの以外はあまりダウンロードが伸びていないようだ。
そして最もダウンロード数が多かったジャンルは…『恋愛シュミレーション』だった。
…気持は良くわかるが、なぜもっと自重しない?w
気になるタイトル(恋愛シュミレーション含む)をダウンロードし終わったので、『ゲーム選択:ファミリースポーツ・オンライン』で決定する。
「お前等、準備は済んだか?」
引率らしくガキ共の準備をチェックする。
何人か梃子摺っているのがいるが、面倒見の良い子や俺が、詳しく状況を聞きながら正しい選択をさせていく。
ものの数分もすると全員のゲーム選択が終了した。
「これで良しっと。後はカウントダウンが終るのを待つだけだな。」
早めに集合したので問題なく準備は終了した。
先程まであーだこーだと煩かったガキ共も、今は抑えきれぬ興奮を顔に浮かべながらもじっとその時を待っている。
「今の内に確認しておくけど、始まったらどうなるか判らないんだから、説明はわかる範囲できちんと聞いておくこと。アヴァターとかプレイヤーネームを決める必要がある場合は、合流する時に困らないようにきちんと判り易いものにしておくこと。みんなで一緒に遊ぶんだから、先に説明が終っても勝手に他の人とゲームを始めない事。ちゃんと守れるよな?」
「「「わかったー」」
みんな素直でよろしい。
若干名不安なヤツがいるが、全年齢対象(別にそのような表記があったわけではないのだが、弾かれなかったんだからきちんとフォローはされているんだろう)だろうし、ゲームの性質上そんなに問題なくみんなで集まってプレイまで漕ぎ着けるだろう。
―――いよいよカウントダウンが一桁に差し掛かる。
『よーし、カウントダウン、いくぞ!!』
付けっぱなしのテレビから、芸能人の司会者がコールを開始する声が聞こえる。
司会者が、出演者が、スタジオの人々が、ガキ共が、俺が、そして恐らく世界中の人々がカウントをコールする。
「「「5」」」
「「「4」」」
「「「3」」」
「「「2」」」
「「「1」」」
…《バツン!!》
突然あらゆる感覚が消失する。
一瞬で近くにいるはずのガキ共はおろか、自分が立っているのか、座っているか、何処にいるのかも認識できなくなってしまう。
次第にじわじわと自分が世界に馴染んでいくかのように感覚が取り戻されていく…
…やがて戻りつつある聴覚にファンファーレと共に無邪気そうな子供の声が飛び込んできた。
『ようこそ新世界へ!そして始めましょう!デスゲームを!!!』
俺たちのデスゲームがこの時始まった。