えらばれしもの
これまでの金髪と『チーター』の子の戦い振りは凄まじかった。
双方共に必死の走りであることがこちらにもビンビン伝わってくるにも拘らず、二人の顔には獰猛な笑顔が浮かんでいた。
スタートで一歩負けるも次の瞬間には力強い踏み込みで追いつく金髪を、軽やかにかわして突き放す『チーター』の子。その姿はまるで海辺を戯れに追いかけっこする恋人たちの様で、完全に二人の世界を作り出していた。
互いに求め合いながらも反発しあう最高の好敵手だった。
しかしその濃厚な睦みあいの様な戦いもこの一戦で決着が着く。
金髪は未だに一度も勝ててはいない。しかしあわやというシーンは何度もあった。
それは観客である俺たちに、次はもしかするかもしれないと期待させるには十分だ。
緊張が高まる中、審判の声が響く。
合図を待つ2人の身体には緊張など欠片も見えず、最高に集中した状態だ。
周囲の静けさは一見するともの寂しいように思えるが、その実大音声の応援よりも遥かに濃密で真剣で熱いもので、スタートの一瞬を見逃すまいと観客となった全員が集中し、固唾を呑んで見守っている。
最高の精神状態、最高の観衆、最高の空気、そして最高の好敵手。
……最後の号砲が乾き切った大地に鳴り響いた。
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「「「お疲れ様!」」」
戦い終わった金髪を皆が出迎えてねぎらいの言葉を掛けると、金髪は「応援ありがとう」と感謝で応えた後、後ろでその様子を眺めていた俺の方へやって来た。
「折角いろいろお膳立てしてもらったのに、一度も勝てずに終って申し訳ない」
恐縮して頭を下げる金髪だが、俺には大きな疑問があった。
勝てなかったと金髪は言うが、本当にその通りだろうか?
「俺には『イロアス』さんの手が先に旗に届いていたように見えましたけどね」
競り合いもつれ合う最後のダイブで舞い上がった砂煙で視界が閉ざされる中、俺は確かに目撃した。
金髪の伸ばした手が『チーター』の子の口よりも早く旗に触れていたのを。
しかし砂煙が晴れた後には『チーター』の子が咥え、空に掲げていた。
「見間違いじゃないかな。それにどうだろうと最後に旗を握っ……咥えていたのはあの子。だから彼女達の勝利さ。残念ながら完敗だよ」
金髪の言葉はその内容とは裏腹にちっとも残念そうに聴こえず、むしろ満足げだった。
最終的に俺の望む結果になったのだから、それを残念がるのも奇妙なことだ。
ここはせめて金髪に心中で感謝を述べておくべきだろう。
『最後に身を引いてくれてありがとう』と。
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審判からポイントの授与と勝利ファミリーの宣告が行われる。
今回、俺自身はポイントを得られなかったが、別の大事なものを獲得できた気がする。
結果として次の試合に進む事も出来るし、終ってみれば満足の行く成り行きだった。
あとはトレードさえ上手く行けば完璧だ。
最初から連れてきた悪ガキはトレードが成立すればこれで完売。
もちろん未だ迷子2名が残っているので気は抜けないが、一先ず肩の荷が軽くなる。
こちらの希望としては飼育員の人に手伝ってもらえればと思う。
というか選択肢が彼一人と言っても良いだろう。
試合中に話している限り、色々と問題発言の多い人ではあったが悪い人でもなさそうだし、そもそもあちらの『ファミリー』に話の通じるヒトは彼しか居ない。
動物達を現実世界に帰すために奮闘していた彼のことだから、あの子達をこちらに残して帰ることは無いだろう。そうなると消去法的に彼が残るしかないのだ。
目的を果たした彼がこちらに残る事を了承してくれるかは不明だが、あれほど動物を愛せる男なのだ。賭けとしてそれほど分が悪いとは思えなかった。
審判からトレードを行うか確認されたので『YES』を選択し、動物『ファミリー』に向かって懇願した。
「トレードをお願いしたいんです」
俺は子供たちのこと、託してきたガキ共のこと、このまま最終戦まで残るつもりということを話した。
「勿論その為にはそちらから一人、こちらに移籍して頂く必要があります。安全とは言い難い道程ですが、どうか協力していただけないでしょうか?」
人にお願い事をする時は真摯に誠実に向き合うのが一番だと思う。
ここで下手に策を弄するのは逆効果でしかない。
彼と話をしたのはほんの少しである。
妙に受け入れ難い性質の男だ。
だが、いきものへの愛とか責任感などを感じさせる部分は大きかったし、自分と似た境遇という親近感もあり『この人ならば理解してくれるのではないか』という期待感がある。
「わかりました。応じましょう、トレード」
特にごねる事も無くあっさりと応じてくれた。
あまりに簡単に合意を得る事ができたので拍子抜けだったと言って良い。
「ありがとうございます!助かります」
「良いんですよ。流石に子供を放置したままというのは寝覚めが悪いですからね。私も動物と子供の違いはあっても似たような想いでやって来ましたし、君の苦労は良く分かります」
俺も飼育員も被保護者を現実世界に帰還させると誓っている。
似た志を持つもの同士のシンパシーを感じる。
受け入れ難いなんて思っていたのは失礼な事だった。
彼とならこの先も上手くやっていけそうだ。
「本当にありがとうございます。それでは……」
画面操作でトレードを選択する。
「えーと……よしこれでOKかな」
相手側がトレードを了承した事を告げる表示があり、交換が成立する。
これで最後の悪ガキが帰還し、残る子供は親に置き去りにされた少年と雄雄しい少女の2人だ。
一つの区切りが出来て、少し方の荷が下りた様な気分だ。
「ありがとうございます。それではこれからもよろしくお願いします」
正直に言うと競技中の幼稚で挑発的な発言が腹に据えかねていたのだが、やはり動物好きに悪い人はいないようだ。
協力への感謝と、今後への期待を込めて頭を下げた。
「へ?……ああ、うん。それじゃあこの後も頑張ってね」
一瞬怪訝な顔をした後、飼育員は俺を激励して手を振った。
……って激励?
「トレードが終了しました。『ファミリー・ルーム』へ転送いたします」
飼育員に問い質す間もなく、主審の帰還宣言と共に視界が暗転した。




