想いを託す
またも23時59分投稿w
倒れた『チーター』の子は即座に立ち上がって状況を確認する。
絡み合って倒れた割には特に目立った外傷もなさそうだった。
『チーター』の子は心配そうに立ち止まり見守っていた『犬』の子に先を促すように首を振ると、無事を確認して安心したのか、『犬』の子は旗の下へ走って行った。
今回は『犬』の子が1着で決まりだろう。
仰向けに倒れた金髪は動こうとしない。
もしかすると打ち所が悪かったのかもしれず、急いで容態を確認しなければいけない。
逸る気持ちを抑えることが出来ず、金髪の下へと急ぐ。
無事だった『チーター』の子は、ゴールへ向かわずに金髪の方に歩み寄ろうとしていた。
自分を追いかけて来たモノに対する興味が沸いたのかもしれず、恐る恐る金髪に近寄る。鼻先で金髪の身体を嗅ぎながら周囲をうろうろする姿は、警戒しつつも特に危害を加えようとしている(食べるとか)わけではなさそうで、見た目には倒れた仲間を心配しているようだ。
その様子になんとは無しに和んだ空気を、後方から飛ぶ大声の指示が切り裂いた。
「放っておけ!走れッ!!」
飼育員の必死の叫びだ。
もしも興味本位で金髪に触れてしまったら、折角先ほどの接触で違反を取られなかった幸運が台無しになる可能性がある。
彼にとって『チーター』の子は『ファミリー』最大の戦力だ。
それでも『犬』の子が残るが、先ほどからどうも競技以外の事に気を取られているように見受けられ、保険と言うには心もとない。
『チーター』の子は逡巡している。
恐らくは指示に従うべきか、自分を追いかけて来た人間への興味を満たすかの狭間で。
しかし無情にも後ろからは第二集団が追い上げて来る。
興味よりも飼育員への忠誠(?)が勝ったのだろう。
名残惜しそうにしながらも、追い着かれる前に旗へと向かう。
他の走者も金髪の状態が気になっているようだが、それでも一瞥するだけで通り過ぎ旗の確保を急ぐ。介抱するにしても、とりあえず旗を確保してからでも良いという判断だろう。ゲーム内のアクシデントであるし、まさか命に別状はあるまいという判断が働いたのかもしれない。
立ち止まろうとする『ファミリー』のメンバーには、俺から先に行くように指示を出した。
野獣も雄雄しい少女も容態を気にしながらも一先ず旗の下へと急ぐ。
俺自身は立ち止まって金髪の様子を確認する。
胸が上下しているから、呼吸も脈もありそうだ。気絶している……と言うほどでもなく、間もなく目覚めるだろう。問題は、間もなくと言っても、彼が目覚める頃には他の走者は全員旗の下にたどり着いてしまっているだろうという事だ。
最後尾を走っていた飼育員も、先ほど横をすり抜けて行ってしまった。
もしここで俺が金髪を放置して旗の確保に向かえば、彼は間違いなくこの時点で脱落するだろう。
競技者魂が覚醒している金髪をここで脱落させることには意味がある。
彼さえいなければ、恐らく俺たちの『ファミリー』のメンバーは誰も『犬』と『チーター』に敵わないだろう。それは俺のこの試合における目的がほぼ達成されたと言っても過言ではない。
先ほどまで情に絆されてしい、何よりも大事な目的を蔑ろにしていた。
ここが軌道修正する最期のチャンスである。進むべきか、留まるべきかなど考えるまでもない事のはずだった。
だが、俺はあの笑顔を見てしまった。
きっと俺という人間はキラキラしたものに弱いのだ。欲でも得でもなくただ純粋な憧れの眼差しに抗う事ができない。援けようとするのは優しさからではなく、あの輝きが失われる事に恐怖を覚えてしまうからなのだ。
だから俺は決めてしまった。
目的の達成は結果次第で考えよう。
今はただ、彼の想いを果たさせよう……と。
そうやって葛藤している間に、金髪のまぶたがピクピクと動き出す。
どうやらそろそろ気付きそうな気配だ。
「起きて下さい『イロアス』さん。まだ試合は終わってませんよ」
声に反応したのか、金髪の目がカッと見開かれる。
ガバッと上体を起こして慌ててゴール地点を眺め、そこに未だ1本の旗が立っている事を確認するとホッと一息着く。
だが、それが異常な事態であるという事に気付いたのだろう。
傍に人が立っている事をようやく察した金髪は、不思議そうに尋ねた。
「私はさっきの転倒でぇ?」
「ええ、ほんの僅かの間ですが意識がなかったようですね」
転倒のショックからだろうか、金髪の言葉遣いが戻っている。
妙に間延びしたあの喋り方だ。
表情も少し気が緩んだのか心無し柔らかくなっていた。
「だったらぁ、何であそこに旗がまだ残っているんだぃ?」
「それは未だゴールしてない人間が2人いるってことですよ。勝ちたいんでしょ?アレに」
彼の宿敵。『チーター』の子を指差す。
『チーター』の子が、見た目では特に怪我もなく無事にゴールしている事に安堵したのか
「良いのかぃ?」
「正直に白状すると、まあ悩みましたね。かなり」
出来る事なら全ての状況を自分の支配化に置いておきたい。
他人に全てを委ねるような、まして自身の目的を覆しかねない相手を生かすような選択などして良いはずもない。
だが、どうしようもなく彼の行方を観てみたいと思った。
もしかしたらという予感をもちながらも、どうせ不可能だという考えを免罪符に。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
砂漠に腰を下ろしたままの金髪に手を差し伸べる。
怪我が無ければ、そろそろ試合を進めたほうが良かろう。
あまり悠長に時間を消費したくは無い。何せあと6本も残っているのだから。
「立てます?どこか痛い所とかありませんか?」
『ファミスポ』では怪我は『傷』ではなく『痛み』か運動能力の低下で表現される。
『痛み』そのものは設定画面で抑えることが可能なので、『痛み』で動けなくなるという事はないようだが、『痛み』を抑えた場合は、その分だけ運動能力が若干落ちるような気がするらしい(これは『ファミリー・リレー』の時にこけた雄雄しい少女から聞いた事だが)。
「大丈夫だよぅ。ちょっとふらつくけど問題ないよぅ」
差し出した手を取ったのでそのまま引き上げると、砂まみれになった体を叩いて砂を落とし、ストレッチをして状態を確かめている。
傷が無いのでこちらからは推し量る事しかできないが、特に痛みを堪えているという事も無さそうだ。
「それじゃあ。行ってくるよ」
金髪が手を振り、俺も金髪に手を振り替えす。
この握手が終れば事態は俺の手を離れる。
少なくともこれから金髪が手を抜く事は無いだろうし、今後は『チーター』の子も足を滑らせるようなミスは起こさないように気をつけるだろうから、野獣が優勝を掴む確立もほぼ無くなっただろう。
打算的に考えても、そう悪い展開ではない。
金髪が旗に向かって走り出した。
専門家ではないから良く分からないが、安定したストライドで危なげなく走り抜けてゆく。
金髪がゴールにたどり着きいて手に取った旗を掲げると、審判から第5走目終了が宣言され、俺は子供たちが待機する審判横へと移動した。
ギリギリですいません。
2月中終了宣言しておいてなんですが、明日で終われるんだろうか?




