不和
「――過度の肉体的接触は反則を執らせていただきますのでご注意ください」
審判からの説明は通常のビーチフラッグスのルールと比べて大差ない。
あえて問題があるとすれば、ここがビーチでは無いことぐらいだろう。
意外にも相手『ファミリー』はルール説明の間に騒ぎ立てる事も無く、じっと審判の話に聞き入っている。
動物っ子たちが本能のままに走り廻る姿を予測していただけに些か拍子抜けではあったが、人に馴らされた動物というものはこんなものなのかと妙な納得もした。
だがもしかすると人の話を理解している可能性もあるのではなかろうか。
なにせこのゲーム機は色々規格外。民間企業が犬の翻訳機を開発して世界的な賞を受賞したこともあるぐらいだから動物語の翻訳機能がついてると言われても、もうそれほど驚かない。
しかし動物っ子たちは特に人に対して言葉でアピールするような素振りを見せてはいない。
あくまで動物然とした振る舞いで大人しくしているだけの様だ。
残念ではあるが、それで良かったとも思える。
動物と完璧な意思疎通などできてしまったら、俺たちはそれらに色々な権利を認めなければならない。
少なくとも食べる為に殺すことなどできなくなるだろうし、愛玩の為に従属させる事も問題となる。
肌の色や生まれた国が違うだけでも争いの種が数限りなく生まれているのだ。
その事は人間社会に大きな混乱を与えるだろう。
そんな動物達が人間社会に受け入れられるまでにどれだけの血が流れるか想像もできない。
だからそんな事は、多分起こらない方が良いのだ。
「今回は特別ルールとして、残り7人、3人、優勝の3段階でボーナスポイントが発生します。このボーナスポイントは個別に加算されますので『ファミリー』内でも順位を競って頑張りましょうね!」
ボーナスポイントの支給と言う事は、金髪が黙ってはいないだろう。
優勝のポイントは流石に許容できないが、残り3人のボーナスまでは要求してくるに違いない。
余禄がある場合は可能な限りというのが金髪の条件だ。
彼を味方のままで居させる為には、多少のリスクは飲まねばならないだろう。
現在俺が知る中で最も優秀なプレイヤーである彼の機嫌を不用意に損ねる事は出来ないが、金銭的に満足してしまうと突然に裏切られてしまう可能性もある。
今後とも彼の動向や言動には注意を持って観察する必要がある。
「ボーナスポイントが出るなら、今回はちょっと張り切らせてもらおうかなぁ」
金髪は予想通りに要求してきた。
そもそもの加入時の約束なのでこちらとしても否やは無い。
ただし釘は打っておく必要がある。
「申し訳ありませんが、絶対に……」
「優勝するなだろぅ?分かってるよぅ。でも2つ目のボーナスまでは頑張っても良いんだろぅ?」
保険の意味も兼ねてできれば俺より上の順位になって欲しくは無いのだが、優勝のポイントを狙わないと約束してくれているのだからここは折れておく必要があるだろう。
走る競技では専門家の金髪に勝てる要素はほとんど無い。
無理をして今後の関係にヒビを入れるような事もしたくない。
ボーナスポイントが目的であるならば、相手の妨害を依頼しても無駄だろう。
不測の事態で反則でも取られようものならば目も当てられない。
ここは多少の不安要素が残っても金髪に託さなければならない場面だ。
だから先に金髪に釘を刺しておく。
「もし残り3人の時点で『ダイヤ』さんも残っていた場合は……」
「分かってるよぅ。もうそろそろ全面的に信用してくれても良いと思うんだけどねぇ」
「もちろん信用してます。頼りにしていますよ」
金髪はこれで良いとして、問題は野獣だ。
彼女は『とりあえず勝つ』ことを既に明言している。
説得を試みはするが、彼女の性格からするとNOとしか言わないだろう。
「アタシは負けないよ。勝って子供たちを帰す。他の事はそれから考える」
こちらから訊くまでも無く宣告してくる。
俺の言葉は彼女にとっては毒薬でしかないのだろう。
先に宣言する事で予防線を張っているのだ。
「そんなにトレードで一人ずつ帰す方法は気に入りませんか?」
相手を知り、妥協点を探り、『ファミリー』強化と目的の達成を果たす。
確かに苦労もあるしリスクも高いが、それに見合うだけのメリットも大きいと思うのだが野獣にはどうしても受け入れられないようだ。
何が何でも自分主導で全てをコントロールしたいというのなら、それこそ我が儘というものではないだろうか。
「こんな場所に子供を1分1秒でも長く置いときたくないわ。今はまだ余裕があるから比較的穏やかに交渉できているけど、この先どんどん争いが醜くなっていくわよ。アンタはそんなものをこの子たちに見せる心算なの?」
「俺にとって大事なのは子供たちを全員助けるという結果です。そのためには多少の犠牲は止むを得なません」
「アンタそんな考えじゃ、その内この子たちを犠牲にし兼ねないね」
「犠牲にしない為に俺は最期まで残るんですよ。どんな事になっても対処できるように。だから出切れば『ダイヤ』さんにも協力をお願いしたいんですが……」
「全力で助けるわ。でもそれがアンタの思惑通りにする心算は無いってだけ」
どこまで行っても平行線だ。
いずれは彼女を強制的に排除する必要が出てくるに違いない。
「わかりました。究極的には同じ事を目指している同士。手段に齟齬があるだけの事です。お互いに全力を尽くして結果を出しましょう」
俺の言葉に野獣は特に何も返す事無く離れた。
突き放されたと察したのかもしれない。
これ以上の問答は平行線で妥協点が無い。
ただ一つ、『子供を助けたい』という思いで俺たちは繋がっている。
勝敗が決した時が、また野獣と争う時だろう。
「それでは、みなさんお待ちかね。注目の今回の総観戦者ポイントは22,549,733ポイントです!」
なんと一気に桁が上がった。
今回のポイント上昇は想像以上に大きい。
前回の女性『ファミリー』との盤外戦が評価された……というわけではないだろう。
恐らく今回の異色の対戦カード自体に人気が集中したのだ。
どちらにせよそろそろ、基準が分からないなどという曖昧な考えでは無視できない程の大きさになってきた。
このぐらいで満足するプレイヤーが出始めてもおかしくは無いように思える。
基準が円なら土地付きで家が買えるし、ドルなら一生遊んで暮らせる。
動機が金の金髪が、裏切ってもおかしくない数字だ。
警戒しなくてはいけないだろう。
「これで説明は終了いたしました。それでは各自スタート位置へランダムに転送いたします」
説明終了からスタートまではいつもの事ながら唐突過ぎる。
もう少し心の準備とかさせて欲しいものだが、CPUなんだから仕方ない。
与えられたプログラムを単に進めるだけが彼らの仕事なのだから、文句を言って止まるものでもない。
突然の浮遊感の後、全員が等間隔に中心の旗の群れから離されて配置される。
俺は飼育員と動物っ子(多分もがき方から『イルカの子』と推測)に挟まれる配置だ。
こうなったら俺も取れる限りのボーナスを取りつつ、勝敗の調整は後回しにしよう。
なにせ今から10本近く走るのだし、序盤は考えていても埒が明かない。
『位置について』
指示通りに後ろを向いてうつ伏せになり、手を顎の下に置く。
ふと隣の飼育員を見ると、ガチガチに入れ込みすぎて立ち上がりにくそうな伏せ方になっていた。
彼には勝ってもらわないと俺が困るので、弛緩させてやろうと声をかける。
「落ち着かないとスタートの音に反応出来ませんよ」
俺の声に気付いた飼育員は、驚いて俺のほうを向き、自分の体勢が如何に歪かを悟ったようだ。
ごそごそと体を整えながら、飼育員がつぶやく。
「そうやって冷静で居られるのも今のうちだけだ」
『よーい』
「君達はケモノ達の真の力に震撼するだろう」
<<パァァン!!!>>
スタートを告げる銃声が、乾いた砂の大地に鳴り響いた。




