優先順位
「この競技は我々にとって千載一遇の機会。ここを逃せば次にいつチャンスが巡ってくるか分かりませんから、勝ちを譲るつもりはありません」
鋭く尖った視線で俺たちを睨み、牽制する飼育員。
俺が必ずガキどもを助けると誓ったように、この飼育員もまた必ず動物たちを助けると誓ったのだろう。自分と似た境遇であるがゆえに、意志の固さも理解できた。
俺の目的はガキどもの生還を確認することであって、別に人死にを出さない事が目的ではない。
究極的には俺とガキどもさえ生還できれば他の誰が最後に残ろうと構わない。
もちろん見知った人を後に残すのは寝覚めが悪い。
それが気になる人ならば尚更だ。
極力『ファミリー』のメンバーや、あの広場で出会った協力者たちには生還していて欲しいと思うし、目の前の飼育員と動物たちに対しても同じ思いだ。
金髪の言う常識を理解しながらも、彼の意思に共感する。
結局俺にとっては、社会通念上の『大事』よりも、自分に関わりのある『大事』の方が、種や生き死になどの概念を越えて優先されるということなのだろう。
だから見知らぬ誰かよりもここに居る命を優先する。
自分勝手だと言われるだろうが、既に俺はエゴイスティックをここまで貫いてきている。
ガキ共や金髪、野獣には相当な迷惑をかけている自覚がある。
そこに『目に見える範囲の命を優先した』という事実が加わっても大差あるまい。
丁度考えが纏まった辺りで金髪が俺に問いかけてきた。
「『ハルオ』君はどう思ぅ?手段としてかなりお奨めだと思うけどねぇ」
もう俺の応えは決まっている。
当初の目的を果たす事を優先する。
既に俺は教訓を得ているはずで、迷ってはいけない。
「『イロアス』さんの考えは理解できますが、俺はあの人の考えを尊重します。確かに『助けるべき』っていうのも大事ですけれど、やはり俺にとって最も大事なのは『助けたい』って思いです。それと仮にあの動物たちを生贄にするとしても、その役割は俺が担います。最終戦まで行くのは俺です」
俺がけん制するのは金髪と野獣だ。
男が『ファミリー』の生還を望む以上、彼と俺の利害は一致する。
もし間違ってこちらが勝ってもトレードの選択権は『オレ』にある。
その事ををハッキリと金髪に突きつけておく。
追加のポイントが欲しければ、金髪に残された道は『敗北』しかないという『事実』を。
「まあそうだろうねえ……『ダイヤ』さんはどう思うかなぁ」
オレの返答はどうやら金髪も予測していたようで、特に驚いた様子も無く質問の矛先を野獣に向ける。
「アタシは前から言ってるけど、子供たちを帰す心算だからここで負ける気は無いわよ。ただ、気に入らないヤツまで助けようなんて博愛精神は持ち合わせてないけど、この子達のことは人だからとか動物だからなんてのは関係なく助けたいと思うわ。」
彼女の考えは俺とほぼ同じだが、策や思惑よりも子供の安全を優先するという事だ。
恐らくこの勝負に勝ってしまえばトレード対象に野獣自身を要求するだろう。
しかしそれについては既に俺が釘を刺しているが、気付いていないのだろうか?
気付いていても無理にでも考えを改めさせるとか言い出しそうなのが女性のヒステリックで怖いところだ。
金髪は特に俺たちの意見に対して何も言及せず、自分の考えを語った。
「動物たちを最後まで引き連れて行くのは確かにゲーム参加者全体から見て最適ではあるけども、連れて行った人はほぼ間違いなく巻き添えをくらうよねぇ。最終戦にもう一匹動物が残っていれば生還の目もあるけど、希望的観測に賭けるのはあまりにもリスクが高いからねぇ……トレードで保険1ってとこが妥当かなぁ」
「保険?」
「選択肢は多い方が良いからねぇ」
金髪はそれ以上の事は言わなかった。
なんとなく彼が言いたい事が分かったが、恐らく金髪は言えば余計な混乱があると思ったのだろう。
俺もここでは余計な追求をしないで置く。
金髪が表立って俺と対立する心算がない事を暗に示したので、今回味方で注意するべきは野獣のみだ。
身体能力の高い野獣をどのように抑えるかが勝負の決め手となるだろう。
「全員揃いましたね。準備はできていますか?」
我々の話が止まったのを察したのか審判が声をかけてくる。
実に空気の読める味なNPCだ。
この段階でこれ以上の議論は必要ないので、俺は審判に向かって肯く。
飼育員も同様に肯いたのを確認すると、審判が宣言する。
「ようこそ『ファミリー・デザート』へ!今競技『ファミリー・ビーチフラッグス』は、主審と副審2名の計3名で審判を勤めさせていただきます。よろしくお願いいたします。」




