命の重さ
「イルカさんですか。かわいい名前ですね。でも名前を聞いてるんじゃなくてですね」
「いえ、だからイルカです。海洋動物のイルカ。英語でドルフィン。哺乳綱鯨偶蹄目クジラ類ハクジラ亜目のイルカです。歌手でも日本史の有名人でもありません」
ここまで先出しで言われるとボケる余地もない。
「つまり何ですか。その人は人ではなくて動物だと?」
見た目上は人にしか見えない。
しかしこの世界における外見は、アヴァターの設定でしかない。
幼女が筋骨隆々のオヤジになることも、貧しい隆起を豊かな大山にすることも可能だ。
そういう意味では動物が人の姿をしていても不思議ではない。
そもそも動物がゲームに参加している事が最大の珍事だが。
「人だって動物でしょうけど、言わんとすることは分かりますよ。ええ。その通りです。信じられないかもしれませんが、この子は人間ではありません。それどころか実は……私の『ファミリー』は私を除いて全員人間ではないんです!」
異常な行動をしているだけなら精神疾患の可能性の方を疑うだろう。
動物だと確信を持つのが難しい程にリアルなアヴァターなのだ。
「う、うん。まあ確かにおかしいとは思ってましたけど。そもそも貴方はどうしてこの人達が動物だと判ったんですか?」
「ああ、それは簡単な話です。私が飼育を担当している子たちなんです」
「それがなんでゲームをやってるんですか。そもそもどうやって?」
「それも簡単な話です。この子達用に例のゲーム機を買ったんですよ。もともとは転売狙いと冗談半分でこの子達の情報を使ったら見事に当ってしまいましてね。登録者以外使用できないことを知ったのはお金も払い込んでしまった後だったんで、折角だから冗談のつもりで装着してみたんですよ。ネットの動画とか見てる限りでは、動物がいじったり水の中に入れたりしたぐらいでは壊れない仕様でしたし、ちょっと好奇心もありましたしね」
検便に道端の汚物を使ったら大変な騒ぎになった、みたいな話だ。
冗談のレベルを超えているし、モラルを欠いた行いとも言える。
しかもそれが成功してしまっているところが更に問題をややこしくしている。
色々規格外なゲーム機ではあるが、まさか動物まで使用できるなどとは想定外だった。
ゲーム機の宣伝文句は誇大広告ではないということの一例だろう。
人体と構造が違う動物とどうやって合わせているのかが気になるが、専門的な知識は持ち合わせていないので、仮に説明を受けても分からないだろう。
普通は動物にゲームをさせようなんて思わない。というか考え付きもしないし、考えても行動に移すなんて事はしない。
男の行動力と思考に若干の恐怖を覚える。
「まさかデスゲームが始まるなんて思ってもいませんでしたから焦りましたよ。ちゃんとこの子達と合流できた時は神様の存在を信じても良いと思えました」
「どうやって合流できたんですか?事前に備えていたなら兎も角、動物では検索をするのも応えるのも不可能でしょう?」
そもそもキャラメイクができた事ですら奇跡であるが、こちらはアヴァターがベーシックなものであることから適当に操作した結果だと思われる。
名前を確認してみると『aaaaaaaaa』とか『うぇpgr』とか意味不明な羅列だったので恐らく間違いないだろう。
「もちろん最初は戸惑いました。急いで自分のアヴァター作成を終えて動物の姿を探して回りましたが、何処にもこの子達は見当たりませんでした」
『動物』として探していては見つからなかっただろうな。
何せ今の姿は人間の女性なのだから。
「でもしばらくすると、明らかに周りから浮いてるというか退かれてる人がいまして、その人達が私のほうに集まってきたんです。それがこの子達だったんです」
周りの4人を指差した。
男に纏わり付く4人(4匹?4頭?)の姿は、我々人間のの眼から見ると理性を欠いて異様でエロい。
「初めは凄く戸惑いました。見知らぬ女性がおかしな動きをして近付いてくるのですからね。でもその動きがいつも見ていた動物達の動きにそっくりな事に気付いたんです」
確かにそれは動物をつぶさに観察してきた飼育員ならではの判断方法だろう。
俺では動物っぽい事しかわからないだろう。
俺の目には、完璧に動物に成り切っている頭のおかしい女性にしか見えない。
「彼女はチーターです。どうです、しなやかな動きでしょう?」
走ることに特化した肉食獣の居住まいは非常に優雅……なのだろうが、俺にはいわゆる牝豹のポーズにしか見えない。しなやかさよりも艶かしいエロさの方が際立ってしまう。
「彼女はオラウータンです。とても賢いんですよ。非常に人間に近い種ですからね。人間の体を一番問題なく扱えるのが彼女かもしれませんね」
森の賢人の名の通り、穏やかな瞳からは深い知性の光を感じる。
ただ、その動作があまりにもサルかゴリラの真似をしている人に見えて馬鹿っぽい。
「彼女はオウムです。飛び上がりたくても翼がありませんから、このような妙な動きになってしまうのでしょうね」
言われて見ると、腕を羽ばたかせ大地を蹴って飛び立とうとして果たせずもどかしいといった感じが非常に良く伝わってくる。彼女にとって人の身体は窮屈なものなのだろう。
「彼女は多分犬です。室内犬ではなさそうですね。」
「何故この子だけ多分なんです?」
「この子は私が連れ込んだ動物ではないからです。私が試したのは残りの4頭ですから。恐らく他のプレイヤーが自分のペットに試してみたのかもしれませんね」
他にも彼と同じ事を試したバカがいるのかと思うと頭を抱えたくなる。
愛犬を自分の子供や恋人として扱うバカ飼い主だろうか。
服を着せたりするのと同じ感覚でゲーム機を買い与えたに違いない。
彼女は、足で頭を掻こうとするも、曲がらずに四苦八苦している。
口から舌を出し、上目遣いでこちらを見詰める姿が何とも愛らしく、犬派の俺のハートをがっちりと捉えて放さない。
もしこんな女性と2人きりで部屋に居たら、間違いを犯してしまいそうなくらいに可愛い。
なんだかバカ飼い主の気持が少し理解できてしまった気がする。
「そして最後に、水が無くて動く事もできないこの子の元へ彼女達が案内してくれました」
そう言って男は『イルカ』の子の手を持ち上げて見せた。
確かに陸に打ち揚げられた魚のようにビタンビタンと撥ねている人を見かけたら、俺なら係わり合いになりたいとは思わないだろう。さぞかし周囲から浮いていたに違いない。
「それで丁度6人揃ったので、『ファミリー』登録することにしました」
珍妙な『ファミリー』が出来上がった経緯は理解した。
もう次からは何が出てきても驚くまい。
「それから色々な競技に参加して脱出を試みましたが、陸上競技はこの子がどう頑張っても足枷になってしまいましてね」
と、『イルカ』の子を見てつぶやく。
文字通り『陸上』の競技は苦手を通り越して不可能だろう。
といっても彼女以外もスポーツに向いているとは言い難い。
ただ走るだけとか、泳ぐだけならば何とかなるかもしれないが、競技にはルールがある。
それを動物が理解してプレイできるとは考えられない。
「貴方たちの境遇は分かったよぅ。この子達には可哀想ではあるけど、これで人死にが5人分避けられるんだねぇ」
金髪が言いたい事はわかる。
最終戦の敗者が全員死亡するのであれば、動物たちを犠牲にすれば人的被害は抑えられるということ。
しかもここには御誂え向きに5頭ものヒトならざる動物がいるのだ。
もちろん命は人であろうと動物であろうと尊い。
しかしその命の価値が必ずしも等しいとは思わない。
少なくとも俺は思わない。法的にもペットはモノ扱いだ。
5つのモノで5人の命が助かるならば、そうすべきではないか。
動物の犠牲で人が生き残れるならその方が良いのではないか。
「止めてください。前に会った人たちにも同じ様な事を言われましたが、私はそんな事は認めません」
飼育員なんて仕事をしているぐらいだから動物への愛は強いだろう。
それでも選べる選択肢の中からヒトを助ける事を捨ててまで守るというのは常軌を逸している。
人が生きるために多くの命が失われている。
その中にこの5頭が入るだけのことだ。食べるのと同じ事で『いただきます』するだけのことだ。
「動物愛護の精神などと言う気はありませんよ。私にとってこの子達は家族同然、いや家族そのものなんです。私にはこんな状況に巻き込んでしまった責任があります。何も分からずに連れてこられたこの子達をムザと死なせる訳には参りません。」
冗談のつもりで書いてたら、重いテーマに触れてしまった。




