崇高なるスポーツ
ビーチフラッグスは、本来ドが付くほどマイナーな競技であった。
ところが近年、TVのバラエティ番組で取り上げられた事でそこそこ有名な種目となった。
俺が色々と知っているのも、一時期流行っていた『肉体派の芸能人やスポーツ選手が身体能力を競う番組』を何度か視聴していた時に競技種目の一つとして採用されていたからだ。
この競技は数あるライフセービング・スポーツの一つである。
ライフセービング・スポーツとは、海辺での救助活動を行うライフセーバー達が救難技術の向上、オフシーズン中の訓練の為に考案されたスポーツで、実際の救難状況を競技化したものである。
レクリエーションとしてのスポーツとは、その誕生・目的からして一線を画す神聖な競技なのだ。
ライフセービング・スポーツには、20以上の種目があり、海辺での救助活動を想定したオーシャン競技と陸内での水難事故を想定したプール競技に大別され、ビーチフラッグスはオーシャン競技のビーチ種目の競技である。
それではビーチフラッグスがどのような競技かを説明しよう。
競技者は、旗に背を向けうつ伏せになり、かかとを揃え両手をあごの下に置く。
合図で飛び起きて20m先の砂浜に立てられた参加人数-1本の旗を取り合う。
これは要救助者の発見から後方の監視塔へ走り、救命器材を選び取るという状況を模しているのだそうだ。
参加者が3名以上の場合は、旗を取り損なった参加者を除外し、新たに1本減らして旗を立て、同じ事を最後の1人が決まるまで繰り返す。
瞬発力が問われるだけのスポーツと思われがちだが、個人競技であるにも関わらず、実際はチーム力と持久力、その他に瞬時の判断力も勝敗を左右する大きな鍵だ。
仲間を援護し、敵を蹴落とし、最終戦に向けて戦い易い環境を作り、体力を温存することが大事なのだ。まあ、ハッキリ言って元の趣旨からは外れた領域で戦ってる気もしないではないが、それは本家にお任せするとしよう。
今回の競技には、忘れてはならない最も重要な事項がある。
それは、この競技がビーチ種目であると言う事だ。
ビーチの競技である以上、皆それに相応しい装束に着替える必要があるはずだ。
蒼い海、白い砂浜、きらめく太陽。
かわいい女の子が水着でキャッキャウフフ……
ありがとう製作者!
こんな素晴らしい競技を用意してくれて。
あとはそうだな『ファミリー・ツイスター』とかあると理想的だな。
グフフ……
「アンタなんか気持ち悪い顔してるけど、どこか悪いの?」
ハッと気付くと、野獣の寝覚めに優しくない顔が心配そうにこちらを覗きこんでいる。
どうやら桃色な妄想に耽りすぎていた様だ。
それにしても俺の心配をするなんて、可愛いところあるじゃないか。
顔さえ見なければ、スーパーモデル級なんだよな。
写真を撮ったら間違いなく理想的なコラージュ材料なんだがなあ。
「いや考え事をしていました。ファミリー・ビーチフラッグスについてね。」
嘘は吐いていない。
「へえ。知ってるんだ。あんたはどんな競技か知ってるの?」
野獣が金髪に訊ねる。
「やったことは無いけど、知ってはいるよぅ。説明は面倒だから……」
と金髪が管理画面を操作する。
<ボワン!>
毎度おなじみ執事マリオンの登場だ。
「キャー!かわいいッ!!」
嬌声と共に野獣がチビ執事に飛びつく。
三頭身のヒゲ執事を可愛いと言える野獣のセンスが俺には理解不能だ。
獲物を捕獲するケダモノの如く抱きつき離さない。
マリオンは野獣の口中から逃れようと、必死に短い手足をジタバタさせてもがいている。
金髪がビーチフラッグスについての説明を求めると、野獣の拘束から逃れる事を諦めたマリオンが、抱きかかえられながらも話し始める。
雑学的な内容を除いて概ね俺の知識と違いは無い。
追加があるとすれば反則や失格などルールについてだ。
他のライフセービングスポーツと違って、救命に関わるルールが存在しない(他の競技では、救難状況でそぐわない行動をした場合失格といった未経験者には分からないような制約が色々あるそうだ。)ので、割と違反事項も少ない。
極度の肉体接触は反則だが、競技の性質上ぶつかったり触ったからといって、悪質でさえなければ問題ではないようだ。
という事はだ。
競技に熱中し過ぎて相手の身体の一部にタッチしてしまったりしてもお咎め無しというわけだ。
健全な男子高校生として許される範囲の桃色妄想に耽る。
そのような好機が訪れる事を神に祈ろう。
「きゃー!まりおんたんはかしこいでちゅねえ。いい子いい子。」
解説を終えた執事を野獣が撫で回す――いや獣が獲物を嘗め回していると言ったほうが良いかもしれない。
たしかその執事、設定上ではええ年こいたおっさんだったはずなんだが、野獣はオヤジ趣味なのだろうか?
悟りの境地に至ったのか、無表情で為されるがままの解説チビオヤジ。
それにまとわり着く発情中の野獣を放置して金髪と作戦会議を行う。
「本気でやったらすごく面白い競技なんだけどねぇ。どうせ今回も負けなきゃいけないんだろぅ?」
「それはそうです。目的の為ですから」
そう言うと、金髪は何故か少し寂しげな顔をした。
俺がそう言うのは分かっていただろうに。
金髪の言い様に何か心に引っ掛かるものを感じた。
「もしかして、そろそろ目標金額に達しそうなんですか?」
金髪が悩むとしたらやはり金銭のことだろう。
もちろん換金率が不明なので、彼としてはあればあるだけ欲しいところだろうが。
「ああ、大丈夫。心配しなくても私は最後まで付き合うつもりだよぅ」
どうやら取り越し苦労だったようだ。
金に掛ける金髪の思いを舐めてはいかんな。
「それにしても全員参加だと2『ファミリー』12人だから11回戦かぁ……た」
「相当体力を消耗するでしょうね。まともにやるつもりだったらかなり計算づくでプレイしないと最後まで持ちませんよ」
「そ、そうだよねぇ。子供たちは最後まで持つかなぁ。」
「問題ないでしょう。負けた人から除外されていくんだから。早々に脱落させれば良いんです。」
砂の上を走るのなんて慣れてないだろうから普通に負けると思う。
だが、もしもの為に反則事項をきちんと教え込む必要があるな。
「だねぇ。それじゃあ特に気をつける事は無いかなぁ?」
「あちらも負ける心算だった場合ですね。この場合は反則負けを狙う必要がありますが、全員同時に反則した場合とかどうなるんでしょうか?」
「一人づつ減らしていくと思うけど、その辺りは調べておく必要がありそうだねぇ。マリオンに聞けるだけは聞いておかないとねぇ。あとは試合の前に相手と話合いを持つ事かなぁ」
いつも通りの結論が出る。
可能な限りの情報収集を行い、ビーチフラッグス用の衣装に着替え、子供たちに競技についてのレクチャーをしていたら丁度良い時間になった。
競技場に移動する為に全員を集合させる。
さてそれでは恒例のヤツをと考えて思い至る。
前回は金髪に割り込まれて見せ場を取られた。
俺は学習する男だ。
今回は事前に金髪に割り込まないように釘を刺してある。
あれはリーダーの役目なのだと言い含めておいた。
金髪の方を見ると『さっさとやりなよぅ』とばかりに手を振ってきた。
これで邪魔される事は無い。
俺は頬を両手で叩いて気合を入れると、全員に向き直った。
「それじゃ……「それじゃあ、みんな!張り切って行くわよ!ファイトッ」
「「「「おー!!!」」」」
俺以外の人々が息を合わせて高々と拳を振り上げる。
あーえっと、野獣さん。その執事は連れて行けないのでリリースしてあげましょうね。
次回、読者サービス水着回!




