ごめんね
競技を始める前から雌雄は決していた。
彼女達は積極的に負けようとはしていないが、強引に抗おうともしない。
恐らく葛藤があるのだろう。時折腕に力が入っているのも判る。
しかし結局は、引かれるに任せて子供達の手の甲がパットにタッチするのを見送ってしまう。
助からないかもしれない
助かるかもしれない
助けなければならない
助かっても良い
短時間に目まぐるしく状況が変わっていったのだ。まともな思考力など残ってはいないだろう。
自ら気付くのではなく、他人に指摘されるというのは残酷な事だ。
知らされていなければ、知らなかったという免罪符を持って安穏と生きていられたのだから。
知ってしまえば、その後の事は自分の選択の結果であるという重い責任と深い悔恨を負う破目になる。
野獣を説得する為という大義名分があったとは言え、彼女達をここまで追い詰める必要などなかったはずだ。
勝ってしまった女性は三人とも一様に、対戦した子供の手を握り締め涙を流し、
「ごめんね、ごめんね……」と繰り返す。
助かったと思う安心
そう考えてしまう居心地の悪さ
手の中の命を手放す恐怖と罪悪感
様々な想いが胸中をひしめき合うのか、もはやどこに向けているのかも解らない謝罪の言葉を唱え続けている。
子供達がその様子に戸惑ってしまい、
「おねえちゃん、大丈夫?」
「おねえちゃん、お腹痛いの?」
「おばちゃん、泣くなよみっともない。」
などと言って気を遣うものだから、彼女達の感情は余計にに高ぶり、呻き声もいや増す。
この悲愴な状況を作り出した罪は俺にある。と思うと遣り切れない。
4人目の俺が負けた時点で、こちらの敗北が確定した。
相手はあの子持ちらしき女性だった。
俺の言葉に最も翻弄されたのは彼女だろう。殴られても、暴言を吐かれても甘んじて受け入れようと心に決めていた。
しかし彼女は無表情のまま、淡々と俺の腕を押し倒しただけだった。
ただ、去り際にボソリと俺の耳元に「……ありがとう」とつぶやき残して席を立った。
野獣は悔しさをかみ殺し、声も上げずに俯いている。
体をブルブルと震わせるのは怒りだろうか、それとも哀しみだろうか。
その思いはどこに向けられているのだろうか。
我を通して子供達を危険に巻き込む俺か。
心折れて受け入れれしまった仲間か。
それとも止められなかった自分自身か。
しかし彼女は誰をなじるでもなく、仲間達から離れて静かに佇む。
残りの2戦を行う事無く、審判から勝利『ファミリー』の宣言が行われた。
莫大なポイントが授与されても、現実世界に帰れると言われても、誰も喜びの声を上げることは無く、俯きすすり泣く姿は勝者とは思えないほどに痛ましかった。
これが終れば次はトレードだ。
本来ならここから交渉を始めるところだ。
しかし俺は攻賞する心算はない。
こちらからトレードを言い出すまでもなく、彼女が来てくれるだろうと確信している。
俺は、新たに信頼しても良いと思える人に出会えたのだ。
審判が説明を続けている中、俺に向かって一つの人影が真っ直ぐに歩み寄り、胸倉を掴み捻りあげる。
長身の不細工は、瞳から流れる涙も拭わぬままドスの効いた声で言い放った。
「アタシをあんたの『ファミリー』に入れろ。嫌だとは言わせない。」
俺が諸手を挙げたのは、野獣への降参と歓迎の意思表示だった。




