踏みにじる真心 譲れない想い
いつか言ってみたいと思っていた言葉を最悪のタイミングで口にしてしまった。
しかし俺はただ言いたかったから言ったわけではない。
ちゃんと必要があって発言しているのだ。
このままでは俺の望む結果に至る事ができない。
大幅な軌道修正が必要だ。
暴言が放たれた瞬間、野獣は何を言っているのか理解できなかったように呆けていた。
次に驚きの表情に変わり、最後に現れたのは激しい怒りだ。
「断るって、あんた…自分が何を言ってるかわかってる?」
静かにつぶやく野獣のオーラが恐ろしく禍々しい。
返答如何によっては捕って食われる事を覚悟しなければならないだろう。
「わかっています。」
少々声が上擦ってしまった感があるが、噛まずに言えただけでも自分を褒めてやりたい。
それぐらい野獣からのプレッシャーは強大で抗し難い。
「貴方達の申し出は本当にありがたいのですが、我々は未だ帰る心算はありません。」
そう、俺には使命があ…「遊びじゃ無いのよ!命が懸かってることでふざけるんじゃないわよッ!!」申し訳ございません!…ってそうじゃないだろ。
「別におふざけで言ってるわけじゃありません。俺達…いや俺には命を懸けても果たさねばならない目的があるのです。」
毎度ワンパターンでは在るが、このやり取りは必要なので省けない。
「へえ?命より大事な目的?聞かせてよ。命に値する目的かアタシが判断してやるからさ。」
両拳をパキパキいわせてニッコリ笑う野獣のこめかみには青筋が浮かんでいる。
このままでは俺の命が危ない。
怯え逃げ出しそうになる心を必死に堪えて虎口に飛び込む。
「俺はここに仲間を連れてきました。この子達です。俺が何としても現実に帰さなければならない大切な仲間です。でも他にも帰さなければならない子達がいます。制限人数を超えていたので他の人に託すしかなかった子達です。俺は俺の責任において、全員が無事に帰ったことを確認しなければいけません。一人としてここに残す心算はありません。絶対に、必ずです。」
……飛び掛ってこない。
危地に飛び込んだ甲斐はあったようだ。
顔には未だに怒気が見受けられるが、少なくとも聞き入れる体勢にはなってくれたようだ。
「それで?」と続きを促される。
「あなたは先ほど『ファミリー』の皆さんに仰っていましたよね。子供は守るべきもの、そうすることが義務だと。」
野獣の演説は俺の心にも響いた。
人として、生き物として、我々には成すべき事がある。
「確かに俺はまだ高校生で、貴方や社会から見れば未だに大人や社会の庇護を受けるべき存在かもしれません。でも俺が連れてきてしまった子たちにとって俺は大人と同じなんです。ある意味親や兄弟よりも近しい大人なんです。俺はあいつ等に示し続けなければならないんです。人としての責任を。何がカッコいいことで、希望とはどういうものかを。」
俺はあいつらの『にいちゃん』だ。
どんなに恐ろしくとも、どんなに辛くとも、あいつ等を守り導く存在であるべき、いやありたいのだ。
「このゲームはある意味どのデスゲームよりも厳しいゲームなんだと思います。人の無関心が、無責任が最後に必ず人を殺すんです。他の人を置いて去るということは、最後に残る人を見殺しにしているんだと気付いてしまったんです。」
最初は誰が死のうとも自分とガキどもが生き残りさえすれば良いのだと思っていた。
しかしあの広場で出会った人々、金髪たち、そして彼女たちを見てきたことで、俺の中に今までとは違った感情が芽生えてきたのかもしれない。
出会っていない誰かが死んでしまうのは仕方のないこと、と割り切ることは出来なくなっていた。
「でも俺は最後まで見届けたいです。もし誰かが死ぬと言うのなら、知らぬままで安心してしまうような無責任な終り方はしたくないんです。罪を意識し、背負うものの正体をハッキリとさせておきたいんです。」
現実では色んな事を投げ出してきた。
もしそうしなければ他の人生を歩めたかもしれない。
でもきっとこの答えにはたどり着けなかったような気がする。
俺はこの覚悟ができたことが誇らしい。
「アンタはバカだ。大バカ野朗だ。そんなバカな話を聞いたら余計にアンタをここに残すわけには行かないよ。」
野獣に苦しそうな顔をさせてしまった。きっと彼女も俺の気持ちを解ってはくれたのだと思う。
しかし彼女の矜持が俺の発言を許せないのだろう。
自分がどんなに愚かなのかは解っているつもりだ。
救いの手は何度も差し伸べられた。
でも俺は信じる事ができない、信じきれない。他人の善意の裏に潜む悪意の存在を疑ってしまうのだ。
どんなに親身になってくれる人でも、ちょっとした拍子で裏切る。
俺は現実の世界でそれを既に何度も体験している。
みんなの事を頼りにしている……だが多分信じることができる程強く無い。
「アタシは保育士でね。子供を助け導くのが職業上の義務であり、使命なんだ。あんたはちょっと大きいけど未だ保護を受ける側だよ。ここで起こっていることはあんた達が背負うべきじゃない…まだ早い。いずれ嫌でもそれに向き合う時がやってくるよ。でもそれは今じゃない。何故ならまだここには私達大人たちがいるから。」
魂を搾り出すような声から野獣の気持ちが伝わってくる。
彼女の優しさと哀しみ。
きっと彼女にも今の俺と似たような経験があるのかもしれない。
「アタシ達大人は子供に未来を託す為に生きているんだ。アタシ達が何かを残しても受け取り手が居なくなってしまっては何にもならないんだ…だから君はアタシたちに任せてこの子達と帰って。」
最早お願いでも説得でもない。
野獣は俺の意思を尊重した上で自己の責務を果たそうとしてくれている。
だが、それでも俺は退かない。
「あなた個人は信頼に値すると思います。ちょっと軽薄な感じがしますが、こちらの『イアロス』さんも俺が信頼できる数少ない大人の一人です。他にも何人か信頼できる人に出会うことが出来ました。」
現実の俺の周りにもそういう人は少なからず存在した。
「でも全ての人が信頼に足るかと言えばそうではありません。中には弱者を食い物にする事が平気な悪党もいます。自分が何を見殺しにしているのか理解しようとしない人々が大多数です。俺はそんな社会に大事なものを委ねることはできません。」
意固地と言われても良い。
自己陶酔結構。
「そこのあんた!あんたはこれで良いと思ってるの?」
野獣が苦し紛れに助けを求めて金髪に矛先を向ける。
今までじっと聞いていただけの金髪は、人を小馬鹿にしたように頭を振って両手のひらを上に上げるアメリカンなポーズで困惑と否定を表現する。
「私も別に彼の意地を全面的に賛成するわけじゃあないよぅ。でもここまで頑ななんだ。私自身の目的と折り合いがつけれる間は協力してあげてもよいかなぁって思ってるよぅ。」
味方してくれると思っていた金髪に裏切られ、明らかに落胆する野獣。
彼女を翻弄してしまって本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。
しばらくの間、何も言えずに俯いていた野獣だったが、やがて俺に向き合い言った。
「まだアタシは納得できない。でもあんた達の意思を翻させる事も出来ない。だから試合の結果に任せるわ。勝手も負けても恨みっこなし…後の事はトレードの時よ。」
心の中で野獣に詫びつつ、その申し出に応じた。
話すべきことは話した…後は戦うのみ!
お互いに順番を登録し終えると、審判が高らかに宣言する。
「それでは競技を始めます!両『ファミリー』の先鋒はテーブルの前へ!」




