野獣とのふれあい
テーブル前まで俺と金髪が歩み寄ると、あちらも先ほど返事をした威圧感のあるブスともう一人がこちらへとやってくる。
「自己紹介ありがと。それで、話って何?」
単刀直入に話を進めようとしてくれるのは助かる。
何せ俺は女性相手に上手く話を転がせるような話術を持ってないからな。
「いくつか質問があるんです。伺ってもよろしいでしょうか。」
「ご趣味は何ですか?とか聞かないでね。それとも年齢とかスリーサイズとか?まさか履いてるパンツの色が知りたい?」
なんだろう。とても下品な人だ。下ネタといい、頭髪の色といい、元ヤンか?
どうもこういう人とは服飾センスに疎い俺の様な人種は相性が非常に悪い。
あちらはこちらを馬鹿にしている(ような気がする)し、こちらはあちらに対してコンプレックスを感じて受け入れられない。
嘲る様な調子ではないので、からかわれているのだろうという事は判る。
特にこちらを嫌悪しているとかではなく、この人の普段通りの話し方なのかもしれない。
「それに興味が無い訳ではないのですが… 」
恐らく牽制であろう。
全くの無警戒というわけではないが、敵意を持たれている程では無い。対戦相手を前にして適切ではないような気もするが、そう感じた。
イメージとしては満腹状態の肉食動物といった感じだろうか。必要以上に近づかなければ襲われない。そんな緊張感と奇妙な安心感が共存している。
まずは無難なで当たり障りの無いところから聞いてみる。
「前回の競技の時の観戦者ポイントってどのぐらいだったんですか?」
同程度か多いならば合計が減っているのだから他の対戦カードに興味が移っているはず。
逆に少ないならばこちらが平均よりも多かった、もしくは前回の結果がそれなりに観客の興味を引けていることが判る。
「偵察…にしては奇妙なことを聞くわね。」
どうやら戦力分析の為の探りを入れようとしていると誤解されたようだ。
確かにこの状況で聞くことなんて、そんな事ぐらいしかないだろう。
さっき彼女自身の言っていたスリーサイズとか年齢など聞くような下半身でモノを考えるような下劣な品性のプレイヤーは…割といるかもしれない。
ポイントからある程度実力が推察できそうな気もするが、所詮は負けチーム同士。有力な『ファミリー』は既にゲームを上がっている可能性も高い。
その場合は、前回高ポイントであっても今回の数字の参考にならないだろう。
「といっても知られて困るような情報はこちらには特に無いしね…いいよ。教えてあげる。」
「ちょっと!何か条件付けるとか交渉しなさいよ!」
やけにあっさりと承諾する野獣に対して味方が抗議するが、
「やかましいわね。今更ちょとやそっとのハンデがあった所で結果は変わらないわよ。黙ってな。」
その抗議を一睨みで黙らせる。
特に厳しい口調でもないのに、言われた方は迫力に腰が引け、何も言えなくなってしまった。
「そうですね。こちらだけ聞きっぱなしというのも何ですから、勿論そちらからも何か質問がありましたらお答えいたします。」
敵対するつもりは無かったので、無駄に反感を買わないようにと穏当な提案をする。
あまり気を遣いすぎて逆に野獣の気を悪くする可能性はあったが、もらえるものを悪く言うやつもいないだろう。
「ありがと。でも今のところ特に聞くことは無いよ。」
こちらの言葉につけこんで色々聞かれるか、あるいは内政干渉にぶち切れるかなど考えていたのだが、案外彼女は見た目と違って思慮深いのかもしれない…特に意味は無いのかもしれないが。
「そうだポイントだったね…前のポイントは大体10,000ぐらいだったかな?」
まさかの5桁。
女性のみの『ファミリー』が参加している試合の観戦者数は、それなりに多かろうと予測していただけに驚いた。それならば確かにあの数字は彼女たちにとって異常に映ったに違いない。
何せいきなり300倍以上だ。想像を絶する数字だったろう。恐らく数字を違えて伝えてはいないと思う。予測の範疇をはるかに超えているし、相手を騙そうとして言える様な数字ではない。
これで判ったことは2つ。
俺達の初戦はかなり注目されていたということ。
対戦相手に関わらず俺たちの『ファミリー』自体が注目されているということ。
前回が注目されるような組み合わせだったとは思えない。
有力候補の金髪『ファミリー』に対抗できそうな『ファミリー』は他に存在していなかった。
観客達は競技としての面白みを追求していないのかもしれない。
「増えても倍ぐらいだろうと思ってたけど、いきなりあんな数字だったから驚いたわ…そういえば、あんたたちは何ポイントだったの?」
こちらのポイントを聞いてくるのは当然の流れだ。
聞かれるとは思っていたので慌てず答える。
「30,000ぐらいだったはずです。」
まだ相手の出方が判らないので低く申告しておく。
正直に伝えることも出来たが、そこから導かれる答えは一つしかない。
現状では数字の持つ意味を知って状況を操る余地をこちらだけに残しておきたい。
「二つを足しても40,000…いきなり観客が100倍近いなんてね。ハァ…何が面白くてこんな組み合わせに観客が集まってくるのか解らんわ。」
野獣がお互いの『ファミリー』を眺めてため息を吐く。
女性限定『ファミリー』と子供が半分の『ファミリー』。
競技が盛り上がる要素など全く無い。
だから恐らくは組み合わせが原因ではないのだ。
俺たちが原因なのだとしたら、何が観客の興味を引いているのだろうか?
あまり良い結論には至らないような気がした。
「まあ後で換金できるようですし、ポイントが大きくて悪いことは無いでしょうけどね。」
あまり長くこの話題について話すのを避けるため、新たな質問で話題を変える。
「そういえば、ここに居るということは俺たちと同じ様に前の競技に負けたんだと思いますが、トレードは申請なさらなかったんですか?」
女性だけで『ファミリースポーツ・オンライン』を攻略するのは容易ではない。
スポーツは大抵筋力などの男性的な要素を要求される競技が多い。
トレードしなかったとすれば、この集団が何かしら一つの目的で集まっている可能性が高い。
「アタシは勝ち組。でも他の野朗どもがだーれもトレードを受けたがらなかったの。この子達が負けてワンワン泣いてるのを見て可哀想になってね。仕方なくアタシが受けたの。」
なるほど。これでなんとなくあちら側に感じた違和感に説明が付いた。
偶々野獣が女だったというだけなのだ。
そうなると、彼女の立ち位置がよく解らない。
「それでは貴方が『リーダー』ではないのですか?そちらの『リーダー』はどなたですか?」
どう見ても彼女が『リーダー』に見えるのだが…
「ああ、それはアタシ。前の『リーダー』だった子が強引に私に押し付けて自分は出て行ってしまったのよ。」
つまり彼女達は、前の『リーダー』と他の『ファミリー』の二重に見捨てられた『ファミリー』というわけだ。
それならば先ほどの必死さも弱さも解らないではない。
弱すぎる彼女達の心理を野獣が完全に把握してしまって逆らえないのだ。
「ボクたちのところは上手くトレード出来たのかな?r『リーダー』後ろのお兄さんのどちらかじゃないの?」
完全に子供扱いだ。
確かに見た目にも百戦錬磨な彼女にしてみれば、俺は経験不足の小僧に過ぎないだろう。
見た目だけなら間違いなく金髪か雄雄しき少女が『リーダー』に見えるだろう。
「『リーダー』は俺です。俺たちの『ファミリー』が負けて、彼がトレードに応じてくれました。」
金髪を指差し答える。
「へえ…あんた何でこの子達を先に帰してあげなかったの?」
野獣が金髪を睨みつける。
先ほど同様、言葉は穏やかなのにもの凄くドスが効いた声に内心ビビッてしまう。
子供たちを思っての発言だろうから、案外優しい人なのだろうが。
「うーん。私としてはそうするつもりだったんだけどねぇ。まあ今言えるのは勝負は時の運ってことだけかなぁ?」
迫力に負けることなく軽い口調で返す金髪は胆が太いのか場慣れしているのか。
野獣の表情が引きつったが、やがて溜息を吐いて彼から目を逸らした。
金髪の飄々とした態度に毒気を抜かれてしまったのか相手にしても仕方ないと悟ったのか。
野獣は金髪を無視することに決めたようだ。
「それでは次に…」
俺が次の質問をしようと声をかけようとすると、野獣が右手の平を拡げて待ったのポーズをする。
そのまま数秒の間、視線を外して何事か考えていた野獣は考えが纏まったのか、ゆっくりと顔を上げて言った。
「しょうがない。今あの子達と話をつけるから、ここでちょっと待ってて。」
そう言ってクルリと振り返り、自分の『ファミリー』の方へと歩み去っていった。




