よーい・ドン!
扉を潜り抜けた先は、茶色い地面の陸上トラックが広がる競技場だった。
陸上トラックの向こう側には横長のテーブルが並べられており、そこに着ぐるみのような人間大のマスコットが3人立って待機している。
「参加『ファミリー』の皆様はこちらにお集まりください。」と真ん中のマスコットが大声とフキダシでこちらに呼びかけてきた。
周りを見ると、俺たち同様に扉を潜り抜けてくる他の何組かの『ファミリー』が見える。
1・2・3…俺たちを含めて6組だ。
子供の様な体格の人も何人か見かけたが、特に見知った顔はいなかった。
もちろん全員を把握していたわけではない(途中走り回っていたしな)ので、他にも子供を保護してくれた優しい人がいたのかもしれないし、VR整形している大人なのかもしれないが、今のところは判別不能だ。
他の『ファミリー』もこちらに視線を向けるが、ほぼ一様に最初は驚き、次にニヤニヤし、こちらが視線を向けたことに気づくと、プイッとそっぽを向いて我関せずのアピールをする(見てないフリとも言う)。
はっきり言って気分が悪い。
特にこちらに接触しようともせずマスコットたちの方へ走って行く彼らを見て、絶対に仲良くはできないだろうなと予感した。
それでも俺は彼らを交渉のテーブルに着かせなければならない。
こうも侮られているようでは、負けると交渉の余地など無いかもしれない…いや無いだろう。
初戦で6『ファミリー』対抗リレーということは、ここで最大で『ファミリー』の全体数が6分の1にまで減るかもしれないということだ。
あのパーク内の人数を見る限り、それでも相当数の『ファミリー』が残るだろうが、今後もそんなペースで減るならば楽観はできない。
可能な限り勝利を目指す。
子供たちには負けてもいいと言ってあるが、俺自身は必勝の気持ちで戦う決意をする。
もちろん抜けるのが1位『ファミリー』だけということもあり得るので、とりあえず考えるのはここまでとして、俺たちもマスコットたちの下へ向かった。
近寄って見ると、マスコット達の姿がはっきりと判別できるようになってきた。
ひさしの付いた白いキャップをかぶった丸い顔(口がないのにどこから声を出しているかは不明)、これまた球体に近い体に濃紺のブレザー、体を支える為に太く短い白いパンツを履いた足。
西洋の雪だるまが正装しているという感じだ。
先ほど声をあげた真ん中のマスコットだけが、威厳を演出するためかヒゲを蓄えており、胸には燦然と『主審』のプレートが黄金色に輝いている。
この3体のマスコットはどうやら審判であるようだ。
「ようこそ『ファミリー・トラック』へ!今競技『ファミリー・リレー』は、主審と副審2名の計3名で審判を勤めさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
言い終わると3人が同時にペコリとお辞儀をし、つられて何人かのまばらな拍手が起こる。
深々と下げた顔を上げると、左側の副審が説明を始める。
「『ファミリー・リレー』は、こちらのトラックを6人のメンバーで順番に走っていただくリレー走競技です。」と背後のトラックを指差す。
最初のスタートレーンは、円の中心から順に斜めに配置され、距離的な不利が出ない公式仕様である。
円の途中にリレーゾーン(走者がバトンを受け取れるエリア)が5箇所置かれている。
「走行距離は、100M×5と最終走者のみ200Mの合計700Mリレーです。」
因縁の最終走者のみ長距離のパターン…悪夢再びか?
いや、ここは前向きにあの日の雪辱を果たすチャンスと捉えよう。
「この競技は通常の競技と勝利条件・賞金獲得条件が異なります。勝利条件は5位以内に入ること。敗北条件は最下位になることです。最下位の『ファミリー』にはトレード権が与えられます。敗北『ファミリー』のリーダーは、任意の勝利『ファミリー』を選択し、トレードを行えます。その後の手順は通常のトレードと同じです。」
かなり緩い勝利条件だ。
よほど戦力に不足が無い限りは問題なく脱出できる条件だろう。
「それでは皆様お待ちかねの、総観戦者ポイントを発表します。」
そういえば賞金という要素もあったのだった。
どうせ1回戦なので、大した数字ではなかろう。
「総観戦者ポイントは…2,486,583ポイントです。」
え?7桁?
どんだけ注目を浴びているんだ!!
他の『ファミリー』達からも大きなどよめきが聴こえる。
いや、待てよ…ポイントであって人数と言っていないのがミソなのかもしれない。
そもそも7桁とは言え、ポイントが賞金にしていくらになるのかもわからない。
もしこのポイント換算が1P=1円であれば、相当な金額の賞金であるといえる。
「ポイントの換金率は地域によって異なりますので、各自ゲームクリア前にご案内させて頂きます。観戦者ポイントは1着の『ファミリー』の総取りですので、頑張って1着を目指してください!」
地域?通貨のことだろうか?
1P=1ジンバブエドルだったら…50円ぐらいだな。
まあいくら世界基準のゲーム機だからといって、わざわざそんな超インフレ通貨を基準にはしないだろう。
数字の魔力だな。単位が判らなければどんなに大きな数字でも想像できない。
周りのいくつかの『ファミリー』は馬の目の前に人参がぶら下がっているような興奮状態だ。
賞金を守る為にトレードを受け入れる可能性はかなり高くなったと言える。
「それでは出走順を決めます。各『ファミリー』のリーダーは確認画面を開き、出走順を選択してください。」
俺は既に順番を決めていたし、特に変更する必要もなさそうなので、直ぐに選択を終えた。
周りの『ファミリー』も順番を決めてきていたようで、早々と決定している。
全『ファミリー』が選択を終えたのを見計らって、右側の副審が順番にスタートの位置を読み上げる。
「それでは次にこちらでランダムにスタートレーンを決定します。第一レーン…」
俺たちの『ファミリー』は第3レーン。
体格の大きい大人に囲まれてしまうので、あまり良い位置とは言えない。
だが上手く抜け出せば中心に割りと近い位置なので、悪いとも言えない。
全てはスタートダッシュ次第だろう。
情報が定まったところでメンバーと作戦の最終調整と確認、他の『ファミリー』との交渉を始めようと考えたその時、「それではプレイヤーの皆様を各スタート位置まで転送します。」と主審が宣言する。
驚く暇も無く一瞬で全員が所定の位置まで転送される。
やられた!これでは色々と策動する事ができない!
まさかノータイムで試合開始まで進められるとは思っていなかった。
他の最終走者の面々も驚いてはいた。
しかし俺ほどにはうろたえていない。
…俺の様に厄介な事情を抱えた『ファミリー』なんてまず無いだろうしな。
それに本来、時間は十分にあったはずなのだ。
『ホーム』での待機時間…俺たちのが余りに短すぎただけだ。
まあそれでも不幸中の幸いなのは、俺が最終走者だということだ。
あいつらには、とりあえず楽しんで頑張れと言ってある。
どのような展開になっても、俺で帳尻を合わせることが出来る。
そもそも俺たちはビリで良いのだから、焦る必要など無かったのだ。
落ち着きを取り戻し、冷静になって最終走者の面子を観察する。
もの凄く速そうな陸上体型のもの、俺と同じ様なパワー重視のもの、特徴の無いノーマルなものまで様々だった。
1着は難しいかもしれない。でも5着以内ならば十分狙える組み合わせだ。
ただ、2~5着ではトレードに関われない可能性が高い。
目的を考えると確実に最下位になるか、1位を取って最下位『ファミリー』に実力を見せつけ、トレードの対象『ファミリー』に選択させなければならない。
はっきり言ってポイントもかなり魅力的なので、できれば後者の展開が望ましいが、あくまで可能であればだ。
色々考えていると、突然スタート準備のファンファーレが鳴り響き始めた。
胸の鼓動が早くなる。俺は緊張し過ぎる性質なのだ。
やがて短い曲が終ると、審判がスタート地点でコールを始める。
「位置に着いて」
…ドキドキが止まらない。
「よーい」
副審が手に持ったスターターピストルを天に向ける。
<パァーーーン!!!>
銃声と共に第一走者たちが走り始めた。




