事前考察『ファミリー・リレー』
リレー…和名だと確か『継走』だったかな?
陸上競技はほとんどが個人競技だが、中でも数少ない団体競技がこれだ。
ルール的には全く難しく無くて、ただバトンを走者から次の走者へ渡し、タイムや順位を競う。
運動会の父兄参加競技としても定番なので、『ファミリー・スポーツ』の栄えある1戦目としては非常に適した種目と言えるだろう。
大抵は4人1組で同一距離(~M×4という感じ)を走るのだが、運動会などといったイベントでは、変則的に距離や人数が変わることもある。
俺が小学校の運動会でやった時は、100Mを4人+最終走者が200Mの5人リレーという変則的なヤツだった。
最後に見せ場があったほうが盛り上がるという配慮だったのだろうが、俺のクラスには特に足の速いヤツがいなかったので、捨て競技扱いにされた。
比較的運動が苦手なものが敗戦処理要員として集められ、最終走者であった俺は200Mをむなしく鳴り響く『ウィリアムテル序曲(定番の徒競走用曲)』と、他の生徒のしらけた視線と、父兄たちの生暖かい声援と、放送委員の「府中君、最後まで頑張って下さい」という感情の篭っていない平坦な声を背に単独で走りきったというトラウマものの過去がある。
ちなみに俺がそれだけの犠牲を払ったにも関わらず、俺たちの組の総合成績は学年・全校中どころか、学校史中最低点という、現在に至るまで破られる事のない不倒の記録を樹立している。
高学年になってからの種目だったので、ここにいる子供たちが100M走らされるのは少々酷かもしれない。
正式な競技としてのリレーの最低距離は100M×4の400Mリレーなので、恐らく今回は『ファミリー』の人数に合わせて100M×6の600Mリレーではないかと予測する。
この競技で重要なのはもちろん走力だが、それ以外にも順番、バトンの受け渡し、トラックの回り方、走行中の駆け引きなど、身体能力以外の経験や知識も重要で、単に足の速い人間を集めただけで勝てないところにこの競技の醍醐味がある(あの時はそんなものでは補えない絶対的な格差があったがな)。
特にバトンパスは重要で、落としたり受け渡しに間誤付いてしまったりすると、大きなタイムロスとなる。
あの時も担任教師が必死になってバトンパスの重要性を訴え、(走ることも忘れて)ひたすら練習したのを思い出す。
―――残り時間は20分ほど。
まあ技術も大事ではあるが、『走る』事と比べれば間違いなく軽い。
走力を上げるような練習をしている時間的余裕も無いので、とりあえずタイムロスを防ぐ為、俺も(不本意ながら)かつての担任教師を見習ってバトンパスの練習をさせる事にする。
一列に並んで腕を振りながらタイミングを見計らってバトンを渡す練習だ。
バトンが無いので、空いたペットボトルで代用する。
受け渡しの際には渡す側が掛け声を受け手に発し、前を向いたままでも受け取れるようにするのがポイントで、これだけでもかなり時間のロスが減るし、何よりも後ろを確認しながら走らなくて良いので走りに無駄が無くなる。
みんなそれぞれ場所や相手を変えながら一生懸命に受け渡しの練習をしている。
次にリレーゾーンでの受け渡しの練習をしたかったのだが、部屋はそこそこ広かったが走り回れる程ではない。
物に躓いたり、敷物やフローリングで滑っても危ないので、説明するだけに止める。
走力も確かめたかったのだが、同様の理由で実際に確認はできないので、自己申告で聞いておく。
年少組3人は、普段から俺たちと外で走り回っているので(子供としては)そこそこ速い。
特に鬼ごっこで鍛えたカーブや切り返しの動きはかなりのものだ。
問題は残りの2人である。
男の子の方は痩せ気味だが低学年男子にしてはやや高い身長で、自己申告によるとクラスでは速い方ということで、バトン練習を見る限り、良く腕も振れているので体の使い方に問題は無さそうだ。
女の子は世紀末覇者級の体格で、ストライドはかなり大きい。
自己申告ではあまり走るのが得意ではないとの事だったので、俺の直前に走らせようと思う。
軽くではあるが『しーふぉー』氏に体の動かし方の指導を受けていたので、もしかすると元の体で走るよりも速いかもしれない。
最初は緊張するだろうから年少組の一番元気なヤツでペースを掴む。
2走は初めてバトンの受け渡しをする処だから、年少組で一番落ち着いてるヤツを使って確実に繋ぐ。
3走は前の二人を見てから走れるし、残り3人いるので挽回できそうという事もあり、未知数な迷子の男の子に任せる。
4走には年少組で一番足の速いヤツを走らせて、出来るだけ差を広げるか間を詰める。
5走は少女のアヴァターの身体能力が効を奏せば面白い展開になるだろう。
そして最終走者は俺。
積年のトラウマを今ここで晴らせるものなら晴らしてみせる!!
これが今考えうる最良の走順のはずだ。
ここまでを発表し終えてモニターを確認すると、残り時間はあとわずかだ。
緊張の為か、皆一様に不安そうな顔をしていたので、子供たちには今回の勝負は勝てなくても良いということを言い含めておく。
子供たちが理由を聞きたがったので、簡単に俺の方針について説明しておく。
最後に「時間が掛かるかもしれないけど、にいちゃんが必ずみんなを帰してやるから、失敗しても大丈夫!楽しんで走って来い!!」と発破をかけると、皆の顔がパッと明るくなった。
<開始時間になりました。参加される『ファミリー』の『ファミリー・ルーム』に競技場への扉を開きます。>
部屋の隅に新たな扉が現れ、自動で開く。
<それでは競技場へ移動して下さい。>
さあ、準備は万端だ!
「それじゃあみんな、出発だ!」
「「「「「おー!!!」」」」」
俺たちは戦いの場へと身を躍らせた。




