ハルオの建もの探訪
思索を終えて、やっと周りを見る余裕ができた。
心配そうにこちらを伺う5人の子供たち。
たった一人の大人が入室と同時に思索に耽って何も言ってくれないのでは不安にもなろうと言うものだ。
「ごめんな、ちょっと考え事をしてただけだから心配すんな。」
声をかけると全員ホッとしたようだ。
ホーム内を見回すと、いかにも中流階級のリビングルームですといった感じで、大型のモニターとそれを眺めるのに丁度良さそうな大きなコの字型ソファと中央にテーブルが配置されている。
部屋の隅には冷蔵庫があり、2つある扉にはシャワールームとクローゼットという表示が書かれている。
ルーム設定で現代風を選択したからだろう。
ノスタルジーってのもあったが、そうしていたらきっと白黒テレビにちゃぶ台&座布団だったに違いない。
先ずクローゼットの中を確認すると、数々の衣装が並んでいた。
今までプレイヤーは男性アヴァターは紺、女性アヴァターは赤のジャージだったので、ここで着替えることが出来るようだ。
ジャージや体操服の他にも様々な競技で使うスポーツ用の衣装が存在していた。
各種1着しかないと思って触ってみると、色と柄とサイズの指定画面が現れた。
どうやら自分で色々いじれるようだ。
手に取った小学生が着そうな体操服をデフォルトのまま選択すると、自動的に俺が来ている衣装が、ピッタリサイズの半袖半ズボンの体操服に切り替わった。
胸についているゼッケンにはでかでかと『にいちゃん』の文字が。
黙って元のジャージ姿に戻す。
子供たちに声を掛け、好きな衣装を選ぶように言うと、思い思いの衣装を取り出して、色々改造を施していた。
おれ自身は、気を取り直して色々と衣装を探し、旧世紀に失われて久しい伝説の体操服を発見したり、あぶない感じの水着を眺めたりして悦に入っていたが、制限時間があったことを思い出す。
ここは延々と時間を食ってしまいそうなので、俺はジャージのままでとりあえず保留にしておくことにする。
次に冷蔵庫の中を確認してみると、有名メーカーの各種スポーツリンクやエナジードリンクとパワーバー(チョコレート、フルーツ、プレーン)が入っている。
らしいと言えばらしいのだが、もうちょっと選択肢があっても良いのではなかろうか。ホテルの冷蔵庫よりも味気ない。
それでも見てしまうと不思議とノドが渇き、小腹が空いたような気がしてきたので、飲み食いしてみる事にする。
子供たちにはスポーツドリンクやパワーバーは未だ早いかと思ったが、渡してみると大好評だった。
ドリンクは酸っぱいし、パワーバーはボソボソしてるが、ジュースと駄菓子と言えなくも無いしな。
俺が小さい頃に、この手の食品をおやつに食べている年上を見て、小さな憧れがあったのを覚えている。
同じく子供たちにとっても物珍しく、憧れのあるものだったのだろう。
全ての種類を開封し、分け合って食べ、回し飲みしている。
VRの食事はかなり満足のいくものだった。
脳に直接情報が行く為か、味覚・臭覚情報が非常にクリアに働いているらしい。
かつて食べた事があるはずのものなのに、鼻腔をくすぐる臭いが、舌先に乗せた感触が新鮮だ。
また食物を手に取り、口で咬むという動作が、満足感を与えてくれる。
ドリンクのかすかな甘塩っぱさが、ノド越しと共に鮮烈な清涼感で脳を刺激する。
五感全てで食物を感じ取り、楽しむことができた。
食べるものが違っていたら、もっと凄い…それこそ蕩ける様な感覚を味わえたかもしれない。
食材や料理の多いゲームだったらと後悔するが、無いものは仕方ない。
まさかドリンクとパワーバーで料理するわけにも行かないしな。
子供たちが飲み食いに夢中になっている間に、モニターのスイッチをONにして見ると、画面に<次の試合まで残り時間26分18秒、競技は『ファミリー・リレー』です。リーダーは、参加される場合は『YES』を不参加の場合は『NO』を選択してください。>と表示される。
残り時間の部分はカウントダウンしていている…最早余裕が無い。
確認の為、管理画面を呼び出してみると、<次の競技に参加されますか?『YES』『NO』>と表示されている。
参加しないという選択もできるのか…参加しなかったらどうなるのだろう?
普通に考えれば参加するべきだろう。
序盤は腕に覚えのある賞金を稼ぎたい『ファミリー』が負けてくれる可能性があるはずだ。
それに当れるかは運次第だが、宝くじが買わなければ当らないのと同じで、参加しなければ脱出できないのだ。
先ほど俺が決めた方針は『負けて先に進むが交渉で子供を一人帰還させるか、勝って俺だけ相手からのトレード要請を受けて残るか』である。
つまり、参加せずに傍観という選択肢はありえない。どんな競技でも、とりあえず参加しなければ目的が達成されないのだ。
それにこの先何試合組まれるかわからない。
出れる試合には全て出て、チャンスを広げるしかない。
少なくともさっき引き合いに出した宝くじに当るよりは遥かに確率が高いだろうし、全てはやり方次第だ。
俺にとって重要なのは競技の勝敗でなく、交渉の成否なのだから、場合によっては勝敗自体を交渉の材料に使っても構わないのだ。
交渉そのものは自分の戦力、相手の戦力と人柄、そして競技、あとは観戦者数とやら次第だろう。
まあ序盤のうちは観戦者数は除外しても構うまい。重要なのは安い賞金ではなく、生存権だ。
相手の戦力が上で敗北した場合は、情に訴えかけるか相手の中の賞金目当てのプレイヤーを説得してトレードに応じてもらい、子供を一人帰還させる。
こちらの戦力が上で勝利した場合は、相手側の帰還を望むプレイヤーと交渉すれば自『ファミリー』内に憂いを無くして先に進むことが出来るはずだ。
『リレー』というのはこの『ファミリー』にとってはぁなり有利な競技かもしれない。
子供と大人の最大の差はやはり何と言っても技術や経験だ。
『リレー』ならば、ただ走るだけ。
もちろん歩幅や筋力といった走力のトータルでは負けるかもしれないが、それでもかなり差が小さい競技であると言えないだろうか?
体が小さくて身軽な分、大人よりもむしろ有利かもしれない。
そう思って俺は『YES』を選択した。
<『ファミリー・リレー』に参加いたします。競技開始時間までしばらくお待ち下さい。開始時間まで残り24分10秒です。>
良かった。まだ少し時間がある(クローゼットに行かなければもっと余裕があったがな)。
俺は子供たちと『リレー』の為の作戦会議を開くことにした。




