変身願望叶えます!
「大の字に寝転がってずっと泣き喚いていたから、みんな痛いオヤジだと思って気味悪がって嫌煙していたんだ。でもお前に会った後、どうもこいつの事が引っ掛かってなぁ。もしかして…と思って確認してみたら、かなり幼い女の子だったんだよ。声も野太いオヤジ声だろ?外見も完璧過ぎて誰も疑問に思わなかったんだよな。」
…ん?女の子だとォ!?
中身が女の子とはいえ肉体が男のアヴァターであるなら、恐らく声帯も男のものなのだろう。見事に太い首とノドぼとけだ。肉厚の身体から搾り出される声は、さぞかし響のあるバリトンだろう。
アヴァターやプレイヤーネームが自由に変えられるというのは、ネットの世界に置いては個性の獲得以外に年齢・性別・所属などの社会的属性の隠蔽と言う要素もある。
社会属性を詐称する事で、現実世界では得られぬ経験を獲得するのである。
現実世界では受け入れられ難い異性化や年齢の詐称も、ネットの世界では頻繁に行われている。
この子供がアヴァターを、このようなオヤジに整形した理由を問うつもりは無い。
年上(過ぎる)の恰幅の良い男性の身体に憧れがあったに違いない…というわけでもないか。
なんとなく見覚えがあると思っていたのだが、アヴァター作成時に見た男性素体の1つにこんなのがあったような気がするので、間違えて選択してしまったのだろう(と思っておく)。
ここで問題なのは、中身が少女のオッサンがキモい…という事ではなく、このように外見で見分けがつかない状態で放置されている子供が他にもいるかもしれない事である。
肉体と精神の齟齬がいかに問題があるかは折に触れ語ってきたとおりで、経験や知識のある大人であればいざ知らず、子供では違和感や痛みに対処できないだろう。
恐らく彼女(と言うには抵抗がある)が泣き喚いていたというのもその辺りが原因なのかもしれない(もしかすると、何らかの方法で見てしまった自分の姿に絶望しただけかもしれないが…)。
放置しておいて良い問題ではないので、救助してくれた通報者には、引き続き同じ様な異常者を見かけた場合には確認の上、こちらに通報するか保護をお願いする。
彼らも負い目があるためか、『ファミリー』が揃うまでという条件で了承してくれた。
他の協力者達にも伝達しておく必要があるだろう。
とりあえず一旦、子供を連れて拠点に戻ることにする。
子供はまともに動ける状態では無いので、(非常に遺憾な事ながら)おんぶして運ぶ事にした。
かなり重そうな巨漢なのだが、筋力をパワー方向に強化した為か、それ程苦も無く担ぐことができた。
「おにいちゃん、ありがとう。迷惑かけてごめんなさい。」と野太い感謝と謝罪の声とガチムチの感触が背中から伝わってくる。どちらも震えていた。
「気にするな、もう大丈夫だ。もうすぐ同じぐらいの子達がいるところに連れて行ってやるからな。」と答えると、安心したようで、しばらくするとスヤスヤと眠り始めた。背中にいるので見ることはできないが、寝顔はさぞかし…おぞましいだろうな。
あまり揺らさないように歩いていると、何件かのコールが入った。
それは噂を聞いたプレイヤーから協力の申し出だったり、子供の引き取り要請であったり、迷子の問い合わせであった。
しかるべき相手に連絡を取ってそれぞれの問題を解決していくと、ガキ共から「子供も増えたが、協力者も結構集まってきたよ。」という連絡が入った。
この振って湧いた高難度クエストにもようやく終わりが見えてきたようだ。
もう直ぐ拠点に到着する…という時に、突然警告音が鳴り、目の前に警告文が浮かぶ。
【警告:『ファミリー』登録時間終了まで残り2時間です。未だ【ファミリー】登録を行っていないプレイヤーは、速やかに『ファミリー』を結成して『ファミリー・ホーム』へ移動して下さい。】
もはや猶予は無い。
俺は慌てて拠点まで戻った。