第四章 白井優
日が暮れ始め町が橙に染まる頃。俺は学校を後にして商店街にある写真屋に向かっていた。クリスマスは終わったと言うのに、まだツリーやリースや電飾を片付けていないずぼらな店を横目に、地震がくれば間違いなく倒壊すると言い切れるくらいボロい写真屋の扉を開けた。ちなみにこの写真屋はずぼらとは無縁だ。年がら年中同じ内装で、行事や季節によって飾り付けなど行う事はまずない。
昭和初期からの建物らしく、外見同様に中もボロボロで、濃い木の壁と床に覆われている。カメラのレンズやフィルム、インスタントカメラなどが置かれた棚もボロボロの木だ。扉の正面にあるカウンター(もちろんボロい)に視線を向けると丸イスに座った小さい女が視線を合わせてきた。
「鉄板やな」
ニヤニヤと写真を手にもって観ながらこの店の店主である明菜さんはそう言った。
見た目は小学生だけど、実年齢は大人……らしい。体の線が細く、活発な顔つきをしていてさらにショートヘアーなので、休み時間によく男子と良ぶ児童というフレーズが思いつく。ちなみに方言を使い、関西出身なのか疑ってしまう様なエセ関西弁で話す。
「何が鉄板ですか?」
覗いてみると俺が撮った写真がカウンターに置かれていた。おそらく手に持っている写真も俺が撮った物だろう。
「趣味が悪いですよ、人の写真を見るなんて」
「アホ、これが楽して写真屋なんかしょうもない仕事してんねん。それに安いんやから文句言うな、アホ」
明菜さんが言うように、確かに普通の写真屋で現像するよりも半値近い値段なので安い。そして早いとは言えないが一日〜二日で仕上げてくれる。だから週に四回程カメラ片手にUFOを探しに行くこちらとしては助かっている。接客態度は最悪だが。
俺はカウンターの上に現像料として五百円玉を置いた。
「まいどありっ。茶でも飲むか? 紅茶くらいやったら淹れたるけど」
「どうして? いつもはそんなサービス無いのに」
「なんか話したそうな顔してるからなー」
明菜さんはそう言うと奥に入って行った。なぜわかったのだろう、もしかすると表情で気付かれたのかもしれない。
いや、それとも声色か? 何が決め手となったのかはわからないが、明菜さんはたまに俺の心を読み、時にアドバイスを、時に毒をお見舞いしてくれる。そしてあとの大半は笑うだけだ。
しばらくするとちょこちょことペンギンみたいな小さな歩幅で両手に白いカップを持ちながら明菜さんは戻ってきた。しかしそのカップから漂う香りが紅茶の品の良い香りではなく、ガツンに鼻にくる感じだ。カップを覗くと真っ黒の液体が注がれていた。
「すまんな異星人、茶っ葉きらしてたからコーヒーで堪忍して」
「じゃあいいです。ブラックは苦手ですから」
「知ってる。いっつも店の前を通るとき、カフェオレ飲んでるからな」
「じゃあどうして?」
訊ねるが明菜さんは答えず、憎たらしい笑みを浮かべている。ふにふにと柔らかそうな頬をつねりたくなるが、やれば次は何を飲まされるかわかった物じゃないのでここは我慢。
「では、いただきます」
やっぱり苦い。ミルクも砂糖も入っていないインスタントコーヒーの苦さは舌を麻痺させるほどの刺激を持っている。だが明菜さんは悠々とした表情でそのコーヒーを飲んでいる……。いや、よくみるとブラックではなくミルクが入れられている。
「明菜さんはミルクありなんですね」
「そうやで、砂糖も二本入れとる」
「もう帰ります」
「アホ。写真はどうなってもええんか?」
ひらひらと俺が昨日撮った写真を入れた封筒と思しき物をふる明菜さんは、本当に楽しそうで、悪魔的な笑みを浮かべニヤついている。彼女を相手にしていると小学生におちょくられているようで本当に腹が立ってくる。
早く話しを済ませ、コーヒーを飲んで帰る事にしよう。
「明菜さんも見たでしょう? 俺が撮ったUFOを」
「ああ? ぶれまくってたけど光ってるもんが映ってたな。あれUFO?」
「そうです。そうはちぼん伝説の山で撮ったんです」
「でもなー。何か丸いもんが光ってるようにしか見えんけどな。ライトを投げてる感じ」
やはり実物を見ていない人は写真を見ても疑ってしまうようだ。明菜さんが持っていた封筒をもらい、撮った写真を確認すると、明菜さんが偽物じゃないかと言う気持ちがわかるくらいにボケていて、はっきり写っておらずUFOなのか街灯なのか見分けがつかない。けれどそれはわかっていたことだ。問題はそこではない。
「これで弟は許してくれますかね?」
「どやろ。うちやったら破るけどな」
酷いことを言う。何年も山を見続けてやっと撮ったUFOだというのに。例え偽物だと気付いても、労いの言葉の一つくらいかけてやってもいいだろう。
まあ、気を使われて偽物と気付いているのに本物として受け取られるより癪だが。
半分以上入ったカップのコーヒーをグッと一気に飲み干す。
「言いたかったことはこれだけです。ではまた来ます」
「おおきに」
舌がジリジリし、すぐに自販機で清涼飲料水を買いたかったが、我慢して最後の質問をした。
「明菜さんは異星人に会ったことはありますか?」
彼女は頬杖をついてしばらく考えると、真顔で俺の方を指差した。
「お前だけや」




