第三章 白井優
昨日の夜に降った雪はどこへやら。そんなことを思わせる程、空の丁度天辺から降り注ぐ太陽光は何気なく訪れた旧図書室を暖めてくれていて、いつもならソファーで心地よく昼寝ができるのだろうな、と思わせた。
いつもなら。
そう思わせた理由は昨晩にある。
羽田が別れ際に残した言葉が気になって仕方が無いのだ。羽田のことは良く知らないが、真面目一辺倒な女子生徒があのような冗談を言うとは思えないし、嘘をつくとは思えない。それにメリットなどない。
もしもただの遊び心で自分のことを異星人だと言ったのだとすれば、それはそれで気になる。羽田のことだから何か重要なことがあるのかもしれない。
などとうだうだと考えながらオカルト雑誌を読んでいるが、ほとんどが流し読みで頭に入ってこない。
万が一の事だが、本当に羽田が異星人だった場合。もしくは昨晩に体を乗っ取られた場合、俺は相当危険なのではないか?
メキシコは別だが、我が国はUFOや異星人の存在を認めていない。となると、その存在を知った俺を異星人は消しにくるのではないだろうか? 羽田が異星人だという噂を流させない為に。いや、逆の場合も考えられる。日本側が俺を消しに来る可能性だ。地球の周りをうろつき数えるのが面倒になる程の人工衛星で見つけ、UFOの町に潜む政府公認の暗殺屋が、異星人の存在を知った俺を殺しにくるのではないだろうか? せめてその時は鉄砲で心臓を貫いてくれる事を祈る。爪を一枚ずつ剥ぐ様な拷問は避けて欲しい。
睡眠する事で悪い想像を消し去ろうと思ったが、次から次へと不燃ゴミの様に悪い妄想が増えて消えない。これは瞼を開き、読書に集中した方が精神的にマシだろうと考え瞼を開くと、目の前に羽田の顔があった。
「ぐっっ!」
心臓が大きく、そして早く慌ただしく高鳴る。
どうしてこの部屋に異星人がいる?
驚きすぎると声が出ないという情けない状態に陥ってしまう。
唇が震え、表情が強張り変な笑顔になっているだろう。昨日のUFOを見つけた時よりも体の自由が利かない。そうこうしているうちに異星人は更に顔を近づけ、その距離およそ十センチ。羽田だとしたら淡いドギマギを起こしているだろうが、こいつは羽田の皮を被ったエイリアンなので鳥肌が全身を覆う。そして異星人は口を開いた。
「コーンフレークはありますか?」
ワケのわからぬ問いかけに俺の脳はフリーズした。情報を処理しきれない。
「……白井くん、コーンフレークはありますか?」
白井くんという呼び名で俺は多少正気を取り戻す事が出来た。俺の苗字を知っているので、彼女は羽田で間違いないだろう。俺は異星人に名乗っていないのだから。と言う事になれば、異星人発言はただの悪戯なのだろう。
「コーンフレークなんかここにはない。旧図書室だぞ」
すぐさま俺は問いつめる。
「それでだ。昨晩、どうして異星人などとわけのわからんことをほざいた?」
微笑んだまま表情を変えない羽田は三秒くらい間を置いて彼女は口を開いた。
「……そういえばそのようなことを誰かに言った気がしていましたがあなたでしたか」
「えっ?」
二重まぶたを全開まで開き、大きな瞳で俺を見つめる羽田は人形の様な雰囲気を感じさせた。奇麗、だとかそういう意味ではなく、悪い方。つまり表情が作られていて不気味なのだ。教室でみせる気遣い溢れた人間味ある彼女の表情とは打って変わっている。
「まだ脳をコントロールしたばかりだったので、覚えていないのです。あなたも異星人でしたよね? その様子だと大分慣れているように思えます」
「脳をコントロール? 慣れ?」
おどろおどろしい言葉を聞いて平常心を保つ事などできなかった。
「……ええ、あなたはすごいですね。驚いたり怒ったりといった感情を完全に表情で表現出来ています。それに普通なら異星人であることを隠すのに、逆に言ってしまう事で猜疑心を無くすという、人間の心理を理解しすぎている行動。相当優秀な方だとお見受けします」
そう言って彼女はちょこんと頭を下げた。
「こうすることがこの国の礼儀なのですよね? あっているでしょうか、先輩」
今、俺はどのような対応をすれば正解なのだろうか? このまま異星人な彼女の勘違いを受け入れ、異星人のフリをすればいいのか? それともここで訂正して……いや、そんなことをすれば、何をされるかわかったものじゃない。なにせ人を洗脳する程に高度な文明を持った奴だ。相当なバッドエンドが待っているに違いない。
だからここは異星人の先輩になりきるしかない。
「おおう。その調子で頑張れ」
「……はい、これからご指導宜しくお願いします」
「えっ!?」
「……いやですか? 変な方ですね。同士を助け合う事は命と同じくらい大事だと教わったのですが……もしや……」
「そうだったな、そうだった。うん、ドンと頼れ! ドンと!」
調子のいい事を言っても、いざ頼られるとなれば困るのは俺の方だ。彼女の星の事を全く知らないのだから。だからと言って地球上の文献から探るのは至難の業だ。となると方法は一つ。彼女から聞き出す以外に無い。しかし普通に「星の事を教えてくれ」と言えば怪しまれるに決まっている。彼女の信頼を損なわずに情報を得る方法を考えねばならない。
追い込まれてはいたが、追い込まれていたからこそ、頭の回転が速くなったのか、良案がすぐに浮かんだ。
「まずお前がどのくらいの知識を持っているか、つまりどのくらい出来る奴なのか知りたい。指導のレベルというものがあるからな」
「……はい、先輩。何でも答えてみせましょう」
いざ問題を出すとなれば思いつかない。問題内容によっては地雷を践む可能性があるだろう。ここは広く浅い問題を作るべきだ。一つの答えがある問題ではなく、複数の答えがあるものだ。
「まずこの星にどうやってきたか答えよ、ただし地球人にも理解できる様な答えを求む」
「……はい。地球人に対する知識量も伴わなくてはならないという面白い問題です。少々言葉をまとめますので時間を下さい」
「よかろう」
彼女は腕を組んでうーんうーんと唸り始めた。もしかすると考える所にも地球人らしさを表現しているのだろうか? ……度々こちらに顔を向けるので、狙ってやっていると見て間違いないようだ。表情を作るのは難しいと言っていたくせに、どうだ、という顔はやけに上手で苛立つ。
「今は人間のフリはしなくていい、解答に集中しろ」
「…………はい、ごめんなさい」
するとリカちゃん人形の様に表情がなくなり、それはかなり不気味だったが自分から言ってしまったのでやめろとは言えない。しばらくして彼女の右手が挙がった。
「答えてみろ」
「……はい。私は時と空間の波に身を任せ、身なり一つでこの星にやってきました」
うん、全くわからない。
「すみません、まだ慣れていないので彼女の言葉からどうやってこの星にきたのか、という問いに答えるのは不可能です」
それは、それだけ彼女の星と地球の文明のレベルが乖離しているか、それとも彼女と羽田の知能レベルが乖離しているかということだろう。そしてそれは間違いなく前者だ。地球ではまだ文明のある星すら見つけられていないのだから、その星を見つけ、生息生物を洗脳する力を持っている彼女の星は俺たちの想像を絶する程の文明を持っているに違いない。俺が出した質問は、千年前の人の言葉で自動車を説明しろと言っているのと同じなのかもしれない。
それでも彼女は説明を続けた。きのせいかもしれないが彼女の表情は無表情ではなくなり、眉に力が入り、眼の角度も鋭利になっているように感じた。
「地球の人々はUFOを乗り物だと思っていますが、あれ自体がわたし達。意識をあのような形に変え、さらに大きさも変え、意識レベルが落ちた人間の体に入り、脳を体で覆ってコントロールするのです」
なるほど。だからこの国で目撃されるUFOは様々な形をしているのか。一般的な円盤型、そして球体や三角形のものに、葉巻や人型といった変な物まである。それは彼女達が姿を変えられるから。
「地球上には様々な形のUFOがあるが、なぜ形を変えている?」
「……それは、虚栄に近いのかもしれません。複雑な形状をすることはとても難しいのです。だから地球上には多くの円盤型と呼ばれる楕円状のものが発見されています。それは簡単な形状しかできないような未熟者だから、人間に発見されるのだと言う事にも繋がります。それで、次の問題はありますか?」
「あ、ああ。では人の脳をコントロールした際に起こる副作用を教えてくれ」
これはすごく大事な問題だ。解答次第では羽田を早く助けなくてはいけなくなるのだから。
「……副作用? 特にないと思われます。あるとすれば羽田恵那の日常生活に一時間程度の記憶の断絶がある程度でしょう。我々は一日のうち一時間しかコントロールできないのです。その間、彼女の意識は睡眠状態に近くなるので記憶はないに等しいでしょう」
ということは、それほど体の心配はしなくてもいいだろう。ただ、身に覚えのないことが起こるという点では可哀想だが。
けれど想像していたよりもずっとゆるくて良かった。一生異星人に脳を寄生されたままだとか、その影響で寿命が縮むことや体が腐っていくだとか、そういう事がなくてホッとする。
「それじゃ、次の問題だが……」
と言ったところで問題はそこまでと、彼女は広げた手を俺の口元に持ってきた。
「すみません先輩。もう恵那は塾の時間のようなので失礼させて頂きます」
「ああ、わかった」
彼女は床に置いていたかばんを肩にかけ、扉に手を伸ばす。
「あ、あの!」
思わず声が出ていた。このまま帰してはいけない、そう思ったからだ。
彼女は、すっと首だけこちらを向けた。
「また会ってくれ。いや、明日はどうだ? コスモアイルという宇宙博物館を案内したい」
「……えっ、もちろん……喜んで。あの白井くん?」
「うん、なんだ?」
「明日は織絵さんと約束があって……来週もずっと塾なので、空いている日が三十一しかありませんけれど、それでも大丈夫ですか?」
「えっ?」
いきなりもじもじして顔を火照らす彼女を見て俺は少し戸惑う。先ほどのほぼ表情の無い彼女と対照的すぎる。
「あっ! 三十一日が無理なら、その明日、明日の予定、織絵さんに断ります!」
「いや、いいよ。三十一日の十一時に駅で待ってるから」
「はい、宜しくお願いします」
そう言って彼女は勢い良く腰を斜めに曲げてお辞儀をし、素早い動きで扉を開けて閉め、旧図書館から出て行った。
どうしたあの異星人? いきなり人間らしいフリをして……と疑問に思った瞬間、俺は苗字で呼ばれた事に気付いて愚痴る。
「あいつ、コントロールを切るなら切ると言えよ」




